第3話 エクスの生家とシンデレラの家
エクスはレイナ、シェイン、タオと共にシンデレラの育った街に向かった。シンデレラの育った街とは、つまりエクスが育った街でもある。
「わぁ……懐かしいな……ぼくは、こんな街で暮らしていたんだね」
街に入ると、エクスは思わず声を上げていた。
「それほど長い時間、経っていないはずだけど、そんなに懐かしい?」
隣に並んで、レイナが語りかける。
「うん。どうしてかな。色々な想区を見て回ったからかもしれない。すごく……懐かしく感じるんだ」
「そうか。そうだろうな」
タオがエクスの頭をごりごりと撫でた。何か言いたそうな顔をしていたが、結局、タオはそれ以上言わなかった。
エクスは、自分が生まれ育った想区でレイナたちと出会った。だから、3人はエクスの生い立ちを知っているが、エクスは3人が自分たちの生まれについて言及するのを聞いたことがなかった。
「懐かしがるのは後、ヴィランだよ」
「うん」
街に入ったところで、エクスたちはヴィランに囲まれた。
「エクス、大丈夫?」
レイナに聞かれた。言いたいことはわかる。
エクスが生まれ育った街にでヴィランに囲まれたのだ。このヴィランたちは、エクスが知っているが人達かもしれない。
しかし、覚悟していたことだ。動揺はなかった。
「うん。でも」
「どうした?」
タオが心配そうに覗き込んでくる。
「絶対に元に戻してあげるよ」
「なら、カオステラーを倒さないとね」
「エクス、よく言った。さすがはタオファミリーだ」
にっかりと笑うタオの言葉とほぼ同時に、レイナが栞の力を解放する。
戦闘が始まった。
無数のヴィランを倒し、気がつくと、エクスがよく知った屋敷の前にいた。
「……ここは……」
「どうしたの? 知っているところ?」
呆然としているように見えたのだろう。声をかけたレイナだけでなく、タオとシェインも揃ってエクスを見つめていた。
「……うん。でも、なんでもないんだ。シンデレラの家は、隣りだよ」
「待てよ」
タオの言葉は乱暴だった。乱暴な言葉をかけ、肩をつかんだ。だが、乱暴な言葉が続かないだろうことを、エクスは確信していた。
「なら、この屋敷は坊やの実家だろう。顔ぐらい、見せていってもいいんじゃないか?」
「うん。そうだね。でも……いいんだ」
「どうして」
タオはなおも食い下がった。エクスは多少の煩わしさを感じながらも、タオの気持ちは嬉しかった。
「タオ、いい加減にしなさい。エクスにだって事情があるわ。土足で踏み込んではいけない領域があるのよ。私たちと、一緒じゃない」
「タオの兄きが1番心配していたじゃないか。どうして、仲間が減るかもしれないようなことを言うんだ?」
レイナとシェインが次々に責める。反論したのは、タオではなかった。
「タオの言うことは解るよ。タオは正しい。でも、今はシンデレラを探さないと。だから後で……」
「絶対だぞ」
「うん」
「よくわからないけど、話しがまとまったなら、行きましょう」
「男って、変な生き物」
レイナとシェインが不承不承といった感じで動き出す。目的地は隣り、シンデレラの家だ。
レイナが先頭に、エクスが続いた。
タオとシェインが背後を固める。
戦地に行く、というわけではないが、カオステラーが暗躍している想区であり、想区の主人公であるシンデレラに関係のある場所で、なんの警戒もしないというほど楽天的ではいられない。
「ねぇ、レイナ、本当に直接訪問するの 」
堂々と敷地に踏み込んだレイナに向かい、エクスが尋ねた。シンデレラが育った屋敷は静かだった。
静かではあるが、まとわりつくような嫌な雰囲気がある。まるで、見張られているかのようだ。
「どうした、坊や? ここの人たちも、顔見知りだろ。そんなに親しかったのか?」
エクスは自分の生家にも戻っていない。タオは、それが両親がヴィランになっていた場合のことを恐れたのだと考えているようだ。
だから、シンデレラの生家にはシンデレラの家族たちが住んでいるはずだ。エクスが同じ理由で躊躇しているのだと考えたのだろう。
「ううん。逆に……苦手なんだ。お母さんも、お姉さんたちも、シンデレラとは血が繋がっていなくて……虐められていたのをよく見ていたんだ」
「一緒にいじめられた?」
シェインの言葉は相変わらず鋭い牙のようだ。だが、今回は外れた。
「ううん。僕のことは無視されていたから、平気だけど……シンデレラのことを虐めていたから、ちょっと苦手なんだ」
「そう。わかったわ。行きましょう」
レイナはわかったと言ったが、明らかにエクスの言葉を聞き流しただけの態度で、屋敷の庭を歩き出した。
田舎だから、というだけでなく、庭は広く、屋敷は立派だった。
シンデレラの生家はもともと裕福なのだ。そこを、継母につけこまれたのだとは、エクスの周囲の大人たちの噂で聞いていた。
だから、ご近所であるエクスはあまり好きにはなれなかったのだ。
