22.二度目の邂逅
ドアを開けて伊吹と手を繋ぎ入った先にあったのは部屋ではなく、長い廊下だった。それもさっきまで私たちがいた廊下と似たような造りの。
てっきり部屋があるものだと思っていた私は呆然として、説明を求めるように伊吹を見ると、伊吹はいつもの表情で廊下の先を見つめていた。
じっと伊吹を見つめていると伊吹はゆっくりと私の方に顔を向けて私を見下ろす。
…見下ろすのは身長差があるから仕方ないとして、なんでそんなに面倒臭そうな表情をしているのか。いや、いつもと変わらない表情なんだけど、なんとなく雰囲気が面倒臭そうというか。
「…簡単には見つけさせない、ということでしょう」
「つまり、ここも見つかるとわかっていたってこと?」
「そうなりますね。そもそも本気でドアを隠しているという感じでもありませんでしたし、第1関門突破、といったところでしょうか」
「ていうことは…まだ関門があると…?」
「恐らくは」
ええ…また似たような扉を探さないといけないの? まあ私が探すわけじゃないんだけど…。
「何かもっと早く出る方法はないの?」
「あるにはありますが…」
「じゃあそれやろうよ」
「やるのは構いませんが、その代わり命の保証が出来ません。それでもよろしければ」
「よろしくない! よろしくないから!! 地道に行こう!」
「……」
そんな呆れたような目で私を見ないで。わかってる、わかってるから。
私はにこりと笑顔を作り、伊吹の背中をぐいぐい押した。こんなところで立ち止まっている場合じゃないって。早く出なくちゃ。ね、そうでしょう?
私と伊吹は手をつないだまま廊下を進んだ。先ほどと似たような仕掛けを何度か伊吹が壊すと、大きな部屋に出た。
なんというか、いかにも出ます! って感じの雰囲気だ。ここに鍵があるんだろうか…あるとしてもなんかとてつもなく嫌な予感がするんだけど…。
「ね、伊吹…」
「大丈夫です、貴女は私が守ります」
「う、うん…それは心配してないけど…」
なんだか嫌な予感がする、そう告げようとした時、獣の咆哮が部屋中に響いた。
伊吹は私を庇うように前に出て、前を睨みつけた。
「私の傍から離れないでください」
「うん」
私は伊吹の言うことに大人しく従った。
ここでは私は無力だ。なんの役にも立たない。だから大人しく伊吹に従うより他はない。それが少し歯がゆいけど、仕方ない。
ドスドスと地鳴りのような足音が響いた。それは段々とこちらに近づいてきていて、私は思わずびくりと体を揺らす。
怖い。何か得体のしれないものが近づいてくる、そんな気配を間近に感じて私は震えあがった。そんな私に伊吹は小さく「…大丈夫ですよ。貴女はそこで見ていてください」と囁く。
なんでだろう。伊吹に大丈夫と言われるとなんだか本当に大丈夫なような気がする。それだけ私が伊吹にことを信頼しているから? だからこんなに安心できるのだろうか。
なんだかそれだけじゃないような気がする。だけど、他に理由は思い当たらなくて私はモヤモヤした。
「護符だけは決して離さないでくださいね」
そう言うと伊吹が駆け出した。そして現れた大きな黒い狼のような不気味な獣に向かって行く。
伊吹は手を一振りする。するとどこからともなく鎌鼬のような風が巻き起こり、黒い獣を襲う。黒い獣は嫌がるように咆哮をあげ、前脚を伊吹に振りかざす。それを伊吹は華麗なステップで避け、更に獣を追い詰めていく。
…すごい。伊吹ってこんなに強かったんだ。
まるで舞いを踊っているかのような伊吹の動きに私は状況も忘れて見惚れてしまう。
これならきっと大丈夫。そう私が安堵した時だった。獣がひときわ高い雄たけびを上げた。
「ひゃっ…!」
そのあまりの声量に私は思わず耳を塞ぐ。だけど耳を塞ぐのが少し遅かったのか、耳がキンキンとする。
…うう、いったいなんなの…。じと目で私が獣を見ると、伊吹が忌々しそうな顔をして獣から距離を取っていた。
いったいどうして? さっきまで明らかに伊吹が優位だったはずなのに。
グルルルルゥ…と獣が呻ると、その体が変化した。先ほどよりも一回り大きくなった。筋肉量が増えたのだろうか。毛でふさふさしていたところから毛がなくなり、代わりに強靭そうな筋肉が見える。
あれか。よくRPGである、ラスボスが変化してHP回復するってあれか。それ知らずに挑んでマジかあああって嘆くあれか。回復薬とかMPほぼ尽きていて、もう無理死ぬって嘆くあれか。
…あれ、ここRPGの世界だっけ?
