赤い糸

 恋人同士が欲しがるという赤い糸。

 その赤い糸は手首から出ていると思う。

 いわばその赤い糸を開放する行為こそが「リストカット」なのだ。


 リストカットというものは、身体中にうごめく赤い糸を外へ放してやる、大切な人と繋がるための行為だったりするのだろう。むしゃくしゃした時にするリストカットは実に爽快だから、あながち間違ってはいないはずだ。

 そのリストカットは基本的には人々から忌むべき行為として避けられているが、私にとっては解放なのだ。そんな私の解放を他人の価値観で歪めないでほしい。


 リストカットがやめられないのは、解放というポジティブなものだからだ。

 実際それはポジティブだった。


 ――だって、素敵な彼を引き寄せてくれたから。


 彼はリストカットしていた私を止めようとしてくれた。その手には焼けただれた跡があって、彼自身も過去に何かしらがあったことはわかっていた。その彼は毎日のように私を気にかけてくれる。それが嬉しかったから、私は彼に恋をしていたのかもしれない。


 今日も私はカッターを取り出す。

 カッターは切れ味が悪くて鈍い痛みを伴う。

 だからこそ、「解放」とともに「生きている実感」が湧くのだ。


 私がリストカットを始めた理由は解放といったが、その解放には多くの意味がある。「生きている実感」や「赤い糸」や「ストレス」というたくさんのもの。


 赤い糸とはストレスのはけ口から飛び出す「群れたい」という本性なのだ。

 人間が一人ぼっちで生きることはほぼ不可能に近い。厭世者ですら少しの知人を持ってはいるのだから、一般生活の私たちは言わずもがなである。

 私はその群れたいという本性を隠して、その言葉を持たない意味を理解できる人間にのみ伝わるシグナルで発信している。それこそがリストカットだ。

 口は禍の元という言葉を痛感させられた人生数十年の中で、次第に言葉を発しなくなった口は今ではほとんど痛みに喘ぐだけとなった。代わりに開かれたはけ口は運命の象徴たる赤い糸と聞こえない叫び声とを吐き出し、外側から穢きものを取り込んでいた。


 私の世界との接点は、そのはけ口だけだった。


 今日も私はリストカットに勤しむ。

 幸せの赤い糸は私の手首から伸びている。

 やめられそうにないな。

 誰も正しい「幸せ」とか教えてくれないんだし。


 そもそも。

 誰も近づいてこないしね。

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