エピローグ
あの後、行方不明だった生徒は全員無事に保護され、病院へ搬送された。
精密検査などもしたようだけど全員異常なし。翌日には退院し、それぞれの家族のもとへ帰っていった。
しかし犯人は未だわかっておらず、行方不明になった生徒からも詳しい情報は入手できず、真相は闇の中、というなんともモヤモヤした事件の終わりとなった。
結局、私を攫った犯人の正体もわかっていない。
だけど、色々とわかったこともある。あの日戻ってから、私は伊吹からいろいろと聞き出すことに成功したのだ。
「ねえ、伊吹。正直に答えて」
「はい」
「私は…アンジェリーナの生まれ変わりなの?」
「……」
伊吹は驚いたように目を見開いたあと、悲しそうに目を伏せた。
「…はい、そうです。貴女はアン…──アンジェリーナの生まれ変わり。彼女の魔力を受け継ぐ存在です」
「……そうだったんだ。だから、私は伊吹のマスターになったの?」
「そうです。恐らくはそのように仕組まれていたのだと思います」
「…そう」
黙り込んだ私に何を思ったのか、「…すみません」と私に謝った。
「なんで謝るの?」
「貴女がアンの生まれ変わりであることを私は知っていました。そのうえで黙っていました。貴女の質問に、きちんと答えませんでした」
「…私は怒ってないよ。教えて欲しかったとは思うけど、知らなくても別に困る事じゃなかったし。ねえ、それよりも私にも魔力があるの?」
「……はい。貴女には魔力があります。それを扱えるかは置いておき、貴女はアンと同様の魔力があることは間違いありません。だから、貴女を攫った人物は貴女を欲したのでしょう」
「…そうなんだ」
「私を目覚めさせなければ、貴女は平穏に暮らしていけた。私を目覚めさせたことで貴女に魔力があることがわかってしまったのです。これから貴女は私のせいで危険な目に遭う…そのことは申し訳なく思っています」
「……」
私に頭を下げた伊吹の頭を、私は思いっきり叩いた。
すると伊吹はびっくりしたように私を見つめた。
「な、なにを…」
「これでいいにしてあげる」
「は…?」
「だから、これで許してあげるって言ってるの!」
「……」
信じられないものを見るような目をして私を見る伊吹にムッとする。
「…きちんと助けてくれたし、危険な目に遭ってもちゃんと助けてくれるんでしょ? だからこれで許してあげる。寛大なご主人様に感謝しなさいよね!」
「……それ、自分で言ってしまうんですか…」
「自分で言わなきゃ誰も言ってくれないじゃない」
「それもそうかもしれませんが…」
戸惑ったように瞳を揺らす伊吹を私はまっすぐ見つめる。
ちゃんと目を見て言わなくちゃいけない。伊吹には心はないという。だけど、私のこの気持ちを伝えるには、わかってもらうにはちゃんと目を見なくては、と思った。
「ねえ、伊吹。私はアンジェリーナじゃないよ」
「…は?」
そんなことはわかっていると言わんばかりに伊吹は私を怪訝そうに見つめる。
それに私はちょっと困ったように笑う。
「あんたの大好きだった前のご主人様じゃない。それでも、私を守ってくれる?」
「そんなの……」
決まっている、と伊吹が答える前に私は言う。
「私ね、あんたの事、これでも結構に気に入っているの。だから、契約だからとかそういうのなしに、あんたと付き合いたい」
「……」
「マスターとしてじゃない。ただの古澤杏と一緒にいてくれる?」
これでも私は緊張していた。そんなのできないって言われたらどうしようって、すごく不安だ。
だけど私越しに違う誰かを見られるのは嫌だ。伊吹には私を見て欲しい。だれかの代わりじゃなくて、古澤杏っていう私個人を。
「……私は、貴女を通じてアンを見ていました」
「うん」
「貴女の考え方、ふとした台詞にアンの姿を重ねました。だけど、貴女はアンとはあまりにも違う。だから、今もう貴女を通じてアンを見ることはありません。私は貴女が思う以上に…いえ、自分で思うよりも貴女を好ましく思っているようです。使命だとか役目だとか、それも忘れて貴女を助けたいと考えるくらいには」
「伊吹…」
伊吹は私に立つように促した。なんだかよくわからないながらも私が立ち上がると、伊吹は私の手を取って跪いた。
「───ここに、改めて誓います。俺、伊吹・フロックハートは古澤杏に忠誠を誓うと」
そして私の指先にそっと口づける。
まるで騎士の誓いのような仕草に私の胸が不自然に高鳴った。
まるで私がお姫様になったみたい。いや、お姫様なんて柄じゃないけど。
そして私を見上げた伊吹の笑みに私の心臓が飛び跳ねた。
だって、その笑みは私の見た事のないくらいに輝いていて。
これが伊吹の本当の笑顔なの?
「だから、大人しく俺に守られてください、杏」
いつもの一人称と違う。私の事を名前で呼ぶ。これって、私を対等に認めてくれたってこと?
胸がほかほかと温かくなってきた気がする。私はそれを隠すように言う。
「いいよ。あんたに守らせてあげる」
ああ、なんて素直じゃない言い方なんだろう、私。
でもこれが私たちらしい付き合い方なんだと思う。
ふっと私たちが笑い合うと、周りが赤く光り、その光が一箇所に集まるとゆっくりと私の手のひらに降りて来た。
「なに、これ…?」
「これは……この魔術の気配は、アンの…」
「え…?」
───ごめんなさい、イブキ…どうか、幸せになって。
か細い女の人の声が聞こえると、赤い光は消え、私の手のひらの残ったのはルビーらしき小さな宝石だった。
「…アン、まさか」
「…なに? これがどうかしたの?」
「…恐らくですが、これは俺の魔術を解くための道具です」
「え…? じゃあ、これがあれば伊吹の魔術が解けるの?」
「いえ…これ一つでは無理です。ですがいくつか同じような宝石があるはずです。それを集めればあるいは…」
「宝石を集めれば伊吹の魔術が解ける…?」
私は目の前のに光が差したような気がした。
これを集めれば、伊吹は人間に戻れる。なら、これを集めないと! そして伊吹を人間に戻してあげたい。
「この宝石を集めよう、伊吹」
「…ですが…」
「これはきっとアンジェリーナの遺志でもあるんだよ。アンジェリーナのためにも、魔術を解こう?」
「…そうですね…アンのために」
うんうん、と頷き私は張り切る。綾部にも相談してみよう。この手の宝石の情報詳しそうだし。
伊吹の魔術を解くと私は張り切った。
「頑張ろうね、伊吹」
「……はい」
私が伊吹に微笑むと伊吹も柔らかく微笑んだ。
二人でならきっとなんとかなる。私はそう信じられた。
まだまだ伊吹との生活は始まったばかり。
これから危険なこともたくさんあるのかもしれない。だけど、伊吹一緒なら大丈夫。そう根拠もなく信じられた。
伊吹に対する気持ちを恋と呼ぶことに私が気付くのは、まだ先の話。
人形は少女に愛を囁かない 増田みりん @mirin0109
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