第一話 ポーカー25 -その8

 とか言いながら、その結末はあっけないものだった。

「――はい、決着ゥ! 仮面のお兄さんの大勝利でーす!」

 バーニーの宣言に、会場中の客たちが歓声を上げる。

 ノーマンデーは悠然と椅子から立ち上がり、カジノテーブルに両手を突いて愕然としているクレイトンを見下ろした。

「チップ5枚勝負とは剛毅だったが、まあ無駄な努力だったな、金髪くん」

「ば、馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!」

 現実を受け入れられないクレイトンが、その本性をむき出しにしてテーブルをばんばんと叩く。そんな茶番には付き合っていられないと、ノーマンデーは悠々と階段を下りていった。

「ちょっ、なんやねん! 簡単に勝つなや!」

 戻ってきたノーマンデーに掴みかかる勢いで迫ったのは、美桜の必死の形相である。ノーマンデーは小指で耳をかっぽじりながら、冷ややかな視線で美桜を見る。

「なんだよ、カタキを討ってほしかったんだろ。それでいいじゃないか」

「私から頼んだつもりは一片もないわ! いや、それより――」

「コラ仮面野郎! 一体どういうことだよ、ウチの旦那が負けるって! 有り得ねえだろ!」

 少し離れた位置から喚き散らしてきたのは、例のモヒカン男だった。

 ノーマンデーは得意のドヤ顔を仮面の下に貼り付けて、

「いやいや、有り得るだろう、モヒカンくん。なぜなら俺の名前はノーマンデーだからな」

「説明になってねえ!」

「じゃあ、こう言ったら満足か? ――、とな」

「……なっ?」

 モヒカンの表情が固まる。

 ノーマンデーは振り返り、再び美桜にその視線を向けた。

「なぁ乳袋。お前は連中に、どこまで俺の消費カードの情報を教えた?」

「そりゃ、アンタと戦った一戦だけや。アンタが初戦で何を出していたのかは、結局よく分からんようになったし……」

「いや、俺の初戦の情報は、そもそもお前から引き出そうとは連中は思っていなかったと思うぜ。なぜなら俺の初戦の相手は、そこにいる出っ歯くんだったんだからな」

「そうなんか?」

 美桜がモヒカン男の隣に並び立つ、アジア系の出っ歯男を凝視しようとしたちょうどそのとき、床を揺らすような凄まじい足音を響かせて現れたクレイトンが、金髪を振り乱して大声を上げた。

「シュリオムううぅ! どういうことだ、話が違うぞ! お前の情報によれば、この紫仮面の三回戦は、必ず2Pを出すという話だったじゃないかああ!」

 これ以上ない悪意に晒されるシュリオム氏だったが、当の本人はどこ吹く風といった表情だ。その様子を静観していたノーマンデーが、クレイトンの視線を遮るように半歩進んだ。

「まあまあ、そんなにキレるなよセニョール。彼を攻めないでやってくれ。その情報は何を隠そう

「は……はああ?」

 クレイトンが目を剥いてノーマンデーを見る。もう紳士的なふるまいの欠片もない。

 ノーマンデーはキザったらしく口端を吊り上げて見せて、

「いやね? 一回戦の壇上でお互いアンティを賭ける前、この出っ歯くんと取引したのだよ。金髪くんと組んでいるなら、俺とも組まないかってね。……チップ1枚で」

「だ、ダブルスパイってこと?」

 美桜が驚愕して言うと、ノーマンデーは頷いた。

「俺が彼に要求したのは簡単なコトさ。『この一回戦で俺が使ったカードはRSFだった』と金髪くんに教えることと、『そいつは三回戦で2Pを使うつもりだ』と伝えること――。用心深い金髪くんだけど、二回戦で俺が乳袋相手にRSFを使い、さらにチップ3枚を獲る大勝だったという情報を知って、三回戦は2Pで来るとより確信を得たのだろうな」

