第2話 トイレの個室にて 2
数日前
400円で買うべきものは三つある。
一つは150円の焼きそばパンと決まっていて、問題となるのが残りの二つである。
今にも不満いっぱいな音を立てそうな胃袋に従って150円のピザトーストを選ぶと、焼きそばパンと併せて300円になってしまい、120円のジュースは買えなくなってしまう。
逆算し、ジュース代を確保すると残りは130円。
そうなるとパンの選択肢は大幅に少なくなり、小さいアンパンか味気のないコッペパンくらいがいいとこだ。
たかが20円、されど20円。ここはやはりジュースは諦めるべきか。
昼時になるとやってくる移動パン屋の前で、おりつは腕組みをし、大いに悩んでいた。
「まーだーー?」
とっくに本日のメニューを決めた、おそのが急かしてもおりつは決められないでいる。
そうこうしてる間にも、刻一刻と昼休みの時間は減っていく。
「おりつってさー、普段は何も考えてないと思うくらいすぐ決めるのに、食べ物の事に関してはいつまでたっても悩んでるよね」
「そりゃそうだろう。飯ってのは1日三回しかないんだぜ?」
尻尾をぶるんと一振りし、得意げなおりつに対し、おそのは半ば諦め顔だ。
「もう、私のジュース少しあげるからさ、さっさと決めて早くいこ?」
「え?いいの?何だか悪いなぁ」
言葉とは裏腹に、お目当てのパンを迷いなくレジに差し出すおりつ。
「ほんと少しだけだからね!」
「わかってるって!それより早く戻らないと昼休み終わっちまうな!」
「私がストップで言ったらお終いだからね!」
「あたしってさ、たまーに耳が遠くなるんだよなぁ」
「あ、そうやってまた半分くらい飲む気でしょ!」
おそのはそう口にしながらも嫌な顔はせず、二人は駆け足で校舎へ戻っていった。
「手紙?」
二つのパンと、愛すべき友人のジュースで満腹になったおりつの元にやってきたのは、学級委員長の静江だった。
「さっき下駄箱のとこであなたに渡してくれってお願いされたのよ。」
「誰から?」
「えーっとB組の藤来さん。話した事はないけど、彼女常に成績がトップ入りしていてね。一部じゃ有名なのよ」
静江の言う一部とは、いわゆる優等生達ということで、おりつには興味も関わりもない世界である。
「それじゃ確かに渡したから」
「おー」
あくびのついでに返事をし、睡魔の誘いに今にも乗ってしまいそうなおりつに、静江が目ざとく釘を刺す。
「次は移動教室なんだから遅れないようにしなさいよ!」
「はーい」
そう言い残し、早くも次の教室へ向かう静江を見送りながら、おりつはもう一度あくびをする。
「ねぇねぇ。委員長なんだったの?」
口を開けたまま目をやると、耳をぴんと立てたおそのが、いつの間にかすぐ傍に立っていた。
静江から渡された手紙に興味津々なのだろう。
その証拠に、緑色の彼女の瞳は満月のように丸くなり、尻尾は落ち着きなく左右に揺れている。
「藤来さんて人からあたしに手紙を渡すように頼まれたんだってさ。おその、その人知ってる?」
「フジライさん?頭がいいって聞いた事あるくらいかなぁ?それよりも!なんて書いてあるの?もしかしてそれ・・・ラブレターなんじゃない?」
「ばっか!」
とは言うものの、以前に何通か同性から手紙をもらった事があるのは事実だった。
無下にするのは何だか悪いし、かといって幸か不幸かその手の事には興味がない。
結局申し訳なさそうな顔をして、友達なら・・・。と、曖昧に切り抜けてきたおりつだった。
「早く読んでみよ?代わりに私が読んであげてもいいけど?!」
「わかったって。でも、何て書いてあるか教えるかは内容次第な!」
「はいはい。おりつって変なとこ真面目だよね」
おそのの言うように、ラブレターの可能性もなくはないが、そうじゃなかった場合、優等生が自分に手紙を出す理由が見当たらなかった。
若干の好奇心を抱きながら、可愛げのない白い封筒の縁をびりびりと破り開けていく。
出てきたのは、隅に朝顔が描かれた品の良い一枚の便箋で、そこに藤来という人物の性格があらわれているようだった。
「どれどれ・・・」
おりつの横で何と書かれているのかと目を輝かせるおその。
しかし、その期待とは裏腹に、内容は一目で一読できるほどシンプルだった。
「えっと・・・」
「うん、うん!」
「放課後、屋上へおいでください。だってさ」
「え?それだけ?」
「それだけ」
「えー。以前からおりつさんの事が・・・。とか書かれてないの?」
「残念ながらないですなぁ」
ちょっと見せてよと、おそのが手紙に手を伸ばした時だった。
スピーカーから授業開始のチャイムが鳴り始め、思わず二人はビクッと尻尾を立てる。
「やば!次教室どこだっけ?」
慌てるおそのを尻目に、ごそごそと机の奥に手紙を押しやるおりつ。
「えーと、英語だから語学室?」
「よりによって一番遠いあそことは・・・。こりゃ完全に遅刻だね。」
静江についさっき言われた事を思い出したおりつの脳裏には、片眉を上げ、こっちを睨む彼女の顔が浮かんでいた。
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