第4話 潜入、おばさんの家


 何度かヴィランに遭遇して戦いになったものの、問題なく撃退して夜を待った。

 シンデレラのことを心配しながらも、エクスは夜を待つために生家を提供して中で休んでもらうという対応はとらなかった。

 タオはかなり不満を口にしたが、シンデレラの継母に姿を見られると警戒されるからとレイナが提案し、シェインが説得することでタオも宿屋で夜を待つことに同意した。

 街が寝静まってから動き出す予定だったエクスたちは、寝不足で判断が鈍らないように、十分な休息をとることにした。

 ヴィランが街で暴れても、カオステラーを倒すことで元に戻ると知っているため、被害を最小限にしようという気持ちは湧かなかった。

 そのため、4人とも部屋でぐっすり休んだのである。

 夜が更け始めたばかりの時刻に起き出した4人は、一階の食堂で人々が酒を飲んでいる姿に安心した。少なくとも、街の人間が全てヴィランになってしまったという事態だけは避けられたのである。

 だが、耳に飛び込んできた噂話にまずレイナが、ついでエクスが足を止めた。

 昼間、王子様が街に来たらしい。レイナはまずそのことに関心を持った。エクスも聞いていた。街に来た王子様がするのは、シンデレラが残した魔法の靴の持ち主を探すことであるはずだ。

レイナが以前に読んだ運命の書では、継母の妨害を受けながらも、シンデレラは王子様の前で魔法の靴を履いて見せた。シンデレラにしか履けないように魔法がかかった靴である。王子様はシンデレラを見つけ、シンデレラは王子様の愛を確認し、2人は固く結ばれる。

そういう運命だったはずだ。

「シンデレラは最後まで見つからず、王子様はいつまでも、魔法の靴を持って探し続けました……か?」

 噂話を総括し、タオが軽口を叩くように言ってから、慌て口を塞いだ。エクスの顔色を伺う。

 エクスとしては、タオの無神経さより、タオに気をつかわれるほうが嫌だった。

「そんな王子様なら、シンデレラも幸せね……あっ、ごめんなさい。無神経だったわね」

 レイナも言ってから頭を下げる。

「でも、王子様がずっと独身っていうわけにはいかないでしょ」

 シェインはきっぱりと言い切り、エクスを見もしなかった。シェインの態度にエクスは救われたような気がした。

「シンデレラが心がわりした訳じゃないなら、きっと困っているんだ。助けてあげなくちゃ」

「そうね」

 エクスが言うと、レイナが肩を叩いた。タオ続く。ただし、シェインは冷静だった。

「もし、心替わりしていたら、エクスはどうするの?」

 エクスは、答えることが出来なかった。


 わだかまりを残したまま、エクスたち4人は再びシンデレラの家を訪れた。

 当然のようにヴィランが待ち受けていたが、特別手こずることもなかった。ただ、エクスの不安だけが増していった。

 屋敷の玄関を避けて裏口にまわる。そこにヴィランがいたことが、シンデレラが近いことを印象づけた。

「裏口から、家に入るの?」

「うん。子供の頃、シンデレラと一緒に遊んだ地下室があるんだ。たぶんだけど、シンデレラがいるならそこだと思う」

 夜の闇に溶け、仲間たちの表情はわからなかった。エクスは先頭を進み、シンデレラの生家の、かつてよく訪れた裏口の戸を引いた。

 抵抗なく、扉は開く。まるで、侵入者がいることを承知していたかのように。侵入者を、待ち構えていたかのように。


「あらっ。王子様じゃないのね。もう1人、隠してあるって解るようにしていたつもりだったのに……気づかなかったのかしら。見込み違いだったのかも。それなら、別の手を考えないと……あなたたち、昼間来た子達ね」

 屋敷に潜入した最初の部屋で、あきらかに侵入者を待ち構えていた者がいた。

 待っていた獲物が、予想と違ったので失望した。それが、はっきりとわかる口調だった。

「王子様が、こんな夜更けに民家に侵入するはずがないだろう」

 タオの言葉を、シンデレラの継母は笑い飛ばした。

「そうかしら? シンデレラを助けるには、それしかないと知れば従うと思ったのだけど」

「どういうこと?」

 シンデレラを助ける方法がひとつしかないとは、聞き逃せなかった。エクスが前に出る。

「あなた……昼間もいたわね。妙に突っかかって……変な子ね。簡単なことよ。『シンデレラは闇に囚われてしまった。闇に囚われたシンデレラを助け出せるのは、光の神の子孫である王子様だけ』だって……言ったのよ。私は夜、王子様を待ち受けて、かわいい娘のいる部屋にご案内する。王子様は娘を助け、そのまま永遠に結ばれる。そのはずなのよ。まだ、これから王子様が来るかもしれない。邪魔しないでもらえるかしら」

