絶交よりも
「この前な、トンネル見つけたことをお父さんに言ったんだよ。そしたら、お父さんも昔、大冒険者だったんだってさ。山とか川とかのぼりまくったらしい。オオクワガタも見つけたのも、山んなか冒険してるときだったんだってよ。オオクワだぜ、オオクワ!」
「へえ」
「この向こうは、きっとオオクワががっぽがっぽいるんだ。きっと誰も知らないから採り放題だ。大金持ちになったらお前にもちょっと譲るから、この場所、こうたには内緒な。あいついると全部とられる。ここは俺のトンネルで――」
ようへいの語りは突然終了した。
顔が急にひきつりだしたのである。
「なんだよ、この音」
少年も耳を澄ませてみる。
どおどお、という音とは違ううなり声が反響していた。
いや、これはうなり声などではない。
もっと間近な距離でうおお、うおおと切羽つまった荒い息を吐いているように少年は感じた。
ようへいはさっと入口の光を見た。
少年も振り返った。
光はこころなしか二人が歩いた距離よりずっと遠い場所に見えた。
それくらい光の量が少なかったのだ。
「お前、なにやったんだよ!」
ようへいは叫んだ。
鼻息が少年の耳にまで届く。
涙を寸前でこらえているような顔をしていた。
「これが、お前の言ういやな予感なんだろ? なにが起こってるんだよ、教えろよ!」
「しらないよ。だって、本当にこうなるだなんて、ぼくだって信じられないんだ。これがなんの音なのか、ぼくが知りたいよ」
「お前と一緒にいるとロクなことがないんだ。一緒くたにばかにされるし、給食の余った牛乳はほしくてももらえない。はじめっから誘わなきゃよかったんだ」
少年ははっとなって、思わずぽっけに手を入れ、こいしを探した。
ようへいはそれを目撃すると、目の色が変わり、そして少年の細い腕を力任せにつかみあげた。
人さし指と中指と親指にはさまれていた小石がすべって宙を舞った。
「ああ、もう本当にムカつくなあ! それやめろって何度言わせるんだよ! それあるから俺も弱虫あつかいされるんだ」
こいしが落ちた音はどこからもきこえなかった。
ようへいの声がそれをかき消してしまったのかもしれない。
彼の怒鳴り声はトンネル中を唸らせるだけの大きさであった。
得体の知れない存在の荒い息吹に、彼はそれだけの動揺をしていたのである。
しかしそんなことは少年にとってどうでもよかった。
こいしをしっかりにぎってやれなかった自分に激しい後悔を抱き、その間呼吸が止まってしまっていた。
そして次はようへいに対する強い憎悪だった。
「なんだよ、なんだよ。全部ぼくのせいで」
少年も友に負けないくらいの声を張り上げ、トンネルのなかを響きわたらせた。
友はなにが起こったのかわからないといった様子で少年の目を見ていた。
「わけわかんない理由ばっかだよ。トンネルなんだから変な音がするくらい当たり前じゃないか。トンネル入るまではすごく前向きで、あんなに格好よかったのに、なんだよ、ぼくより臆病者の……見損なったよ」
少年は自分の口から放たれた「見損なった」で自分の心をずいぶんと深くえぐった。
本当は相手をかなしませるようなことは言いたくなかったのだ。
口がすべったように言ってしまったことが衝撃であった。
そしてそれが偽りでなく、紛れもない本心だったということに、強い戸惑いを覚えた。
ようへいはぷつっと切れた弦楽器のように沈黙している。
二人は、ほとんど同時に懐中電灯の電源を落とした。
息を合わせたわけではない。
少年はただ目頭が熱くなっただけだ。
ようへいは、わからなかった。
シルエットが小刻みに震えてるように見えた。
「……絶交だ」
ようへいは来た道を早足で去っていった。
すれ違いざまに少年のすねを蹴った。
少年は声を殺してうずくまり、背中を壁に預け、顔を膝に埋めた。
ようへいと遊んだ日々を振りかえろうと思った直前、ふとこいしを思い出して顔を上げ、ライトをつけた。
砂の地面には小石がいくつもあって、どれもつるつるした表面をしていた。
彼はひとつひとつ拾いあげて電気を照らしあてた。
いつも見つづけてきた彼女なのだから、電波のようなものが互いを引き寄せてくれるだろうと考えたが、それは浅はかな幻想だった。
少年はこいしの姿を完全に見失っていたのである。
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