第2話 シンデレラの城にて

 懐かしいシンデレラ城に入ると、硬い鎧に身を包んだメガ・ヴィランが待ち受けていた。

「待ち伏せかしら?」

「どういうこと? ボクたちのことがばれていたの?」

 レイラとシェインが次々に不安を口にする。メガ・ヴィランが怖いのではない。

 カオステラーにこちらの動きがばれているとすると、どんな罠をしかけられているかわからない。ただでさえ、シンデレラは不幸に会いやすいのだ。エクスは、シンデレラの不幸にたぶん耐えられないのだ。

「考えていても仕方ないだろ。エクス、せっかくの故郷だ。ここは俺たちに任せていてもいいんだぜ」

 タオに迷いはない。栞を発動させた。栞とは、運命の書が空白である四人が、ヒーローの力を借りるアイテムである。

「いや、やるよ。どこからシンデレラが見ているかわからないもの。弱いところは、見せられない」

「未練はたらたらじゃない」

「エクスだもの。仕方ないわ」

 レイラとシェインの言葉が少し痛かったが、とにかく戦闘には勝った。


 ヴィランを退けたものの、城の中は人が多い。この人たちが、いつヴィランになるのかと思えば、焦りもする。

 エクスたちは城の兵士詰め場でシンデレラへの面会を求めたが、兵士はシンデレラ姫の不在を告げた。

「落ち着きなさいエクス、ただの外出かもしれないわ」

 シンデレラの不在に、自覚できるほど取り乱したエクスに、レイラはいつものように冷静だが、いつもより少しだけ優しい声をかけた。

「う、うん……シンデレラはどこに出かけたの? 王子様も、当然一緒だよね?」

 期待を込めているのが明らかなエクスの言葉だったが、期待は裏切られた。

 シンデレラ姫は外出したのではなく、城を追い出されたのだ。

 王子は城にいる。

 エクスは信じられなかった。

 幼い頃からずっと好きだったシンデレラが、幸せになるならと信じて身を引いたのだ。

 空白の書を持つエクスなら、シンデレラの運命の書を変えることだってできたはずなのだ。

 それなのに、シンデレラは城を追い出された。

「どうして? なにがあったの?」

「それは、私から説明しましょう」

 エクスたち、四人に近づいてきた女性に、エクスは身を強張らせた。

 知っている。以前にも会った。

 エクスの幼馴染を姫様にしてしまった張本人、フェアリーゴッドマザーだった。


 フェアリーゴッドマザーは、前回カオステラーだった張本人である。もちろん、ヴィランと同じで変化してしまっただけで、想区を混乱させるという目的をはじめから持っていたわけではない。

