住むところ決まったらしいぜ

「なっ、なんだよその顔っ!」


 珍しく悪態をつきまくったカズヤの顔に、スターは多少の苛立ちを覚えた。


「いやいや、何、顔しかめてるんすか。おかしいでしょ」

「いや、だって貰えるもんなら貰っておかないと」


 スターはあくまで貰う気であると引かなかった。そしてその眼差しは次第に輝きを増してカズヤを見つめていた。

 そんなスターのまなこに気持ちが折れたのだろうか。カズヤは老人に対して、


「分かりました。折角感謝していただいているので、我々はその気持ちをありがたく受け取らせてもらいます」

「おお、そうかそうか!では今度私の店に来た時にでもお礼をさせてもらおう!店の名前はガルロ鉄鋼屋。あそこで倒れている兄ちゃんに聞けば店の場所は分かるさ。今この場で説明するのは面倒だからな」


 ガルロは微かに呻きながら横たわるアルトを指差しながら言った。


「アルトにはまたお礼をしておこう。じゃ、兄ちゃん達本当にありがとう!またな!」


 ガルロはカズヤとスターにそう告げると、足早に洞窟を出て行ってしまった。

 ガルロが居なくなって暫くすると、横たわっていたアルト、マリト、サカイの3人が目を覚ました。


「あれ?でかいサイクロプスは何処に行ったんだ?」


 サカイは半開きの目をこすりながらそう言った。それに対してマイマイは、


「ここに居るカズヤくんが倒してくれたんだよ。この子見た感じでは何にもできなさそうなのに。サカイくんはそんな奴に負けたんだよ〜」

「くっ…」


 サカイは煽り耐性があまり無いのか顔を真っ赤にしていた。


「さて、帰還するか」

「おい、倒れてたくせに急に仕切りだすな」


 クールな目をしてみんなを纏めようとしたアルトに対して、サカイはツッコミを入れた。




 カズヤたちは、アルトとサカイが操る馬車に乗ってアルト一団の拠点へと戻ってきた。

 そして先程と同じようにリビングに集合していた。勿論ユーラは居ない。きっと入浴中なのだろう。

 ふとカズヤがアルトの方を見ると、ものすごい形相で1人ブツブツ呟いていた。


「俺は、この程度だったということか…。確かに、あの洞窟にサイクロプスが居ることなど知らなかった…。しかし、最強と謳われたあの俺があのザマとは、つくづく己の弱さを痛感する」

「(見てない見てない全然見てない…)」


 カズヤはそっと目を閉じ勢いよく首を横に振った。その様子を見ていたマリトは目を丸くし疑問符を頭に浮かべていた。

 一通り悩み悶えたのか、アルトはまた別の考え事をしているようだった。そして、急にとてつもない名案を閃いたような顔をした。あまりにも晴れやかで思考が止まったようなその笑顔に、その場にいる全員が釘付けとなった。

 みんなからの一斉の視線に気づいたアルトは、我に帰り急に赤面した。額には汗が滴っていた。そして一度深く呼吸をすると、咳払いをし、真面目な顔を装った。


「スター一団のみんな、話がある」

「なんですか?」

「君達、失礼なことを言っているのは分かっているが、そのレベルの一団ならば、住むところがないのではないか?」

「はい、そうです」

「(本当に失礼だな…)」


 カズヤはアルトが予告通り失礼なことを言ったことに驚いた。普通は謙遜で言うものだからだ。しかし当のスターはアルトに憧れているからか何なのか、全く気にしていない様子だった。

 アルトは、スター一団に定住地が無いことを確認すると、少しホッとしたような表情をして続けた。


「そこでだ、君達4人にはここに住んでもらうというのはどうだろうか!」

「ここに、住む…?我々が、アルト一団の皆さんと一緒にということですか!?」


 スターは、あまりにも恐れ多いというような顔をして言った。


「ああ、そうだ。だがこれにはちゃんとした理由がある。勿論、住む場所がないから丁度いいというのもあるが、住み込みで働いて貰いたいというのが1番大きな理由だ。」

「「住み込みで働く?」」


 フィアとマリトはあまりよく分かっていないようだった。


「君達からはレオ討伐の謝礼を受け取っていないからな。それの返済を兼ねて資金稼ぎをして貰いたいのだ」

「なるほど、そういうことですね!」


 マリトはやっと状況を飲み込むことが出来、安堵してフィアの方を向いた。


「いや、何でこっちを見るんじゃ」


 アルトは、このまま事がうまく運んでくれればいいと言わんばかりに静かに頷いていた。しかし、


「でもよぉ、俺は反対だぜ。只でさえ俺達はこの家を有意義に使えてないんだぜ?それなのにこれ以上人が増えたら…」


 と言っているサカイを遮るようにマイマイが耳元で静かに、


「サカイくん、アルトは少しでも人材が欲しいのよ。さっきサイクロプスにボッコボコにされたからね。彼にはこれ以上墓穴を掘る訳にはいかないのよ。ま、ただの予想だけどね」

