転落した世界で生きのびたい!

ししゃもマヨ

第1話 転落した世界で

「ハァ…ハァ…ハァ!」


薄暗い森の中を走る。

頭の中は恐怖と混乱と絶望感でグチャグチャだ。


「な…なんだコレ…分けわかんねぇ…なんだよ……何処だよ…何処なんだよココはぁぁあ!!!!」


混乱したままの頭で叫んでしまう。

今の叫びで察知されたのだろう。後ろから獣のような咆哮が聞こえる。


「ゴォォァァアアアアァァ!!!」

「ひっ!………ク、クソッ!」


酷使しすぎた体が悲鳴を上げるが痛みを追いやり走る速度を上げる。

(クソ…な…なんで…俺が…こんな目に…!いつも通りだったのに…いつも通り仕事から帰って、先輩を手伝って、風呂に入るだけだったのに…なんで…!なんで!!)

「湯船が抜けてこんな所にいんだよぉぉぉ!!!!!!」



・・・

・・



大華たいか先輩、今戻りました〜お疲れ様ッス〜」

「おぉウイか。おつかれ。今日は残業なしか?」


仕事の土木作業を終え見慣れたバーの裏口から中に入ると渋い声がかかった。

飯島大華先輩、俺の兄貴分で筋肉マシマシな髭面スキンのバーテンだ。


「うぃっす。久々に手伝いますよー」

「あ、ウイちゃんおかえりー」

「里美さんただいまっす〜てかウイちゃん呼びは止めて下さいって」

「え〜いいじゃんはつちゃんよりウイちゃんの方がかわいい」

「いやいや、なんかその呼び名が広まったせいで余計チャラ男っていう評価をされるんすよ…」


里美さんはちょっとポッチャリだけど顔がかわいくほんわかした女性でなんと大華先輩の奥さんだ。

そして俺はこの夫妻が開いているバーで居候させて貰っている。

理由?まぁ長くなるからまた今度で…


外に出て看板を出し掃き掃除をする。

奥まった路地に店がある為、人はほとんど通っていない。

今日は新月ということもあり、街頭の立たない路地を見ていると何処かに引き摺りこまれそうなほど暗くなっていた。


「新月…か」


ポツリと呟き、1回大きく深呼吸してから店の中に入ろうとしたとき声をかけられた。


「ウっイっちゃ〜ん!やほ〜」


一瞬驚きビクッとした背中にその声と共にのしかかられた。


「っ!おわっ!って小山さんっすか!ちょ!おも…てか酒くさっ!!」

「ちょっと〜今おもって言ってなかった〜?酷い〜傷ついたから今晩慰めてぇ〜うへへ〜」


この人は常連の小山めぐみさん。いつもビシッとスーツを決めて出来る女みたいな見た目だが面倒くさがりで酒好きで酔うとおっさん化する残念ビューティだ。


「ウイちゃん聞いてよ〜うちのハゲ上司がさ〜……」

「ちょー!!小山さん愚痴りながら上着脱がさないで下さい!!あっ!ちょ!下はダメ!助けて里美さーーん!!」


愚痴りながら俺の服を脱がそうとする小山さんを必死にブロックしながら里美さんに助けを求める。


「あら、駄目よめぐー。ウイちゃんはうちのマスコットなんだから傷物にしないでー」

「やーん私の精涼飲料ウイが〜」

「あらあら何飲む気なのかしらね〜この子は〜」


馬鹿なセリフを言いながら小山さんは里美さんに店に引き摺られて行った。この2人は昔からの友達だそうで結構な仲良しさんだ。


「た…助かった…」


結構リアルに貞操の危機に陥った俺は安堵の息を吐いた後服を直して店に入った。


「ちょっとオーガ〜!ウイちゃんのカクテル作らしてよ〜」

「あーうっさいうっさい。ウイのカクテルってなんだそりゃ。しかもお前が作るんかよ…それとオーガって呼ぶなアホタレ」

「ウイちゃん見た目軽そうだけど中身は結構な真面目ちゃんなんだから変なことしちゃ駄目よ〜?」


店内に入ると小山さんは頭にたんこぶを作っていたがまだ馬鹿な事をのたまっていた。なんでこんなに気に入られてるのか謎だ。それと里美さん…見た目軽そうってあんまりです。


「おーウイ、こっちはいいから先に風呂でも入ってこい」

「あ、そんじゃお先にいただきますー」

「あぁ〜ウイちゃ〜ん行っちゃ嫌〜」

「やかましい!ってかなんでうちに来る前にそんなベロベロなんだお前は…」

「アハハ…後でまた顔出しますよ」


その頃には多少落ち着いてるか寝落ちしてて欲しいなぁーとか思いながら2階にある風呂に入る準備をする。




「っふぁ〜……あ〜ゆぶねさいこ〜…」


今日も1日酷使した体を癒しながら鼻歌を歌う。


「歌を口ずさむとか言うけど鼻歌だとなんていうんかな…鼻ずさむ?」


どーでもいいことを考え、どうでもいいやと思いながら温まった体を湯船からだそうと立ち上がる。


ドゥボッッ!!


