第一話 ポーカー25 -その1

 地下と言うと薄暗いイメージがあるが、カジノの地下は例外中の例外だ。

 扉の向こうから溢れ出てきた光の正体は、広い天井に張り巡らされたシャンデリア。

 カジノに付き物のビッグバンド・ジャズが上品な音量で流れており、ピアノとサックスのハーモニーが煙草臭い空気に巻かれて飽和している。

 ほぼ正方形の広間は、一辺が二十メートルに高さが十メートルといったところ。

 そんな小さな図書館程の広間の中央には、美桜の身の丈よりも高い台座が一つあり。

 その台座を目印として、二十数名の遊戯客が集まっていた。

「……結構、客おるやん」

 思わず口にしながら、美桜は広間の中へと足を踏み出していく。ちなみに美桜が部屋に入ると、後をついてきた黒服たちによって扉はすぐにバタンと閉じられてしまった。部屋の四隅の扉がすべて例外なく閉じられているのを見て、美桜は僅かな不安を覚える。

 中央の台座へ近づくと、周囲の客たちの視線は美桜へと集中した。

 当然ながら、人種の割合は欧米人がほとんで、しかもその九割六分が男性だ。つまり女性客は美桜一人。スーツやタキシード姿の男性が多い中、セーターにスカートという美桜の姿は異物以外の何物でもない。

(あー、これ、アカンやつや。声かけられるパターンやわ)

 美桜は苦笑しつつ眉をひそめる。米国紳士というヤツは、相手が女性や弱者と分かると、途端に己の紳士ッぷりをアピールしはじめる生き物なのだ。

 ご多分に漏れず、紳士どもがゾンビよろしくこちらへ首を振ろうとした、

 そのとき――。

 唐突な、大音量のファンファーレが場内に鳴り響いた。

 客の視線は、一斉に音源である台座の上へ。

 環境照明がやや暗くなり、代わりに台座へ降り注いだ無数のスポットライトの中に現れたのは。

「ハーイ、皆さん。こんばんはウサーっ!」

 丸くてふわふわの尻尾と、胸元が大きく開いた赤いビニールのレオタード。

 三つ編み金髪の上にウサ耳を生やした、古典的な白人女性バニーガールだった。

「初めましての方は初めまして。そうでない方はまたお会いしましたネ。本日は当ホテルの特別ルーム【グラウンド・カジノ】へようこそおいでくださいました。今宵のゲームのお相手をさせていただきますのはこの私、当カジノ唯一のバニーちゃんディーラーである、その名もバーニーでございます。紳士淑女の皆々様、以後お見知りぃーおきーをー」

 仰々しくも白々しいボディランゲージで頭を下げるバニーガール。滑稽過ぎる光景だが、しかし、二十数名の客の誰一人としてクスリとも笑う様子はない。そのコミカルな光景とは裏腹な客たちの雰囲気に、美桜はある種の直感めいたものを察知した。

(……なるほど。ここがどこなのか、分かっとる客が多いんやな)

 よくよく周囲の客たちを見てみれば、表面上は紳士的な佇まいであっても、その眼は爛々と輝いている。そこんじょそこらの一般人とは明らかに異なる類のものだ。

 つまり、こいつらが、ワイアットパレスが選んだ二十四人のギャンブラー。

 これから始まる高レートゲームで、しのぎを削るべき好敵手――。

「さて、今宵のゲームはここに集まりし老若男女二十五名と、私を含んだ計二十六名で執り行う一大イベントとなっております。もちろんリスクはございますが、その分、夢のような巨額のリターンが得られるのが当カジノ。皆様、存分に楽しんでいってくださいウサね!」