「……そうか。クレイトンは、ノーマンデーが勝ち逃げ狙いと誤解したんか!」

 二回戦を終えて4枚以上の儲けがあれば、残り三戦すべてで1枚負けしても、プラス1枚でゲームを抜けられる。連続でRSFを投じたのはこのためだ、と思わせることに成功すれば、相手――クレイトンは相手のドロップ負けを確信して、ブラフ狙いで大金を積みに来る。

「つまり、貴様の情報共有を逆手に取った策略だったワケだ。まさか、嘘の情報を共有するハメになるとは思わなかっただろう? ……なあ、金髪クソマヌケくん?」

「うっ……っがああああ!」

 悔恨と憤りが綯い交ぜになった絶叫と共に、クレイトンがノーマンデーに掴みかかろうと走り出す。

 しかし、その手が触れる数センチ前で複数の黒服に後ろから羽交い絞めにされ、もつれるように床へと押し倒された。

「おいおい、暴力行為は即退場だぜ。……なあ、ディーラーさん?」

 ノーマンデーの視線は壇上のバーニーへ。

 彼女は諦めたように息を吐き、パチンとひとつ指を鳴らす。それが合図だったのか、黒服たちはクレイトンを両脇に抱えて歩き出した。

「きっ、貴様ら、放せッ! 僕を誰だと思っているんだ! こんなところで退場だなんて――」

 散々喚き散らして抵抗するが、プロレスラーのような体格の黒服の前では暖簾に腕押しだ。

 会場の一角にある扉の向こうにクレイトンが消えると、会場は静寂を取り戻した。

「はぁーあ……まさかの退場者とは、残念ウサねえ。でも、ルールはルール。ここが紳士の社交場たるカジノであるという認識を、皆様にはゆめゆめ忘れないで頂きたい所存でございますぴょん」

 バーニーがまるで他人事のように言う。

 ノーマンデーは軽い足取りで台座へ近づくと、バーニーのハイレグを見上げながら口を開いた。

「仰るとおり。この地下空間が、如何に外界と切り離されていたとしても、ここはれっきとしたカジノだ。ってことは――バーニー、アンタにも挑めるんだろう?」

「……へ? 挑める? 何を?」

 バーニーが首を傾けるが、ノーマンデーは構わずに言い放った。

「決まってる、ゲームだよ。

「え!」

 美桜が驚いてバーニーを見る。

 ウサ耳を付けた彼女は、微動だにしなかった。

「だって、ここがカジノだと言うのなら、客同士の対戦しかできないというのはナンセンスじゃないか。カジノとは本来『店』対『客』となるのが正規な形だろう? ルール説明のとき、客同士で対戦できるとは聞いたが、客以外と対決できないとは一言も聞いちゃいないぜ?」

 強気な微笑を貼り付けたまま、ノーマンデーが壇上を睨む。

「だから……対戦ろうぜ、俺と。高額たかいゲームをさ」

 ノーマンデーの仮面の奥で、強い眼光が瞬いていた。

 一方のバーニーは閉口したまま。

 美桜は唖然として、その成り行きを見守るしかない。

 そもそも――そんな斜め上の要求が通るものなのか?

 大体、戦うと言っても、バーニーはカードを持っているのだろうか。それに、賭け金となる銀のチップは? チップがないんじゃ、戦うこと自体に意味がなくなる。

「チップは……持っているよな。二十五名の客から散々巻き上げた、引き分けの際のチップだ。あれを回収するのがあんたの役目なら……それを使うこともできるんじゃないのか?」

 その言葉に、バーニーの顔色が明らかに変化した。

 今までの人を小馬鹿にしたような表情は一変し、双眸は見る者を凍り付かせるような鋭い視線へ。これがピエロ役の仮面しか被っていなかったウサギの、本当の表情なのか。

 しばしの沈黙の後、バーニーはふう、と深い息を吐いてから、右手をこちらに差し伸べた。

「いいだろう。……来いよ、プレイヤー。本気の勝負をしようじゃないか」

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