エクスの気持ちを慮っているという態度を放棄することにしたのか、あるいはもともと意識していなかったのか、レイナは迷いなく屋敷の玄関に達した。
そのまま声をかける。
中から、甲高い女の声が聞こえた。
「坊や、聞き覚えがあるか?」
「うん。シンデレラの継母だよ」
タオとエクスの会話に、レイナはちいさく頷いた。
玄関の扉が開き、厚い化粧をした、整った顔立ちの女が顔を出した。
美しく飾り立てている、ともいえるが、エクスには理解できないごてごてとした趣味の衣服だった。
「……どなたですか?」
驚くべき、表情の変化だった。大きく魅力的に開かれていた瞳が、レイナたちを見た瞬間に、くすんだのだ。
「シンデレラに会いに来ました。こちらに戻っているかもしれないと」
「そんな娘、知りませんよ」
レイナの丁寧な問いに、シンデレラの継母であるはずの女性は断言した。
「嘘です。おばさん、シンデレラをどこにやったの? シンデレラが戻ってこられるのは、ここしかないはずです」
エクスの言葉に、レイナが振り向く。眉根を寄せていた。
エクスがこの想区にとってどんな存在なのか、エクス自身理解してはいない。
レイナの厳しい視線に、エクスも失敗したのではないかと思い出した。
「あなたは誰? シンデレラのことを知っているようだけど、ここに戻っていないのは本当よ。出て行ったきり、戻らないわ。噂では、王城に似たお姫様がいたようだけどね」
エクスの知るシンデレラの継母そのものでありながら、まるでエクスを知らない人物であるかのように言い、動揺した様子すらない。
呼吸をするように演技ができる女性か、あるいはそれが真実だと信じ込んでいる者の表情に見えた。
「でも……」
エクスに、言葉はなかった。なんといっていいのか解らなかった。以前はこの屋敷にいたが、今はいないと言われれば、否定する理由も見つからない。
「他に用がないのでしたら、お帰りください。見ての通り、来客をお待ちしているところですのよ」
「……はい」
これ以上、邪魔をしてはいけない。
おばさんが厚化粧だったのは、普段からそういう化粧をしている人物だというわけではないのだろう。
理由があって厚化粧に、似合わないドレス着ていたのだ。だとしたら、これ以上いてはいけない。
諦めたエクスに構うことなく、ずっと黙って様子を見ていたシェインが尋ねた。
「誰が来るの?」
「あなたに、言う必要があるのかしら?」
「王子様ね」
レイナの言葉に、シンデレラの継母の顔色が変わる。
「ど、どうしてそれを……誰にも言っていないのよ。娘達にも内緒にしていたのに」
シンデレラの継母は動揺を見せたが、エクスは驚かなかった。
前回シンデレラの想区に来たとき、運命の書をシンデレラ本人に見せてもらったことを聞いていたからだ。
しかし、エクスが聞き逃せなかった部分があった。
「『娘達にも』って……シンデレラもおばさんの娘じゃないか」
「なんなの? この子」
シンデレラの継母は、エクスをじとっと見た。まるで、汚い捨て犬を見るかのような視線は、幼い頃に怯えた覚えのある視線と一緒だった。
「エクス、行くわよ」
「でもっ!」
「いいから」
珍しく、レイナが強い口調で叱責した。エクスは頷いて、レイナに腕をとられるままに振り返る。
「待てよ、このままじゃ……」
タオがエクスを止めようとした。タオなりに理由があってのことだ。だが、レイナがタオの足を蹴飛ばし、シェインが足を踏んだ。
エクスとレイナがタオを避けて進み、悶絶するタオを引きずるようにシェインが続いた。
シンデレラの産まれた屋敷から出ると、再びヴィランに囲まれ、突破した。
一息つき、タオがエクスに詰め寄った。
「あのおばはん、絶対に怪しいぜ。どうして、引き下がったんだ?」
「だからって、あの場で押し問答しても仕方ないでしょう」
レイナが肩をすくめる。キザな動作が、よく似合った。
「それに、引き下がったわけじゃない。でしょ?」
「まあね。さすがシェイン。さあ、エクス、行くわよ」
「……うん」
エクスは小さく頷いた。実のところ、理解していなかったのだ。
「えっ? どういう意味だ?」
素直に尋ねたタオに対する、エクスの好感度が上がった。
「仕方ない。エクス、説明してあげて」
「ええっ?」
レイナの言葉に、エクスは絶叫した。
驚いたレイナが簡単に説明を加える。難しい内容ではなかった。だからこそ、レイナは当然エクスも同じ考えなのだと判断したのだ。
そう思うと、思わず奇声を発してしまった自分が、エクスは恥ずかしくなった。
レイナが考え、シェインが当然とした受け入れた案というのは、シンデレラは屋敷に監禁されていると思われるので、隙を見て侵入しようというものだった。
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