「へ?」


立ち上がる。立ち上がったつもりだった。足は垂直に伸び、立っている状態なのに視界が上がらない。バスタブの縁に手を掛け、力を入れてるので一瞬視点が変わらない事に疑問を抱いたが次の瞬間


「っっっっっぅぅぅううううおおおおおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!?!!!?????!!」


手がツルッと滑り、俺は直立した状態で手をピン!と伸ばしそして全裸のまま下へと落ちていった……



「ウイちゃんのお風呂…ウフ…グフフ…」

「あら〜めぐちゃん?その顔とってもブサイクよ〜?」

「まったくコイツは……」


階下にいる3人はそんな異常が起こったことなど一切気付かない……



・・

・・・



テテーン♪

【生まれたままの転落者】の称号を手に入れました。



「………んぇっ?」


頭の中に変な声が聞こえたと同時に俺は目を開けた。


「……ん…あれ?俺風呂で寝落ちした?」


軽く混乱している頭を降り、周りを見渡した。


「…………………」


言葉が出なかった。


目をつぶり左手の親指と中指でコメカミを左右からグリグリ揉む。

鈍い痛みを感じる位の力で揉み、良し目が冷めたと気合を入れてまた目を開く。


「…………………………」


言葉が出なかった。


あれ?いやいやいや?え?なんで?え?木?え?森?なんで?


疑問符で埋め尽くされた頭のまま周り見渡す。


森だった。


「あれ?俺確か風呂入ってた筈だよな?それで湯船がいきなり……抜けて?いや………あぁコレはアレか。なんて言うんだっけ?めい……明晰…夢…だっけ?」


やたらリアルに感じる夢?記憶に残る夢?そんなんだっけ?


「てか寒っっっ!!!」


「てか俺……全裸やん!!うわ寒!!え?マジ?現実じゃ風呂入ってる筈なのにこんなリアルなん?スゲーや明晰夢!」


明晰夢だと判断した俺は寒さですら感動した。


ただまぁ夢だとしても意識がハッキリしてると流石に恥ずかしいので再度周りを見渡す。


「あ〜まぁコレで取り敢えずいいか」


近くにあった大きめの葉っぱを毟り股間を隠し葉っぱの蔦で落ちないよう腰に回して固定した。あと裸足なので靴代わりに草を何重にも重ねて蔦で固定。


「……………リアル葉っぱ隊………」


まぁ夢だしあまり気にしない!と無理やり意識の外に投げて歩き始める。


「せめて足袋があればいいのに」


全裸で股間を葉っぱで隠し、足袋を履いている姿を想像し、どんな変態だよと馬鹿なことを考えながら散策する。ここはニーソか?そうじゃない?




「おぉー……すげぇな。これ何千年生きてるんだ?」


散策して30分位。目の前には信じられないほど大きく太い木が大地から天を突いていた。


「俺何人で囲めば1周できんだろ?」




立派過ぎる木を見上げながら木の周りを歩きだす。

そして丁度裏側位に来た時、初めて俺以外の生き物を発見した。


「お、リスじゃん!すげー初めて生で見たわー。都会生まれの都会育ちだからなー俺……」


10m位上にチョロチョロ走り回るリス。だがそれに少々違和感を覚えた。


「お?あれ?……リスって鳥食うっけ?テレビとかじゃ木の実ばっか食ってたような…」


リスの口にくわえられている鳥。もちろん口周りはスプラッタな感じになっている。しかも


「……………角?」



角が生えてた。そりゃもう立派な1本角だった。


「流石夢…かなりいい加減なリス像だな俺」


もっとよく見たいなーなんて思いながら体を左右に移動しながら木を見上げる。


「あ」


目があった。バッチリと。

2人で見つめ合う。コレが運命か……とよくわからない思いが込み上がってきた時


「キュキャァァァァァァァァァア!!!」


リスが吠えた。


口に加えた鳥を枝に落としこちらに向かって走ってきた。


「うおぉぉおっ!?」


かなり驚いた。そしてめちゃくちゃ怖かった。

想像して欲しい。見た目愛らしい筈のリスが前歯に肉片を絡ませ垂直の木の幹を高速で走り落ちてくる様を……逃げるよね?そのままハグしに行くムツジロウさんなんていないよね?


「おおおおおお!!!こえええぇぇええええ!!!!」


全力で逃げた。この速さは自己ベストを更新したのではないだろうか?

太ももの筋肉が張る。汗が後方に飛び散り木漏れ日を受けキラキラと光る。腕を直角に曲げ規則正しく降り背中は垂直に。見よこれがアスリートだ!!


「やかましいわ俺!!」


自分の脳内イメージにツッコミを入れ、後方を確認。


「あぁぁぁぁ!!!真後ろにいるぅぅぅぅううう!!!!」



もう1mもないのではないだろうか。近くで見たいとは思ったがそれが小柄な体で高速で走り、額から生やしている立派な角、あ、よく見ると螺旋状になってるのね?…それを俺の尻に向けて疾走してくる姿なんて誰が見たいだろうか。



「ちょ!あ!?駄目!そこ!今防御力無いから!!いや!葉っぱでも!たかが知れてるけどさぁぁぁぁあ!!!あ!ちょ!チクッてした!?駄目ってぇえええ!!!!」


俺の初めてな所を例え夢でも死守しなければ!と俺は全力で走ったまま横に飛んだ。



「っっっ!!つうぅ……いてぇ……」


結構な距離を転がりこのまま伏せっては追い打ちが来ると思い痛さを堪え腕に力を入れ顔を上げる。



「振り……切った?」



前方を確認したがリスの姿が見えない。息を潜め膝を付き四つん這い状態から起き上がろうとした時


「キュ」


後方から鳴き声が聞こえた。


「………」



涙が一筋垂れた。


サヨナラ俺のバージン。次の瞬間にでも襲いかかる未知の衝撃を覚悟し目をギュッとつぶる。



………………………

…………………………………………あれ?

なかなか未知の扉が開かない。

そっと目を開き後ろを確認する。




絶望が立っていた。


飛びかかった状態であろうリスを空中でキャッチしたのだろう。そこには俺の上半身を1口で食べられそうな口からリスの角を生やした…………虎……だった。


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