本当の旅人
少年にとってこいしは、友達以上に大切な存在だったのである。
しかしそれも今は冷たい砂のなかにいる。
「いいの、りゅうた。アンタはよく探したの」
すっかりくたびれてしまった少年に、こいしはなだめるように語りかけた。
「お願いだよ、こいし、どこにいるの?」
「もういいわ。ちょうどいい居場所を見つけられたんだから」
「だめだよ、こんなところ。まるで……お墓のなかみたいだよ」
お墓のなかを初めて見たのは曾祖父の葬儀でだった。
母からひいおじいちゃんはここで眠るのよ、ときいてかなしくなったのを思い出した。
暗くて、ひんやりとしていそうだったのである。
こいしはゆっくりと深呼吸をしたような間をとり、言葉をつむいだ。
「この砂は、どこから来たと思う?」
少年は両手の爪の間に挟まった砂の粒をじっと見つめた。
この感触とにおいは、そういえばどこかで感じたことのあるものであった。
「海の砂?」
「それから、この音はきいたことがあるでしょう?」
少年は耳を澄ませた。
あのうおお、うおおという音はいつの間にかやんでいて、今ではすっかりききなれてしまった、どおどお鳴る音がしていた。
「波の音?」
こいしは無言だった。
そのとおり、と言っているようにも、じっと音を楽しんでいるようにも思えた。
潮の香りが漂っている気がした。
「それじゃあ、トンネルの先は海なんだね」
「さあ、どうかしら。この先がどうなっているのか。それはその目でしっかり見てほしいものね。でも、きっとこの砂は海の砂よ。ねえ、アンタと私はどこで会ったか、覚えてる?」
「川原」
「そ、川原。私は川原で育ったの。山で生まれたのが、水に流れてあの場所に行きついたのよ。そして海まで流されたら、そこで眠るの……いいえ、海まで行ったら、波にもまれて溶けてしまうの。それこそ、みんなから忘れられた、このトンネルみたいに」
忘れる、という言葉に少年はこわくなった。
少年は曾祖父のことを思いかえした。
「いやだ、忘れたくないよ、そんなの……」
散歩をしたということは覚えている。
こいしを贈られたことも。
しかし、それ以外にももっと大切な思い出はあったはずなのに、それらの記憶はすっかりあせてしまっているのである。
記憶が薄まれば薄まるほど曾祖父との距離が遠のいていく。
もうあの手の泥臭い質感も夢みたいにぼけている。
「りゅうたに忘れられたって構わない」
こいしの声がした。
「逆に、私のことをずうっと引っ張って、アンタに友達ができなくなったら、こっちが参るわ。私のことを、近すぎて近すぎて、見えなくなっちゃうくらいアンタの一部になれたとしたら、それでいいの。もしどうしようもなく不安になったら、ここに来ればいいじゃない。そのときはみっちりお説教してあげるから、覚悟しておくこと」
少年はひざを抱えたまま向こう側の壁を見ていた。
ひんやりとした空気も、こだまも、うすあかりも、気持ちよく感じた。
すこし休んでから彼は立ちあがった。
ここは居場所ではなく、休息地なのだ。
右と左を見た。
入り口の光がまぶしい。
外が明るくなっていた。
出口から漏れる光は相変わらず見えない。
このトンネルがどこまで続くのか。
出口へ一歩足を進めた。
しかし、彼は足をとどめ、振り返った。
「ようへいと一緒じゃなきゃ、行っても意味ないよね、こいし?」
「やっぱりアンタは旅人には向いてなかったみたいね」
その呆れた声は、決して少年を否定するような口調ではなかった。
あとで、こいしは独り言をもらした。
「でもね、本当は私以上の旅人なのよ、りゅうた」
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