第2話 ユメかウツツか

「………………」


声が出せない、苦しい、呼吸は出来てるのか?それすらもわからない。

目の前に立つ虎…よく見れば耳が異様に長く後方になびき、牙が前足の膝位まで伸びている。目は血の色のように赤く、爪は黒くスパイクのように地面を踏みしめていた。

虎特有の毛色と模様だが所々違う箇所があり緑の毛色だったりする。


「フッ……フッ……」


細かく息が出来るようになった。冷や汗が止まらない。体が震える。いつこの虎が俺に飛びかかってくるのか、いつまで俺はこの状態を保てるのか……そして思い出した。


「………あ、これ夢だったじゃん……」


そうだ。これは全て夢。無駄にリアル過ぎるがただの夢なのだ。


「っふぅ。……あぁ焦った。どっから忘れてたんだろ?あれか?角リスが木から垂直に走ってきた時に怖すぎてそのまま頭から抜けたのか?」


やっと落ち着き深呼吸を1回大きくしてから立ち上がる。

目の前にいる虎?は口から角リスの角を出しながらこちらをまだ見ていた。


「やっぱりなーだってコイツ襲ってこないじゃん?だって俺の夢だし?安全だと思ったら安全なんだよ」


そう言いながらもやっぱりちょっと怖いので後ずさりしながら慎重に距離をとる。

だって虎とか!生は初見だし?なんか間違いがあって襲われても困るし?夢の中とはいえ自分が食べられるシーンとか見たくないじゃん?


そろそろと後ずさる。その様子を虎はジッと見ている。


良し!と退路を確認しようと虎から目線を逸らした時、虎のほうからゴリグチャムシャと咀嚼しだした音が聞こえた。


え?と虎を最確認。リスはもう無かった。

口周りを血で汚した虎が顔を上げまた目があった瞬間


「グゥゥァァァアガァァァアア!!!」


爆音の咆哮が全身に叩きつけられた。

咆哮の衝撃で倒れ転がったものの転がりながら勢いを利用して立ち、俺は走り出した。生存本能?分からないが体が勝手に動いた。逃げに。全力で。思考すらまとまらないまま。


「やば…やばいやばいやばいやばいやばい……!!」


何がやばいってもう何もかもがやばいとその三文字しか頭に浮かばない。


虎は唸りながらのっそりと動き出す。

まるでこれから始まる狩りを楽しむように。



最初に見た大木まで戻ってきた。

何故か虎はすぐに飛び掛ってこずにここまで逃げてこれた。


「フゥ……ハァ……マジやべぇって角リスなんかより命の危機を感じたわ……当たり前だけど……」


大木の裏側の方まで走り隠れた後大木に背を預けたまましゃがみ込んだ。


「フゥ…フゥ…リアルリアルだとは思ってたけど体力まで消費されるもんなのか?」


流石にちょっと不安になったが見た事がない肉食の角リスや虎?とか有り得ないものがいたのでやはり夢だろうと自分を納得させる。


息がやっと落ち着きソロっと大木の影から覗く。


「良し…いないな…」


虎が追ってきてないことを確認しその場から動こうとした時背中に熱が走った。


「っつうぅうぁぁぁぁぁぁああ!!!!」


大木の幹、逆さになって足のスパイクで固定しでいるのだろう。

前足を降り抜いた状態で虎がいた。


虎は振り抜いた前足のスパイクに付いた俺の肉片を舐め、咀嚼しだした。

ペロペロとこちらの恐怖を一層煽るように。一撃で終わらないように、ただ撫でてやったと見せつけるように。



「っ!!!ぐぅぅ!!!!」


背中の痛みを我慢し再度走り出す。理解したし、させられた。……コレは死ぬ。リアルだ。夢じゃない。こんな夢があってたまるか!ここが何処か何故ここにいるのか一切分からないがこれだけは理解した。ここで死ねば終わりだと………ここで死ねば向こうに戻れないと…あの人達に何も返せないままに……