「ああ、そういうことか。仕方ねぇな」

「ん?どうしたんだサカイ」

「いや、べっつに〜」


 サカイはフィアからアルトが勧誘したい本当の理由を聞き、少し小馬鹿にした表情でアルトを見つめた。

 アルトはというと、さっきまで反対していたのに急に賛成の態度をとったサカイに疑問を持った。だがあまり考えるのも面倒だったので、そのまま話を推し進めることにした。

 アルトは自分に向けられた視線を確認し、再度かしこまって、


「では、もう一度言う。君達4人に、住み込みでレオ討伐金の返済をして貰いたい。」

「はい、是非!宜しくお願いします!」


 スターは二つ返事でイエスした。

 フィアとマリトも納得したような表情でアルトの方を向き頷いた。

 返事を確認したアルトは、サカイが部屋を有意義に使えてないと言っていたことを思い出した。そこで、このままではうまく生活ができないと思い、


「さあ!今からみんなでここを全て整理する!一斉に取り掛かるんだ!」

「「「えーーーーーー!!」」」


 アルトの言葉を聞き終わった途端、サカイ、マイマイ、ユーラからの大ブーイングが起こった。


「てか何でお前がここにいるんだよ」

「さっき出てきました」


 サカイは急に現れたユーラに驚いた。ユーラは右目を閉じてウインクをし、軽く舌を出していた。


「お前も聞いていたよな。やるぞ」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!掃除嫌い!」


 ユーラはまるで子供のように駄々をこねた。その姿をその場にいる全員が静かに見ていた。自分よりも喚いている奴を見ると妙に冷静になれるあれである。




 散々嫌がっていたのにも関わらず、掃除を始めてからは早かった。カズヤが長年培ってきた特有のが役に立ったのだ。掃除だけではない。部屋のどこに何を置けばいいのかなどの空間活用術にも長けていた。

 アルトは、自分の提案を飲み、しっかりと頑張ってくれたカズヤに心の底から感心した。


「カズヤくんありがとう。君のお陰であっという間にみんなの生活空間を確保することが出来た」

「いえいえ、整理収納アドバイザーの資格持ってますから」

「えっ、何それ。よく分かんないけど凄ーい。サカイくんよりよっぽど有能じゃん!」

「おいマイマイ!お前俺の彼女だよなぁ!?本当に俺のこと好きなのか!?おい!俺泣くよ?ねぇ!」


 サカイは、カズヤ絡みでマイマイに散々な言われようをされるので、鋭い目つきでカズヤを睨みつけた。怖い視線を感じだカズヤは、そっとサカイに笑顔を向けた。所謂ビジネススマイルというやつを。




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「おい、待て!奴を逃がすな、追え!」

「はぁ…、はぁ…、はぁ…。誰か、助けて」


 月夜に照らされながら、白い長髪を生やした少女が暗い森を走っていた。後ろには、それを追う盗賊らしき男達。男と女では運動能力が違う。追いつかれるのも時間の問題だろう。

 少女は一心不乱に走り続けた。無心に駆け続けていると、目の前に崖が見えた。少女はその崖を覗き込むと、後ろを振り向いた。自分を追う男達の姿を確認した。

 少女はもう一度崖を覗くと、目を瞑って飛び降りた。そして、背中に生えた羽根を広げた。しかし、その羽根はうまく機能しなかった。


「えっ!?嘘!」


 少女は羽根を動かそうとするも、健闘虚しく広がる木々へと落ちていった。


「ちっ、これまでか」

「仕方ない。今日は帰るか」


 男らが崖を覗き込み悔しがった。そしてぞろぞろとその場を去っていった。




 森に落ちた少女は、木に体をぶつけ無数の傷を負っていた。


「うう、うう…。お母さん…」


少女の瞳からは涙が零れ落ちた。そしてそれは大地へと吸い込まれていった。


 少女の体を照らすように、月が煌めいていた。そう、今宵は満月である。

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