 その口上が終わるや否や、四方八方から観客もいないのにワァワァという歓声の嵐。出所のない歓声に驚いている客たちの反応に、バーニーと名乗ったバニーは舌を出した。

「あ、言うの忘れてたウサ。実はですね、このお声は別フロアからなんですぴょん」

 バーニーがパチンと指を鳴らすと、途端に天井の天板が左右に開いて、隙間なく敷き詰められた無数の液晶モニターが出現する。

 それぞれのモニターには金銀財宝を身に纏った紳士淑女の顔が何十と映っており、濁った眼をギラギラさせてこちらを見下ろしていた。

「モニターの向こうに座してらっしゃるあちらの皆様は、当ホテルにお泊りのVIPのお歴々。今宵のゲームの観戦者ウサ。もちろんこちらのゲームには参加しません。まあ、あちらはあちらで【今宵のゲームで誰が勝つか】の賭けBETをしておりますが、あくまで今宵のゲームの主人公は二十五名の皆々様。お気になさらずとも結構です」

「んなコト言われても……」

 美桜が呆然と呟く。これだけの人数に賭けの対象にされていると告知されて、喜ぶ馬鹿がいるわけない。ただただ唖然とする客たちに、バーニーはふふんと鼻で笑って見せた。

「ですがまあ、これも仕様ってヤツウサね。並べて世の中は弱肉強食。カネが世を総べる圧倒的資本主義の極致でございます。それがイヤなら、皆様方もあちら側へ行くしかありません。しかし、一朝一夕でVIPに成れないこともまた事実――そ・こ・でッ!」

 とバーニーは一度言葉を切り、豊満な胸をこちらに突き出した。

「今宵のゲームではなんと! 成績上位五名のお客様には、当ホテルのスペシャル・エクステンド・スイートルームへの永久無料宿泊権をお贈りいたします! 本来は、年間百万ドル以上遊んでいただいたお客様にしか開放しない超☆豪華スウィートウサよ!」

 この宣言には、雰囲気に飲み込まれていた周囲の客たちも、おおっ、という驚嘆を漏らした。美桜も密かに胸の内で、小さなガッツポーズを作る。

(キタキタ、これや! 私がこの場に乗り込んできた、真の目的!)

 ワイアットパレスの裏カジノ――通称グラウンド・カジノを勝ち抜くと得られる、唯一無二の賞品「スペシャル・エクステンド・スイートルーム」の永久無料宿泊権。

 それは、平たく言えば地上二十五階のスペシャルスイートで贅沢三昧ができる――つまり、無条件でVIPになれるという権利だが、美桜にとってはそれだけではない。

 ワイアットパレスのVIPに成らなければ決して許されない、ウィリーバー・シルバー・アープと直接面会できる権利でもあるのだ。

 一般人の前には、決して姿を現さない「生ける伝説」ウィリーバー・シルバー・アープ。

 実娘であろうとも決して会えないスーパーセレブに唯一繋がる、一本の細い糸がそれだった。

「さあ、このVIPの権利を手にし、巨額の富を手に入れるのは一体どなたか? カネがあろうがなかろうが、ゲームの上ではみな平等。勝てば天国負ければ地獄。運と財産、秤にかけて、今宵も享楽の渦の中、一喜一憂していただきましょう――ッ!」

 まるで祭りの掛け声のようだ。

 期待と興奮に沸き立つ客たちの前で大声を張り上げるバーニーだったが、それを遮ったのは客の中から飛んだ一つの剣呑な声だった。

「前口上が長いぞ。それで、一体どんなゲームをやらせる気だ」

 その訴えにハッとした顔を作ったバーニーは、またもやテヘペロと舌を出して振り返る。

「これはこれは。エンタテイメント性を求めるあまり、お客様にご負担をかけてはディーラーの名折れ。では発表いたしましょう。背面のモニターにご注目。あ、それ、ぐるぐるポン!」

 再びバーニーが指を鳴らす。部屋の奥の壁に掲げられた特大の液晶モニターに光が燈り、そこにスロットゲームのアニメーションが映し出されたかと思うと、そのスロットが回転して、スリーセブンが揃ったような効果音と共に、とある文字がでかでかと表示された。

「ハイ来ました! 本日のゲームは【ポーカー25】ですッ!」

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