どれくらい走っただろう。

虎と会う前はまだ陽が射していた。

今は夕暮れなのか真っ赤な夕日が森全体を紅暗く染め、だんだんと視界が悪くなってきた。

だけどいる。それだけは分かる。こちらの逃げ様を見ながら舌なめずりして追ってきてる。



「ハァ…ハァ…ハァ…」


薄暗い森の中を走る

頭の中は恐怖と混乱と絶望感でグチャグチャだ。


「な…なんだコレ…分けわかんねぇ…なんだよ…何処だよ…何処なんだよここはぁぁあ!!!!」


混乱したままの頭で叫んでしまう。

今の叫びで察知されたのだろう。後ろから獣の様な声が聞こえる。


「グォォァァアアアアァァ!!!」

「ひっ!………ク、クソッ!」


酷使しすぎた体が悲鳴を上げるが痛みを追いやり走る速度を上げる。


(クソ…な…なんで…俺が…こんな目に…!いつも通りだったのに…いつも通り仕事から帰って、先輩を手伝って、風呂に入るだけだったのに…なんで…!なんで!!)


「湯船が抜けてこんな所にいんだよぉぉぉ!!!!!!」



ズボッ!!


「っっっ!!」


抜けた。体重を掛けて踏み出した足が一瞬の抵抗の後宙を掻く。腐った木の皮を踏み抜いたのだろう俺はまた落ちる。湯船の底ではなく土の底に。



「くぅっ!!またかよぉぉお!!」



体に衝撃が何度も走った。頭を必死にガードし底へ底へと転がり落ちる。一瞬の浮遊感。そして全身に走る今までで1番強い衝撃。俺は意識を手放した。




……

……………



「ッッッ!!……ハァ…ハァ…」



なんだ?意識が朦朧とする。周りを見るといつも入らせて貰っているバーの風呂。



「…あぁやっぱりか……夢だよな。なんだっけ確かリスとか虎とかに追いかけられて……?」


夢特有の喪失感を味わいながら湯船を出る。


「ゆっくり浸かったのに疲労感が凄いな……」


全身のだるさと変な格好で浸かったせいか、特に痛む背中を庇いながら着替え店内の小山さんオッサンの相手をしに下に降りる。


「すんませ〜ん。ちと風呂で寝落ちしちゃったッス〜」

「おぉウイ疲れてんのに悪いなぁ…流石に小山親父だけは荷が重い…」

「ちょっと〜酷いよ〜愛しのウイちゃんに私の溢れ過ぎてる愛を呑んで呑ませて2人でグチャグチャとゥブッ!」

「あらあら?めぐったら駄目よ〜?まだ小さい子もいるんだからそういう言動は許しません」


ベロベロの小山さんと里美さんとのやり取りを苦笑いで後ずさる。


「……小さい子?」


里美さんの言った言葉が引っ掛かった。


「あれ?大華先輩か小山さんの親戚の子でも来てるんスか?」


店内の席に視線を走らせる。


「え?何言ってるのウイちゃん?」

「え?」


嫌な汗が出る。


小山さんがその子を呼んだ。


「■■ちゃんもこっちに来なさ〜い。お姉さんと絡み合いましょォオブッ!」

「まったく、いい加減にしろこの親父!■■ちゃんまで汚すなアホタレ!」


2人の会話が理解できない。狭い店内を見渡すと女の子が端のソファーに座っていた。その子の顔はスタンドライトが後ろにあるせいで顔がハッキリ見えない。

だけど……あぁだけど………


「……違う……ここは違う……」


涙が溢れる。自分の死を感じた時の絶望じゃない。心を裂かれバラバラになった時の痛みがぶり返す。


「ゥ…ァァ……違うんだ……ここは……現実じゃ…ない……これこそが夢だ………」


幸せな…願ってももう手に入る事は無いと分かってる。継ぎ接ぎになった心がまたパラパラと零れ出す。


「………■■■ちゃん」



「ァァ……アア…アアァァアアァァァァァァアアアア!!!!!!!!!!」

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