第一話 ポーカー25 -その6
「さァお姉さん、勝負の時間ウサよ。BETはこれでよろしいぴょんか?」
眩いスポットライトの下、バーニーの甘ったるい声が耳朶に響く。
美桜はカジノテーブルの上に並べられた5枚のカードと2枚の銀貨をもう一度確認して、戸惑ったように頷いた。
「だ、大丈夫や。女は度胸やねんぞ」
――二戦目。台座の上から望む景色は、何度見ても最悪だった。
テーブルの向かいに座る対戦相手は、パンチパーマに派手な柄シャツ、紫色のスーツを着込んだ中年男性。先ほどクレイトンが指差した、いわゆる紫スーツの男だ。
「へ、へ、へ……いいのかァ、お嬢ちゃん? 2枚賭けなんて後悔するぜ?」
凄みを利かせてメンチ切ってくる紫スーツ。ここはアメリカのラスベガスのはずなのに、大阪のヤクザみたいなオッサンだ。
そんな悪態を前にしながら、美桜は別のことを考えていた。
(本当に大丈夫なんやろな? あの金髪男……本当に信用しても良いんやろな?)
クレイトンから得た紫スーツの情報は、一戦目がSFで勝利しチッププラス1枚、二戦目がRSFで勝利しプラス2枚。二戦二勝で計3枚の儲けが出ている――というものだ。
つまり、これが紫スーツにとっての三戦目。
二連勝で気を良くした彼は、ツキが向いてると言わんばかりにチップ2枚を場に並べ、美桜がそれにコールで応じたのが今の状況だった。
(過去二戦でRSFとSFを消費したなら、残るカードはRSF、SF、2Pの三種がそれぞれ一組ずつや。三戦目でRSFを使い切るのはまだ早いし、四戦目終了時に最低プラス1枚の儲けがあれば、最後の五戦目は2Pで落としてもプラマイゼロで逃げられる。そう考えれば……)
おのずと紫スーツが並べたカードの役は透けて見える。
しかし――、
(問題は、あの金髪が嘘を付いている可能性や)
紫スーツのカードの推察は、あくまでクレイトンの情報が正しいということが前提だ。もしもその情報が正しくないとしたら、美桜が今、提示した虎の子の片割れは、何の機能も果たせずゴミ箱に投棄されてしまう可能性が高い――。
(頼むで、マジで……ここで負けたら洒落にならんで!)
美桜は汗でびっしょりになった両手を組んで、祈るように頭を垂れた。
「さァさ、それではおーたちーあいっ! イーッツ、ショー・ダウン!」
元気の良いバーニーの声に応じて、両者がエメラルドグリーンのマット上にある十枚のカードを裏返す。
現れたカードは、紫スーツがスペードのSFで、美桜が――ダイヤのRSF。
「勝利アリ! お姉さんの勝利ウサーッ!」
「ごあっ! うぐッ……」
紫スーツが顔をしかめ、捻り出すような唸りを上げる。
一方の美桜は全身の力を抜いて、椅子にもたれかかった。
息苦しさに、思わず深い息を吐く。
「あっぶなあ……。ホント、洒落にならん……」
しかし、これでチップ数は計9枚。イーブンとは行かないまでも、かなり持ち直した感じだ。
なにより、この情報共有グループが有効であると感じられたのが大きい。
(これは……この流れになら、乗ってもええかもしれん)
誰にも聞こえない声で、美桜はそう呟いた。
対戦終了後、台座を降りた美桜はすぐさま会場の壁際へと向かい、そこで待っていた金髪のクレイトンに結果報告を行った。
「――そうか、よかった。やはり情報は正しかっただろう?」
満足そうに微笑むクレイトン。美桜はあくまで表情を変えず、意地の悪い言葉を返す。
「アンタのこと、まだ完全に信用したわけやないねんで? 最初の二戦がRSFとSFなんて、あてずっぽうでもよくある確率や。私にテキトー教えた可能性を、私はまだ排除してへん」
「ああ、それで良いよ。それがグループ制のリスクだし、それでもキミは僕を信用してくれたしね」
クレイトンは余裕の笑みを作って、美桜に白い歯を見せた。
「僕らが共有するのは、あくまで情報だけだ。キミは僕の情報を信頼してカードを出してもいいし、もちろん信じないでカードを出してもいい。だからキミが僕の情報を使って勝っても、僕たちは取り分を求めないんだ。判断するのも、勝負するのもキミ自身だよ」
このグループの目的は、あくまで情報の共有化。
仲間の行動を管理するものではない。
そういうことなら、なるほど、このシステムのデメリットはほとんど無いと言えるだろう。
「……クレイトンの旦那、確認してきやしたぜ。モヒカン男の三戦目はRSFだ」