そんな現実逃避を私がしている間にも、獣は伊吹に襲い掛かっていた。先ほどよりも格段に力強くスピードも速くなった攻撃を繰り出している。
伊吹はそれを避けつつ攻撃をしているようだけど、先ほどよりも余裕はなくなっているようだ。
段々と鋭くなっていく獣の攻撃に伊吹のバランスが崩れる。その隙を獣が見逃すはずもなく、追い打ちをかけるように攻撃をする。
「伊吹っ!!!」
思わず駆け寄ろうとする私に伊吹は険しい視線を寄越し、来るなと訴えた。
その迫力のある視線に思わず私は固まった。…すごく怖い。
伊吹は何とかバランスを取り、くるりと大きく飛び跳ねて獣を攻撃を避けた。しかし獣はすかさず追撃をし、伊吹は防戦一方だ。
これってもしかしてまずいじゃ…? だとしたら、なんとかしなくちゃ。でも、どうやって? 私にどうこうできるとは思えない。
でもこのままじゃ伊吹が危ない。なにか、なにか伊吹を助ける方法はないのだろうか。
必死に考えを廻らせた時、キンと耳鳴りがした。耳を押さえると、辺りが真っ暗になった。
いったいなんで? でもあれ…? ここ、前にも来たことがあるような…?
いや、そんなことを考えている場合じゃない。伊吹を助けなくちゃ。
『───彼を助けたい?』
暗闇から突然現れた金髪の美女に私はびくりとする。
「だ、誰…!?」
『前にも会ったでしょう? 忘れてしまったのかしら?』
「前にも…あっ! 夢の…!」
思い出した! 伊吹と初めて喋った日に見ていた夢に出て来た美女だ!
でも、なんでまたあの美女が? 私、夢を見ているの?
『ここは夢じゃないわ。ここは世界の理に触れられる場所。ここでは時間さえも超越できるのよ』
「時間さえも…?」
『そう。だからこうしてわたしはあなたに会えた』
そう言ってにっこり微笑んだ美女に私は戸惑う。
世界の理? それって前に伊吹が言っていたやつ?
まあ、それはあとで確認するとして、なんで私は突然ここに来てしまったのだろう?
『わたしがあなたを呼んだの。ねえ、あなたはイブキを助けたい?』
「あなたは…伊吹とどういう…」
彼女と伊吹の関係性を聞こうとして、やめた。今はそんなことを聞いている場合じゃないと思い直した。
「私は、伊吹を助けたい…! あなたは伊吹を助ける方法を知っているの?」
『…あなたならそういうと思っていた。ええ、知っているわ。伊吹を助ける方法。そして、彼を人に戻す方法も』
「その方法を私に教えて!」
『…ふふ。わたしが教えなくても、あなたは知っているはずだわ。
「思い出す…?」
思い出すも何も、私はそんな方法知らない。でも、彼女が嘘をついている様子もない。わたしが戸惑うと、彼女は私の手を取った。
『…あなたならきっと大丈夫。あなたなら、イブキを救えるわ。わたしの代わりにイブキを助けてあげてね』
「あなたは…もしかして」
『さあ、そろそろ戻った方がいいわ』
「ま、待って…!」
何かに引っ張られる感覚がする。いや実際に何かに引っ張られているのだろう。私の体は私の意思に反して彼女から離れていくのだから。
彼女は泣きそうな笑みを浮かべて、離れていく私に向かって呟いた。
『どうかイブキを愛してあげてね、来世のわたし───』
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