23.秘められた力
はっと意識が戻るのを感じた。先ほどあったことは夢の出来事?
そう私が考え込んでいると、「マスター!」と焦ったように私を呼ぶ伊吹の声に前を向くと、目の前にあの黒い獣がいた。そしてその獣が前脚を私に大きく振りかざす。
だめ、逃げれない───!
そう思い、私は頭を守るように両手で覆う。痛みや衝撃を覚悟していたけど、それはいくら待ってもこない。代わりになんだか胸元が熱い。
いったいなんで…? 胸元を恐る恐る見ると、胸元がなぜか光っていた。
え、なんで!? 胸を触ると固くて丸い形をしたものがあそこにあり、そこが熱かった。そういえば私は伊吹に言いつけ通りにペンダントをずっと身に着けていたんだった。この光はそのペンダントから発せられているの?
私はペンダントを取り出すと、ペンダントが光り輝いていた。どうやらこれが私を守ってくれたらしいと気付き、ほっとする。
目の前を見ると、獣が悔しそうにグルグルと鳴いて私を睨んでいた。怖いけど、どうやら獣はこのペンダントの力で私に近づけないらしい。だから私は少し強きになってハン! と鼻で笑ってやった。すると獣が低く叫び、私はびくりと体を震わせる。ごめんなさい調子乗りました許して!
「マスター、怪我は?」
いつの間にか私に近づいてきていた伊吹が少し呆れたような目で私を見つめ、私に問いかけた。
…台詞と目が合ってない。しかしそのことに文句を言えず、私は大丈夫と答えておく。
伊吹はほっとしたような表情を浮かべた。私は改めて伊吹を見て、伊吹がボロボロであることに気付いた。
「伊吹…その恰好…」
「ああ…これですか? すみません、相手の力を見誤っていました。そのためにこのような見苦しい恰好に…」
「そうじゃなくて! 大丈夫なの? 怪我は?!」
「……」
伊吹は驚いたように目を見開き、優しく笑う。
「マスター、私は人形です。それも、普通の人よりも頑丈に出来ています」
「それは知っている。でもこの世にあるものはいつか壊れる…それは人も人形も変わらないはずだよ。伊吹が壊れないなんて保証、どこにもないじゃない」
「…貴女という人は…どこまでも、私の予想外なことを言う」
「…はい?」
それって褒められているの? 貶されているの? ねえどっち?
「大丈夫です。どこも壊れていません」
「本当?」
「本当です。確かめてみますか? …と言いたいところですが、そんな余裕はないので後回しにさせてください」
「伊吹…私」
「私は貴女を守ります。必ず、あれを倒して貴女を帰してあげます。だから貴女はここで待っていてください」
そう言って伊吹はまた獣に向かって駆け出していく。
大丈夫だと伊吹は言うけれど、とても大丈夫だとは思えない。だって、あんなにボロボロなのに。
あの美女は、伊吹を助ける方法を私は知っていると言っていた。その言葉に嘘はないと思う。だから私は知っているはずなんだ。伊吹を助ける方法を。
思い出さなくちゃ。伊吹を助ける方法を。
私は無意識にぎゅっとペンダントを握った。するとペンダントがなんだか先ほどよりも熱くなった気がして、私はじっとペンダントを見つめた。
これを貰った時、伊吹はなんて言っていた?
―――それは貴女を護ってくれるはずです。貴女が私のマスターであるなら、必ず
そう。確かそう言っていた。
このペンダントと伊吹には何らかの繋がりがあるのではないだろうか。だってこのペンダントが私を守ってくれるのは
だったら、これを通じて伊吹に何かが出来るんじゃないだろうか。そう、例えば伊吹の死角になっている場所になにがあるか教えるとか。
いやでもそれだけで伊吹の助けになるかと言えば、微妙だ。
そもそも私が伊吹のマスターになれたのは偶然なのだろうか。私はあの美女と別れる時の言葉が忘れらないのだ。あの美女はこう言った。『来世のわたし』と。
つまり、あの美女は前世の私ってことになる。あの美女が伊吹の前のマスターであるアンジェリーナだとしたら。私がアンジェリーナの生まれ変わりだから伊吹のマスターになれたんだとしたら。そう考えればいろいろと納得できる気がする。
アンジェリーナは来世の自分に伊吹を託した。そして、伊吹にかかった魔術を解いてほしいと願った。その術を何らかの手段で私に伝わるようにしているはずだ。そうでなければ伊吹をお願いなんて頼むはずないんだから。
伊吹から渡されたペンダント。これが何かヒントになるんじゃないだろうか。きっとこれもアンジェリーナに関わる物なんだろうし。
じぃっとペンダントを見ていると、なんだか体から力が抜けていく感覚がした。
「な、に…?」
呆然として呟く。どんどん体から力が抜けていって私はとうとう立っていられなくなって座り込んだ。
「マスター…!?」
伊吹が驚いたように私の名を呼ぶ。
そして私に駆け寄り、私の体を支える。
「…あ…伊吹……」
「貴女はなんて馬鹿なことを…! それよりもどうやってこれを知ったんですか!?」
「これ…?」
「今すぐペンダントから手を離してください」
伊吹に言われた通りに私はペンダントから手を離す。すると力が抜けていく感覚がなくなり、ほっとしたのも束の間、目の前に獣がいて私たちを襲おうとしていた。
「い、伊吹…!」
「…大丈夫です」
伊吹はそう呟くと片手をあげた。
たったそれだけ。それだけであんなに手こずっていたはずの獣を一瞬で消し去った。
呆気にとられてぽかんとした顔をする私に、伊吹が心外そうな顔をして私を見る。
「貴女にあらだけ力を貰っておいて、私があれに負けるとでも?」
「え? 力を貰ったって…?」
「…知らずにやっていたのですか? 貴女は本当に…いろいろと私の想像の範囲外を行く人ですね」
「……それって褒めてる?」
「一応」
「……」
一応ってどういうこと。
まあいいや…一応でも伊吹が褒めることなんて滅多にない。ありがたく褒められておこう。
「とにかく、これで外に出られるはずです。恐らくあれが鍵の役目を果たしていたと思われますので」
「じゃあ、帰れるの?」
「はい」
「…良かった。…あっ。でも他のみんなは?」
「対策は打ってあると言ったでしょう? 恐らくアヤベが皆を外へ救い出して、事後処理なども済ませてくれているはずです」
「先生が…」
「納得していただけましたか? それなら早く脱出しましょう」
「う、うん…でも私」
「わかっています。立てないんでしょう。私が抱えていきますので、私に掴まってください」
「え…?」
私が頷く前に伊吹は私を抱きかかえた。いわゆるお姫様だっこの形で。
めっちゃくちゃ恥ずかしいんですけど…!? なにこの羞恥プレイ…!
「ちょ、伊吹…!?」
「私だって好きでこうしているわけじゃないんです。こうするのが一番貴女に負担が少なく……ああっ。もう、行きますよ」
焦ったように、いつになく落ち着きなく言った伊吹の勢いに押されて私はこくりと頷く。
そして私は伊吹に抱えられてこの屋敷から抜け出した。
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