うわのそらの夏雲

 トンネルを脱出した少年は日常にかえった。


 あの音と冷えと膝のすり傷を忘れて遊びふけった。

 なにしろ夏休みの少年少女は遊ぶことが仕事なのだから、将来しっかり勤めるために今から訓練しなければならないのである。



 少年はようへいや他の友達から誘われたらどんな遊びにも行った。

 サッカーやドッヂボール、鬼ごっこが主だったが、ときどき蝉を採りに行ったりため池でブルーギルを釣ったりした。

 土日は野球チームの練習があって、友達はみんなそっちへ行っているので、その日は庭で砂遊びをしたり学区を探検したりこいしをみがいたりした。


 こいしは青に白いすじがいくつも通っていて、なめらかな曲線を描いていた。

 太陽に浴びるとまぶしいくらいに輝くのだが、これは少年だけが知っていた。

 手にすっぽり収まって、彼はこいしをにぎっているだけで心が洗われるような気がした。



「うわのそらね」

 布でみがいていると、彼女は言った。


「どうして気づいたの?」

「勘よ。私以外に気になることあるんでしょ」

「あのトンネルのことさ」

「ふうん」

 こいしはそれきりだんまりしてしまった。


 少年はこのままでいるのはもったいないと思うようになっていた。

 虫採りや魚釣りをするほどに、あの日の経験がえがたい一幕であったと感じるようになった。


 入口の闇、闇のなかをさまよう唸り声、からだにまとわりついて離れない冷たい空気。


 思い起こすたびに、少年は心をときめすのである。


「アンタ、旅人向いてるかもね」

 すっかり手が止まってしまった少年に向かってこいしは言った。

 彼の顔は赤くなった。



 夏も終わりを告げようとしていた。


 その日、少年はようへいに誘われて小学校の校庭でけいどろをやった。

 クラスの半分以上の男子たちが集まっていたから、結構な規模になった。


 二回目のゲームでようへいと少年は泥棒になったが、二人は警察に捉えられ、青々とした桜の下に造られた刑務所で過ごしていた。


「あのトンネルさあ」

 少年が話すよりも先に、ようへいから話題があがった。

「覚えてるかい? あの竹藪にあったトンネル」

「もちろんだよ」

「そうか、そりゃ都合がいいや」

 友は身を乗り出し、少年の耳元でこそこそ言った。


「実はな、俺の夢は大冒険者になることなんだ」

「え、本当かい!」

 少年もこそこそっとした声で驚いた。


「そうさ、世界中のお宝を手に入れてやるんだ。父さんにトンネルを見つけたんだって話したら、お前には大冒険者がお似合いだって言ってくれたんだよ。あのトンネルはその最初の一歩で、俺が有名になったら、お前は最初の大冒険物語のショウニンになれるんだぞ」


 少年は友の話を半分程度しかきいていなかった。



 大冒険という言葉は、小学生男子にとって脳みそをとろけさせるほどの衝撃をもっていたのである。

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