 だから警戒する必要はないのだが、エクスは緊張して直立した。

 フェアリーゴッドマザーに誘われて、王宮の庭園に設えられた四阿に落ち着いていた。ただ1人、エクスを除いて。

「楽にして下さいね。以前のようなことはもうありませんから」

「カオステラーだった記憶があるのか?」

 フェアリーゴッドマザーの『以前のような』という言葉にひっかかったのだう、タオが身を乗り出した。

「ええ。フェアリーゴッドマザーの名前はだてではありませんよ」

 前回会った時はただの恐ろしいおばさんだったが、ころころと笑うと、上品なおばさんに見える。その差は意外と大きなものだ。

「へぇ。そうなんですね」

「そんなはずない」

 黙って聞いていたシェインがばっさりと言った。

「さすがシェインね。それにひきかえ、エクスはとにかく、タオまでひっかかって」

 レイナは呆れたように言うと、テーブルに出されていたお茶菓子をもてあそんだ。

「嘘なの?」

「お嬢、そりゃキツイぜ」

 エクスとタオが騒然となる前で、上品なおばさんことフェアリーゴッドマザーは小さく肩を竦めた。

「まぁ、本当ではないわね。でも、自分の記憶にない間にあった出来事を知る方法なんて、いくらでもあるのよ。特に、私ぐらいになるとね」

 フェアリーゴッドマザーはさらにころころと笑う。

「それで、シンデレラになにがあったんですか?」

「以前のこと? それとも、あなたたちがいなくなった後のことかしら?」

 優雅に紅茶のカップを傾けながら、フェアリーゴッドマザーは尋ねる。

「シンデレラは王子様と結ばれて、幸せに暮らしました。ではなかったということですか?」

 エクスに代わってレイナが尋ねたのは、レイナなりの優しさなのかもしれない。事実、エクスは言葉にできないまま口を開閉させていた。

「いいえ。シンデレラは王子様と幸せに暮らすわよ。ストーリーテラーの書いた運命の書のとおりにね。問題は、結ばれるまでが大変なのよ」

「では、まだシンデレラは王子様と結ばれていないのか?」

 お菓子をぼりぼりとつまみながら、タオが尋ねた。

「そのまえに、試練を乗り越えるはずでした。それが運命でした。今は、試練の時です」

「では、心配ないのですか?」

「そんなはずない。カオステラーとヴィランがいるのに」

 シェインの言葉に、和み始めた空気が凍りついた。その通りなのだ。なにも起きていないはずがない。

「教えてください。シンデレラは、どうして城を出たんですか?」

「そうね……」

 フェアリーゴッドマザーは、言葉を選びながらゆっくりと話し出した。


 シンデレラを見続けていたフェアリーゴッドマザーの言葉では、城を出たのは3日ほど前だということだった。

 貴族社会についていけずに絶望したのでも、周囲からいじめられたのでもない。

ただ、王子様はもてた。王子様の愛情はただシンデレラだけに注がれていたが、シンデレラはそれを信じられなかった。

 王子様のまわりには絶えず美しい女性が取り巻き、その全てが、シンデレラよりはるかに身分が高く、中には他国の王女もいた。

 シンデレラは自分が王妃になることが本当に正しいことなのか悩み出し、結論を出せないまま、王子様の愛情を試すことにした。

「……可哀想に。さぞかし、悩んだことでしょうね」

 口を挟むというより、独り言のようにレイナが呟いた。

「……うん」

 エクスは全くの同意見だった。賛同しなかった者もいる。

「でも、それが本来の運命だったのでしょう?」

 シェインだ。フェアリーゴッドマザーは、シェインが正しいことを告げた。

「シンデレラは、私が与えた特別な靴の片方を置いて、城を出たわ。あの靴はシンデレラにしか履けない。そういう魔法をかけてあるから。逃げ出した小鳥を、本当に王子様が捕まえに来るどうか、試したのよ」

「酷い女だ……あっ、悪い」

 タオが思ったことをいい、エクスに気を使って頭を下げた。

「ううん。シンデレラにだって、とっても辛かったんだと思うし……」

「エクス、なに言っているのよ。運命の書に従っただけでしょ」

「あっ、そうだね」

 シンデレラが王子様を試したからといって、酷い女だということにはならない。そういう風に、運命の書にあったのなら仕方がない。

「……そうだな。カオステラーが、シンデレラを悪い女に変えたってことか」

 タオもうんうんと頷いた。レイナが首をふる。

「私は、前回に来た時にシンデレラの運命の書を見せてもらったって言ったでしょう。もともとの運命よ。ここまでは」

「じゃあ、エクス、文句ならもともとのストーリーテラーに言えってことだな」

「えっ? 僕は、ストーリーテラーに文句なんてないよ。だって……王子様を試すなんて、とってもシンデレラが好きそうなことだもの」

 タオが口を開けたまま、なにも言えずにいた。何かおかしなことを言っただうか。シェインが口を挟む。

「エクスは、純情そうなのに、悪女が好みなんだね。絶対悪い女にひっかかって、身ぐるみ剥がされるよ。私たちと来て正解だったね」

「……そんなこと……ないと思うけど……」

 自分の評価がどんどん落ちていることに気づいたエクスだが、強く反論もできずにただ紅茶で口をすすいだ。

「エクスの趣味はとにかく、じゃあ、カオステラーはどう運命を変えたんだ?」

 さすがに男どうしというところか、タオが話題を変えてくれた。

「そ、そうだよ。どうして、ヴィランがいるの?」

「……そういえば……王子様、シンデレラを探し行ったきり、戻らないわね。シンデレラが残したのは魔法の靴だから、履ける人間はシンデレラだけなのに。すぐに見つかると思ったのだけれど……」

「じゃあ、カオステラーは王子様かも」

「嬉しそうにするなよ。でも、まあ、本当にそうなら、とどめは刺させてやる。どうせ記憶は残らないんだし、それでふっきれるだろ」

 どちらかというと、タオは楽しんでいる。さっき感謝したのを返してほしいぐらいだが、エクスは言葉をのみこんだ。

「王子様も街に行ったなら、私たちが城にいる意味はないわね。行きましょう」

 レイナが立ち上がった。

「でも、王子様がカオステラーじゃなかったら?」

「その時は、ヴィランになるまで待てばいい」

「あっそうか。でも、ヴィランになっちゃったら、見分けがつかないよ」

「エクス! タオ! いい加減にしなさい」

 珍しく、レイナが激昂した。エクスと同時にタオが立ち上がる。

「じょ、冗談だよ、お嬢。そんなことするはずないだろ」

「……そうなの?」

 エクスは驚いた。レイナが頭を抱えている。その理由が、エクスには理解できなかった。

 シェインがレイナを支える。額を押さえながら、レイナが言った。

「エクス、ヴィランになった人を倒すのは仕方ないことよ。でも……殴りたいからヴィランになるのを願うのは、カオステラーとしていることと一緒じゃない。私たちがしてはいけないことよ。タオ、ご飯ぬき」

 タオが絶望的な顔をした。共に行動するようになってから、おそらくもっとも悲しげな顔だ。

 それでも反論しなかったのだ。レイナが正しいのだろう。

 エクスは認識を新たにした。調律の巫女であるレイナには、逆らってはいけないのだ。

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