第二話 インターミッション -その3

 それから数時間後の、午後八時五十分。

 ――美桜は新たなるステージの扉を開く。

 例のスカイウォークを渡って黒服に案内された部屋は、シックな色合いの調度品に彩られた遊戯室だった。

 床は柔らかな赤のカーペット。白いソファとチーク材の家具が居並ぶ部屋は広くもなく狭くもなく、天井もグラン・カジノのように桁外れに高いというわけでもない。

 暖色系のシャンデリアが落ち着いた明かりを燈しており、適度な豪華さが品の良さを際立たせた。

「あの、ミス・スルガ? お連れのお客様の姿が見えないようですが……」

 振り返った黒服が辺りを見回しながら訊いてくる。彼は美桜を含めた数名の客を、スカイウォークからここまで先導してきた案内役のひとりだったのだが、ここでようやく白マントの目立つ客がいないことに気付いたようだ。

 美桜は事前に用意していた回答を口にした。

「ああ、何か急に腹が痛くなったみたいで、ホテルの方に引き返していったで。あの様子じゃ今宵のゲームには間に合わんやろうし、不参加ということにしてくれて構へんわ」

「……そうですか。分かりました」

 黒服は頷いて、美桜から離れていく。腹が痛いなんてのはもちろん嘘で、ノーマンデーはスカイウォークを渡った直後に脇道へ隠れ、そのまま高層階の奥へと侵入したのである。

 相手が品行方正を売りにするVIPだからと信用しているのか、黒服からの追及はそれ以上なかった。美桜たちが裏カジノを勝ち抜いたイレギュラーなゲストだとは知らなかったのかもしれない。知っていれば、少なからずその動向には警戒するはずだ。

(やれやれ、頭がお花畑やな。……だが、それはそれで都合がええわ)

 相手がVIPであるという油断は、こちらに確実なアドバンテージとなるだろう。

 これからどんなゲームをするのかは知らないが、ノーマンデーが自由に動ける時間を稼ぐくらいは訳もなく遂行できそうだった。

「さて、客はこれで全員やろか。例の妹ちゃんもまだ来ていないみたいやけど……」

 遊戯室を見回すと、室内にいる人間の数は十一人。うち黒服は四人である。

 まだ九時ジャストまでは数分あるので、参加人数も増える可能性があるが――。

「ああっ? テメエ、あのときの!」

 背後から素っ頓狂な声をかけられて、振り返る。

 美桜は少しだけ驚いて口を開いた。

「なんや、モヒカン男やないか。アンタもこのゲームに参加するん?」

 そこにいたのは、昨日と同じビジネススーツに身を包んだ赤い頭のモヒカン男だ。

 こいつには痛い目に遭わされているものの、結果的に美桜は高額賞金を持って勝ち上がり、逆にモヒカン男はクレイトンという頭脳を失ったおかげで残りの数戦を惨敗していた。その後のことは気にも留めていなかったのだが、どうやら残金で上位五名に滑り込んでいたらしい。

「クレイトンなしでこんなトコまで来て……大丈夫なん? 手なんて貸してやらへんよ?」

「最初から期待なんかしてねえよ! へッ、見てろよ子猫ちゃん。あんな詐欺師がいなくても、俺は変わらず最強だってことを、このゲームで証明してやるぜ!」

 相変わらず威勢だけは一級品だが、いかにもな小者臭だけはどうしても拭い去れない。

 だが、油断は禁物だ。周囲のVIP客は知らない面子ばかりだし、どこに実力者が潜んでいるかは蓋を開けてみるまで分からないのだ。美桜は密かに気合を入れ直した。

 ――と、そのとき遊戯室の奥の扉が開いて、ひとりの少女が颯爽と入場してくる。

 少女と断定した理由は、その体躯だ。

 百四十センチ足らずの身長に、華奢な身体。燃えるように赤い髪は後頭部で二つに結われ、その頭にはベレー帽のような帽子を乗せている。

 着込んだベストとスカートは赤と黒のチェック模様で統一され、歳相応の愛らしい容姿が居座るべきその目元には、どこかで見たことがあるような深紅の仮面――。

「はじめまして、紳士淑女の皆々様。今宵はようこそ、VIP専用の限定カジノへ」

 少女が頭を垂れて自己紹介するまでもなく、美桜は彼女の正体を察知した。

「わたくしは今宵のゲームのディーラーを務めさせていただきます、その名もノーチューズデーと申しますわ。お気軽にチューズとお呼びくださいね、お兄様方……アーンド、お姉様」

 チューズと名乗った少女が不意打ちで視線を送ってきたので、美桜はどきりとして顎を引いた。

 あどけない風貌の割に口調ははっきりとしていて、大人びている。若干十三歳ながらカジノのディーラーを務めているというのは、あながち間違いじゃなさそうだった。

「キャストも揃っているようですし、さっそく始めましょうか。……黒服さん、例のモノのセッティングをよろしくですわ」

 チューズがパチンと指を鳴らすと、黒服数名が部屋の端から薄い布に覆われた巨大なテーブルを引っ張ってくる。

 キャスターのストッパーを黒服が嵌め、遊戯室の中央にテーブルが固定されたことを確認したチューズは、そのテーブルを隠している薄い布に手を掛けた。

「これから皆様に楽しんでいただくゲームは――これです!」

 チューズは布の覆いを一気に取り去る。

 顕わになったテーブルの上に載っていたその二つの装置に、客の視線は釘付けになった。

「これは……ルーレット?」

 美桜が思わずつぶやく。

 テーブルの上にあったのは、カジノの代名詞にしてカジノの女王と揶揄される定番ゲーム、直径約四十センチのルーレット盤だ。

 しかし、普通と大きく違う点がある。

 それは、ルーレット盤があるということ。

 客たちの反応に満足したチューズは頷いて、そしてゲームの開催を宣言した。

「それでは本日のゲーム【マインルーレット】を始めましょう」

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