憧れは勘付かれないように

「何でこうなるんだ…」


 カズヤはこの異様な状況について行けず、その場にへたり込んだ。

 勢いよく扉を閉めた音が大きく、それに気付いたのかリビングにいた連中が駆けつけて来た。

 カズヤを見ると、全身びしょ濡れになっていた。心なしか、震えているように見えた。心配になったスターが、


「かっ、カズヤくんどうした!?びしょ濡れじゃないか!!」

「あはは、お湯かけられちゃいました…」


 その会話を聞いていたアルトが、右手で額を押さえて溜息をついた。


「あいつめ…」


 そして洗面所を抜け、中折れドアに手をかけた。


「おいてめぇ何やっている!!今直ぐ出て来いや!!」

「ひいぃ!」


 アルトの形相に驚き慄いたユーラは、体を跳ね上がらせ、


「いっ、今直ぐ出ます!ちょっと待ってください!」


 と言った。その返事を聞くと、アルトはリビングへと戻っていった。それに続いてその場に居たみんなもリビングへ戻った。ただ1人を除いては。


「何も解決してねぇよ!!」


 カズヤはびしょ濡れのままその場に置いていかれたのである。




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 暫くすると、ボロボロの茶色い服を着たユーラが皆の待つリビングに現れた。それを見たアルトは、


「さっきお前が湯をかけたやつが風呂に入ってるから少し待て」


 と言った。それを聞くとユーラは少し機嫌が悪そうにその場に腰掛けた。




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「わざわざタオルまで貸して頂いて、ありがとうございます」


 そう言いながら、先程着ていた服をもう一度着たカズヤが、髪を拭きつつリビングへとやって来た。


「いやはや、うちのユーラが済まなかった。それに比べれば些細なものだ」


 アルトがそれに応えて謝罪をした。そして、そのままかしこまったように続けて、


「時間を取らせてしまって申し訳ない。先ずは、話をスムーズに進めるために、自己紹介をしようと思う。俺はアルト。このパーティの団長だ。宜しく」

「えっ、さっきもちょっと名乗ったのに自己紹介すんの!?面倒くせぇんだけど」

「いいからやれ。さっきのは聞いてなかったかもしれないだろ」


 へいへい。と不貞腐れたように返事をして、


「俺はサカイ。槍使いでーす。宜しくおねしゃーす」


 誰が見ても分かるくらい面倒臭そうに、且つ流すように挨拶をした。

 そんなサカイの姿を見たカズヤは、目付きが尖っていて不良みたいだと思った。


「はーい、次は私!マイマイです!サカイくんの彼女です!宜しくお願いします!」

「おい黙れ…」

「サカイくんの彼女です!」


 マイマイは、スター一団によっぽど自慢したかったのか、サカイの制止も聞かず目を輝かせて自己紹介をした。そして、


「次はベマーラちゃんの番だよ」

「えっ、あ、はい。わ、私、ベマーラっていいます。年齢は17歳で、この中では最年少です。宜しくお願いします…」


 カズヤは、ぱっと見169センチの自分より少し小さめの印象を受けた。女の子の中では背は高い方なのだろう。そんな子がオドオドしているのを見て、単純に可愛いと思った。

 ここまで自己紹介が済んだところでアルトが、


「よし、最後はお前だな」

「えー、あー、俺も?あー、はい、ユーラっていいます。風呂に入りたいです。それでは」


 そう言い終わると、その場を立ち上がり浴場へ向かおうとした。


「待て待て待て、風呂に行くな」


 アルトは呆れたように言いながら、ユーラの服を掴んでその場に座らせるよう下に引っ張った。


「さて、我々に君たちのことも教えて欲しい。先ずは名前から」


 アルトの言葉を聞き、スターとマリトは肩をビクつかせた。それを見たフィアは少し不思議がった。


「あ、そう言えば2人はアルトさんに憧れてるって言ってた!」

「「うわー!!フィアさぁぁぁん!!」」


 スターとマリトは慌ててフィアを制止した。だがしかし多分聞こえていた。

 スターはんっんっ。と2回咳払いをすると、正座している足に両手を揃え置き、


「えー、スター一団の団長のスターです。」

「それだけ?」

「…」

「ん?」


 マリトから疑問の表情で見つめられたスターは、我に帰り自分のコミュ力の無さに赤面した。そして、更にテンパったのか、


「スターです!」

「ああ、うん。聞いてたよ。じゃあ、次」


 アルトはスターの挙動不審さに困惑しながらも進行を続けた。


「はい!僕…、わたひはマリトです!はい!」

「お前も同じじゃねぇか!!」


 マリトに疑問の表情をむけられたスターが空かさずツッコミを入れた。


「全く…、2人ともダメね。私が見本を見せてあげるわ。」


 フィアのその言葉は、うまく喋れなかった2人を尊敬させるには充分すぎるほどであった。


「さて、いくわよ」

「ゴクリ…」


 スターが期待と不安で唾を飲み見守る。


「私は、フィフィフィフィフィアです!かかかかか回復担当をしています!よろし…」

「「お前が一番酷いじゃねぇかよ!!」」


 スターとマリトはフィアをツッコまずにはいられなかった。その中には、自分の失敗に対する八つ当たりの気持ちも含まれていた。


「吉田カズヤです。宜しくお願いします。」

「宜しく」


 カズヤはその間にしれっと紹介を済ませた。礼儀正しく深くお辞儀をして。そして3人に対して勝ち誇るかのような顔を向けた。




 スター、マリト、フィアの3人は、さっきの失態ですっかり見た目も心も丸くなっていた。猫背になっているせいか、先程よりも姿見が小さくなっているような気がした。

 彼らの様子を知ってか知らずか、アルトは、


「さて、紹介も済んだことだし本題に入ろうか」


 その瞬間、場の空気が凍りついた。

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