そこに、黄色い出っ歯のシュリオム氏が近づいてくる。その言葉を聞いたクレイトンは僅かに頷いた。
「これで、モヒカン男の消費カードはRSF、SF、RSFか。――ふん、随分と御しやすいカードが手元に残ったな。これでは僕たちにカモにしてくれと言わんばかりじゃないか」
クレイトンとシュリオムが、可笑しそうに鼻を鳴らした。美桜は少しだけ声を潜めて、
「ねえ、モヒカン男って……もしかして、あそこにいるトサカ頭のこと?」
美桜が指差した先、会場入口の扉に近い場所には、安いビジネススーツを着込んだひょろ長い男が立っている。
頭のサイドを見事に剃り上げ、ワックスで塗り固めた頭頂部の髪は見事な赤色。あんな髪形をしているのは、メンドリ以外ではメジャーデビューを夢見るバンドマンくらいしか思いつかない。
クレイトンは再び頷いて、
「そうさ。ただいまの成績は三勝〇敗で、所持チップ数は16枚。おそらくこの会場中で一番稼いでいる男だ。それと同時に……今、僕たちが狙っている絶好のカモでもある」
「でも、残りの手持ちはSFと2Pなんやろ? あと二戦は消化試合みたいなもんやんか」
1枚賭けとドロップを駆使すれば、最終損益はプラス4枚で抜けられる。残りがSFと2Pでは勝ちに行ける状況でもなし、負け逃げを狙うのが無難だろう。
しかし、とクレイトンは口端を吊り上げて、美桜のほうを横目で見た。
「奴はがめつい男でね。ことあるごとに全戦全勝を公言しており、しかも1枚賭けなどしないそうだ」
「え、本当なん? それは……クソアホやな」
思わず本音が口から零れ出る。
RSFを連発すれば、序盤でも連勝できる可能性があるのは先刻ご承知のとおりなのだが、しかし、それでも引き分けを知らずに三勝しているということは、よほどの戦略家か、強運か、もしくはホラ吹きのどれかに違いなかった。
「だからこそ、僕たちは彼から搾り取りたいと思っている」
クレイトンは腕を組んで、再びトサカ頭に視線を向けた。
「幸い、彼の所持カードを正確に把握できているのは僕たちだけだ。情報を持っていない連中は彼の強運を恐れて手を出しにくい状況になっているし、彼もまた対戦相手を探すのに苦慮しているようだ」
確かに、勝ち過ぎるというのも考えものだ。敗者は強者を本能的に避けてしまう。敵の所持カードに関する情報が無いがために、勝者の虚飾の力に怯えてしまうものなのだろう。
「そこで、キミの出番というわけだ。所持金マイナスのお嬢さん」
「え? わ、私?」
唐突に肩を叩かれ、美桜は驚いてクレイトンの顔を見た。
「彼は全戦全勝を謳っているが、現実として残りのカードはSFと2Pだけだ。この状況から全戦全勝を実現するには、少なくとも一度は2Pでブラフを使うしかない。では、ブラフを使いやすい相手とはどんな者か? ……それはもちろん、弱者と儚げな女性だけさ」
「な、なるほど。……とは言いたくないんやけど……」
悔しいが、一理ある。嗜虐趣味連中の好物とは、いつでも決まって暴力と金と女なのである。
「もう少しだけ情報収集をする予定だが、キミには彼と対戦してもらいたい。できれば、彼との対戦前に誰かと戦って敗北しておくのが有効だな。キミの負けが込んでいればいるほど彼は付け上がるだろうし、ブラフに掛ける金額も大きくなる」
ブラフは大金を積んで、その重圧によって相手をドロップさせる手段だ。ブラフに自信がないと賭け金は小額になるし、自信があればその逆だろう。ブラフを見破る側にしてみれば、過小評価されていたほうが見破りやすいことになる。
美桜は頷いて、眼を細めた。
「分かった、やるよ。……さっきも稼がせて貰ろたのに今度もなんて、なんか悪いなあ?」
「そう思うなら、キミも僕らの情報収集に協力してくれたまえ。ちょうど彼とは別に一人、手札を知っておきたい相手がいるんだ。キミの献身に期待するよ」
つまり、自ら勝負に行って、相手の情報を仕入れてこいと言うわけか。
わざとチップ一枚を無駄にするのは腰が引けるが……後の鯛を釣り上げるための投資なら、仕方ない。
「2Pが余っているし、ちょうど良いか。……クレイトン、あいつから目ェ離さんといてよ。あの鯛が先に誰かに釣り上げられては、私の投資が無駄になってまう」
「ああ、分かっているよ。僕は期待を裏切らない
クレイトンは静かに笑い、美桜は勝負に向けて次の一歩を踏み出した。
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