「シンデレラが闇に……」

「エクス、落ち着きなさい。嘘よ。王子様をおびき寄せるための嘘……でも……もし、そうなら、シンデレラは……どうしているの?」

「生きてはいるわ。だって、仕方ないじゃない。全て、シンデレラが悪いのよ。あんな、魔法の靴を残してお城を抜け出したりして。そんな事をすれば、誰だってチャンスと思うじゃない。もともとのシンデレラを知っていればいるほど、自分にもチャンスがあるかもって思うじゃないの。あの靴さえ履ければって思うじゃない。家にはシンデレラ本人がいるのよ。あの子の履ける靴なら、あの子と同じ足の形になれば、履けるはずだって思うじゃないの。私のかわいい娘たちは、もう二度と歩けないわ。自分の足を切断して、シンデレラと同じ足の形にしたから。でも、魔法の靴だから履けません……そんなことがあっていいの」

 エクスの前にいるのは、エクスが知っていたシンデレラの継母の姿ではなかった。鬼気迫る表情で口を動かしている。まるで、復讐に燃えた鬼だ。

 肩が痛んだ。強く、肩をつかまれていた。目の前のおばさんからは目を離せない。そうは思っても、視線を少しだけ自分の肩に向けた。

 レイナの手が、エクスの肩にくいこんでいた。レイナの目は、ただまっすぐにおばさんに向いている。暗闇なのでよくわからないが、きっと蒼白になっているのだろう。

「シンデレラだって、おばさんの娘でしょ」

 エクスは、自分の声が震えていることを自覚した。シンデレラの継母は、小さく首を振った。

「私の、可愛い、娘ではないわ。あの子のせいで、私の可愛い娘たちは、二度と歩けない体になった……せめて、王子様に妻として迎え入れられなければ、あまりにも可哀想じゃない」

「勝手に足を切ったんでしょう。そんなの、自分の責任じゃない」

 シェインは容赦なかったが、逆効果だった。

「あの靴さえ履ければ、妻として王子様に迎えられる。そう言われて……目の前に、靴の持ち主がいるのに、靴を履いていた足があるのに……同じ形にしない理由があるはずがないでしょう。むすめたちは頑張った。でも、履けるはずがなかった。だから……私はこうも言ったの。この子の足は、この靴の持ち主と寸分も違いません。王子様がご覧になればわかるはずです。もし、今夜中にいらっしゃらなければ、シンデレラを闇から救えなくなるばかりではなく、その確認もできなくなりましょう。だって……報いを受けるのですから」

「……報い?」

 エクスの声が震えた。怖かった。敵対する相手に対しての恐れではない。シンデレラの身を案じての恐怖だ。

「だって、そうでしょう? あの靴が他の誰にも履けないことを、シンデレラは知っていたはずだもの。自分の姉が足を切断するのを、あの子は見ていたのよ。そんなことをしても無駄だと、教えてあげなかったのよ。王子様が現れて、私の娘たちを妻にするなら、生かしてもいい。もう、あの子がどうなろうと、どうでもいいわ。でも、そうでなければ、シンデレラの足も同じように切り刻んであげなくちゃ。いいえ、同じでは駄目ね。もっともっと、体がなくなるまで、細かく切り刻まなくてはね」

「……狂ってやがる。お嬢、こいつがカオステラーなんだろ?」

「間違いなくね。でも、簡単にはいかないみたいよ」

 タオの問いに応じたレイナは、シンデレラの継母の隣に目を向けていた。

 扉が開いていた。

 階段が見える。

 地下に、続いている。

 細く長い、悲鳴が聞こえた。すすり泣いているようにも聞こえる。

「シンデレラ!」

 エクスの叫びも、目の前の女は薄く笑い飛ばした。

「あらあら。王子様が来るまで待つように言ったのに、我慢できなかったのかしら」

 考える前に、体が動いていた。エクスは飛び出した。おそらく、あえて開けておいたのだろう、下る階段を露わにしていた扉に向かって。

 飛び出したエクスに、小柄な影が寄り添った。

「シンデレラの声なのは間違いないの?」

 シェインだった。相変わらず、落ち着いた声だ。

「他に誰が……」

「悲鳴だけで、特定できるの? もしかしたら、シンデレラがヴィランになって、義理の姉が悲鳴をあげているのかもしれないのよ」

 もし、シンデレラがヴィランになっていたら、エクスに倒すことができるのか。武器を向けることができるのか。そう尋ねているのだ。

「それに、ヴィランを倒さなくても、カオステラーを倒せば終わるのよ」

 この声はさらに背後から聞こえた。レイナだ。調律の巫女の言う通りだ。だが、レイナは付いてきた。だから、地下への階段を降るエクスの耳に届いたのだ。

「まっ、お姫様に一目会っておかないと、集中できないもんな」

 タオも続いていた。カオステラーは部屋にいるというのに、わがままで飛び出したエクスについてきてくれた。

 エクスは感謝を口にする余裕もなく、階段を下りきり、地下室にたどりついた。

 扉の先には、血の匂いがたちこめていた。

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