あるいは、

 私は大きな白い箱の中に住んでいる。

 扉が一つと窓が一つ。それ以外は白い壁、床、天井。味気ないんだか、シンプルなんだか。まあ、何事も物は言い様だろう。


 私の家から一歩外に出てみると、そこは一面の物語の山だ。誰が書いたんだか分からない、けれど、様々な種類の話が綴られているだろうそれが、なだらかな勾配を作っている。山の先には山があり、更に先にも山がある。キリがない。果てしない。その中に半ば埋もれるように、私の家と同じような白くてカクカクした、立方体の家がところどころに建っていた。


 私は無言で空を見上げる。青い空に浮かぶ太陽が眩しく照っていて、どこか私を見下ろしているようにも見えた。負けじと笑って見上げてみせるけど、太陽に変わった様子はない。笑い返してくれているのか、知らんぷりを決め込んでいるのか。判断はつかないけど、私はこの山を照らす太陽が割と好きだ。もしかしたらそれが照らす先に素敵な物語があるんじゃないかってワクワクするのだ。


 さて、話を山の方に戻そう。

 ここには毎週水曜日、回収車がやってきて物語を集めて持っていってしまう。その集め方は(私にとって幸運なことに)、かなりいい加減で、この果てしない山のうちのほんの少しを車に積むだけだ。本当なら回収なんてしてほしくないのだけど、ここが山だらけにならないように多少の回収は必要だと思うので、ある程度は致し方なしといったところか。

 しかし、今日は回収車は見当たらない。家にはカレンダーがないから日にちが分からないのけど、少なくとも今日は水曜日ではないらしい。


 勾配のあちこちには、私の家とまったく同じ形状の白い箱が鎮座している。そして私と同じようにそこから住人たちが出てきて、物語を置いたり物色したり拾ったり、はたまたその場で物語を書いたりしている。


 そうやって私が原稿用紙の山を観察している間にも、山はどんどん嵩を増していった。次の水曜日までにはもしかしたらもっともっと高くなって、太陽すら隠してしまうかもしれない。

 私は足元に転がっていた原稿用紙を拾い上げる。どうやら長編の一部分らしい。周囲を見回してみるけれど、長編の他の部分は見当たらない。残念に思いつつ、私は綺麗にそれを折りたたんでポケットにしまった。

 それからしばらく辺りを散策しながら、物語を吟味した。万年筆で書かれていたり、ワープロで打ちだされていたり。ノートやチラシの裏に書かれていたり。この世界に溢れているありとあらゆる物語は、色んな形をしていてまったく同じものは存在しない。それが私をどうしようもなくワクワクさせる。この山のすべてを読み解くことはできそうにないけれど、その一端に今触れていると思うとどうしようもなく胸が高鳴るのだ。


 また一つ、物語を拾う。

 それは原稿用紙に書かれた掌編だった。かなりぐしゃぐしゃに丸められたのか、ところどころ端が切れてしまっていて、その上少し黄色っぽく変色していた。たぶん長い間太陽の光にさらされて、やけてしまったのだろう。

 広げると中は鉛筆でびっしり文字が埋め尽くされていて、黒く掠れている部分が多かった。文字を指で薄くなぞると、指先も同じく黒くなる。

 状態はとても良いとは言えないけど、読めないほどにはなっていない。青空に照らされた物語に満ちた世界で、私はこの小さな掌編にしばし耽ることにした。



 しばらくして、私はまた空を見上げた。

 これだけ読めれば今日は充分だろう。

 少しばかりああでもないこうでもないと思案した後、私は持っていた原稿用紙の隅にこう書きつけた。


「楽しく読みました。次の物語も楽しみにしております」


 私はそれを紙飛行機にしてスッと宙にはなった。それは意外なほど綺麗に空を横切り、遠くに飛んでいく。

 そして、たくさんの原稿用紙の山の中に紛れて、あっという間に見えなくなった。


 気づけば、もう夕暮れだった。

 太陽は変わらず暖かく私たちを照らしていた。


 しばらくその場で紙飛行機を飛ばした方角を見ていたけど、とうとう日が沈み切ったので私は家に帰ることにした。もう外にいるのは私くらいだった。

 たくさんの物語を読めたのがなんだか嬉しくて、私は少し口笛を吹いて、スキップをする。足元の紙屑が存在を主張するようにガササと鳴った。原稿用紙を踏みつけるのが忍びなくて、私は踏んでしまっていたそれを慌てて拾い上げた。これは今夜にでも読むとしよう。


 そして、私は思考を明日へと向ける。



 さて、明日はどんな物語が待っているんだろう、と。

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【短編】ゴミ捨て場にて 笹倉 @_ms

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