13.協力者



 綾部のあとについて歩くこと十数分。その間、私たちは無言だった。

 綾部も私たちに話を振ることなく、いつもと変わらない表情で前を向いて歩いていた。きっと彼の帰宅している時の様子はこんな感じなんだろうな、と思えるくらい自然な足取りで、まるで私たちが後をついてきていることを忘れてしまっているかのように、一度も振り返ることなく綾部は歩く。

 そして綾部の足が不意に止まった。それにならい、私たちの足も止まる。

 綾部はくるりと振り返り、私たちを見てにっこりと笑った。


「ようこそ、我が城へ。大したおもてなしは出来ないけど、どうぞ?」

「ここが…先生の家、なんですか?」

「ん? そうだけど?」


 呆然として聞き返した私を綾部は不思議そうな顔をして見た。

 私が呆然として聞き返したのにはちゃんと理由がある。それは、綾部の家が私の想像と違っていたからだ。

 私の想像では、綾部はオシャレなマンションに住んでいた。きっと私以外の綾部を知る生徒たちも私の想像と似たり寄ったりだろう。

 だけど実際の家は違った。いや、ある意味綾部のイメージ通りと言うべきなんだろうか。

 綾部の家はオシャレなマンションではなく、一軒家だった。まあ、それだけなら私だって聞き返すことなんてしない。私が思わず聞き返してしまったのは、その一軒家がとんでもなく立派だったからだ。

 もう家、ではなく、屋敷と言った方がしっくりくる。古びた洋館といった風情のお屋敷。そこが綾部の根城らしい。ご立派なことに、門までついている。綾部ってどこかのお金持ちの御曹司だったりするんだろうか。そんな噂は聞いたことがないけど…。


「…ああ、この家に驚いているのかな? この家はね、僕の知り合いから格安で借りている家なんだよ」

「そうなんですか…」

「…それに、この家は僕にとっていろいろ都合がいいし、ね」

「え?」


 ぽつりと呟いた綾部の言葉の意味がわからずに聞き返すと、綾部は笑みを深めてくるりと背を向けて門を開ける。そしてそのまま家の中へと進んでいった。

 私は伊吹と顔を見合わせて頷き、綾部のあとに続く。

 綾部の家の中は、どこかのお金持ちの家のようだった。一人暮らしのはずなのに、広い家には埃とか汚れは見当たらない。玄関を入ってすぐには大きなシャンデリアまであった。綾部の知り合いって、もしかしてとんでもなくお金持ちなんじゃないだろうか。ということは、やはり綾部も…?

 そんな事を考えている間にも綾部は足を止めることなく足を進めていく。それに私と伊吹は静かに続いていく。

 綾部は大きな扉のある場所まで行き、その扉を開いた。その扉の中の風景に、私は目を見開いた。

 扉を開けてあったのは、大きな部屋だった。大きな部屋があるのは想定内だ。だけどその部屋に並べられているものが予想外だった。

 部屋には大きなガラスケースが並び、その中には数えきれないほどの人形がずらりと並んでいたのだ。その光景の異様さに私は思わずすぐ隣にいる伊吹を見た。

 伊吹は相変わらずの無表情だった。変わらない伊吹の様子に私はなぜかほっとする。


「どう? 僕の自慢のコレクションたちは」

「どう、って言われても…」

「この子たちはねぇ、みんないわくつきなんだよ。涙を流すとか、髪の毛が伸びるとか、夜中に歩き出すとか、そんな噂のある子たちばかりなんだ」

「ええっ!?」


 な、なんて悪趣味な!

 そう言わると途端に人形が不気味に見えて来て、私は思わずぶるりと震えた。


「……なるほど。魔術絡みの人形ばかりを蒐集コレクションしている、というわけですか」

「さすが…と言うべきかな? まあキミならすぐにわかることだとは思ったけど」

「……」

「どういうこと…?」

「僕はね、美しいものが好きなんだ」

「はい…?」


 私の疑問の答えは私の望む回答ではなかった。というか、これのどこが回答なんだろう…。綾部ってちょっと言葉の方がアレなのかもしれない…と思い始める前に、つらつらと綾部は語りだした。


「絵画、彫刻、人形、ジュエリー…どれも人が丹精込めて作ったものばかりだ。僕はそういうのが見るのが好きでねぇ。次第に見ているだけじゃ満足できなくなった。だから僕は芸術と呼ばれる分野について学ぶことに決めたんだ。学ぶうちに、芸術と呼ばれるものの裏側に【魔術】という存在がちらほら出てきた。そしたら気になって【魔術】というものについて調べるうちに、とある組織と出会った」


 綾部はそこでは一度言葉を止め、すっと目を細めて伊吹を見つめた。伊吹はその視線を受け止め、静かに綾部を見返している。


「その組織の名は『黄金の夜明け団』という。キミはもちろん知っているよね?」


 綾部は伊吹を見つめたまま問いかけた。

 その問いは私に向けたものではなく伊吹に向けたものみたいだ。私も自然と伊吹に視線を移す。


「ええ。そこは私が……いえ、私の前のマスターが所属していた組織です」

「前のマスター…?」

「そうです。私の前のマスターの名はアンジェリーナ。アンジェリーナ・コラヴォルペです」

「……!」


 やっぱり、と思った。

 伊吹と綾部の会話を聞いていてそうじゃないかと思っていた。だから、ああ、やっぱりね、と思うだけだったのに、伊吹の顔を見たらギュッと胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 伊吹の表情はいつもと変わらない。ただ、いつも綺麗な伊吹の瞳がその時は濁って見えた。とても虚ろな瞳。大切な何かを失くした、哀しみを携えた瞳だった。


「貴方も『黄金の夜明け団』に所属を?」

「一応ね。あそこは僕の求める美しいものの情報がよく集まるからね。この家もそのツテを使って借りているんだよ」

「なるほど…だからここは懐かしい気配がするんですね」

「キミにとってはそうかもね」


 二人の会話にまったくついていけない。すぐ近くにいるのに、まるで透明な厚い壁が私と二人の間にあるみたい。住む世界が違う…ってこういうことをいうのかな。

 私が戸惑っていることに気づかないのか、二人は私のわからない話を続ける。……いや、綾部は気づいているのかもしれない。一瞬だけ綾部と目が合ったとき、綾部は面白そうな光を宿して私を見ていたから。気づいていて、知らないふりをしているなら、なんて意地悪なんだろう。


「キミのご主人様がむくれているようだし、本題に入ろうか」


 にやにやとした笑みを浮かべて、伊吹との会話にキリがついたらしい綾部が、伊吹と私を交互に見て言った。

 綾部のその言い方に私はムッとした。その言い方だと、私が仲間はずれにされて拗ねている子供みたいじゃないか。


「私はむくれてなんて…!」

「はいはい、そうだねキミはむくれていない」


 …物凄い棒読みなんですけど。

 私がギロリと睨んでも、綾部に堪えた様子はなく、相変わらず面白そうに顔をにやつかせていた。

 伊吹もそうだけど、綾部も伊吹に負けないくらい意地悪だ。私の中の綾部の株が下落した。


「僕はあの黒い影を操っている犯人ではない。古澤君も言っていた通り、そんな事をしても僕にメリットはないからね。僕が興味あるのは美しいものだけ。正直に言ってしまえば、あの黒い影も行方不明の生徒もどうでもいい」

「なっ…!」


 まさかの発言に私は目を剥いた。それは教師として問題発言なのではないだろうか。

 本当にこの人、教師なの? と私が疑いの目で見ると、綾部はにこりと笑って私の心を見透かしたかのように言う。


「僕はちゃんと教員免許を持っているよ?」

「えっ」


 心を読まれた!? と私が焦ると、伊吹が呆れたような目で私を見つめた。なんで?!


「……ハハ! キミって本当にわかりやすくて面白いねえ」

「おもしろい…?」

「うん、面白い。キミを見てると虐めたくなる」


 それって虐めっ子の発言ですよね? 綾部って実はエスなの?

 すっと目を細めて私を見た綾部の瞳の不穏な色と発言に、ぞわっとした。思わず自分で自分を抱きしめる。


「…マスターで遊ばないでください」


 伊吹がすっと一歩前に出て、私を背後に庇う。予想外な伊吹の動きに私はえ、と思わず伊吹を見つめた。


「おやおや。騎士様がお怒りのようだ」

「…確かにマスターはとてもわかりやすいですし、感情的に動いて自分で自分の首を絞めたり自爆することが多くて貴方が面白がる気持ちはわかります」


 ……これって完全に私を馬鹿にしてるよね? 庇ってくれてちょっと感動したのに…! 私の感動を返せ!


「ですが、マスターで遊ぶことは容認できません。彼女を馬鹿にするのも揶揄っていいのも、私だけですので」

「…は…?」


 私は自分の耳を疑った。

 私を馬鹿にするのも揶揄うのも伊吹だけって…いつそんな事が決まったよ? 初耳なんですけど? そもそも、馬鹿にするのも揶揄われるのもごめんだから!


「…へぇ、そうか」


 綾部は興味深そうに伊吹を見た。その目は何となく厭らしく感じて、私はとても不快に思った。


「…変な目で伊吹を見ないでください」

「…おや」


 思わず伊吹を抱き寄せて、守るかのようにして言った私を綾部は意外そうに見つめた。


「…へぇ、キミたちってちゃんとした関係を築けていたんだ」

「……? どういう意味ですか?」

「いやいや、僕の独り言。気にしないでいいよ」


 気にしないでいいと言われても気になるんだけど…。


「話が逸れちゃったね。僕はね、今回の件についてどうでもいいと言ったけど、生徒たちが行方不明になったことは、これでも心配をしているんだ。…敢えてどうにかしようと思わないだけで」


 …嘘くさい。

 そう思ったことが顔に出ていたのか、「酷いなぁ」と綾部は大袈裟に嘆いた。それがとても芝居かかっていて、余計に胡散臭い。


「…まあ、いいや。本題に移るけど、僕がキミたちをここへ招いたのは、キミたちに協力をしてあげようと思ったからなんだ」

「…協力?」

「そう。古澤君だけだと色々と大変なことも出てくるだろうし、フロックハート君はまだこの時代のことが飲み込めていない。違う?」

「…そうですね。貴方の言う通り、私はまだこの時代についての知識が不足しています」

「やっぱり。その点を僕がフォローしてあげよう。もちろん、あの黒い影について調べたいのならそれも手伝う。どうだろう? 僕にキミたちの手伝いをさせてくれないか?」


 綾部は相変わらずの胡散臭い、感情の読み取れない笑みで、そう言った。



 

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