その剣士、入浴中につき…

 カズヤは頭が混乱していた。散々走ってやっとの思いで辿り着いたこの場所で、単純な落胆とも言い切れない気持ちであった。


「はぁ…」


 肩を落とし、戻ろうと回れ右で方向転換すると、


「おい、どうしたんだ?」


 そこに立っていたのは、しっかりと鎧を身に纏い、武装を携えた体格の良い男であった。彼の後ろには同じく武装した男が1人と女が2人。少し息が上がっているので、どこかで魔物退治でもしてきたのだろうか。


「俺達に何か用か?」


 更に男は続けた。

 カズヤは、目の前に現れた5人に対して、まるで救いを求めるかの如く、


「助けて下さい!今、とてもヤバくて!本当に、本当に、大変なんです!」

「あ、ああ…、そうか。おお」


 男は、カズヤの語彙力の無さに圧倒された様子だった。しかし、とても焦っているのは伝わったようで、


「分かった。俺はアルトだ。兎に角話を聞こう」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 カズヤは喜び高揚したが、説明することなど無かった。ただ只管ひたすらに自分に着いて来て、モンスターを倒して欲しいだけだった。故に再び、


「いやあの、話なんて無くて、あるんですけど、いやあの!」


 挙動不審になった。

 そんなカズヤを見てアルトは冷静に、


「もしかして君の周りの奴が何か大変な目に遭っているのか?そのキョドり方は自分のことであたふたしているようには見えない」


 カズヤは、状況を理解してくれたような発言に安堵し、思わず吐息を漏らした。そして、


「化け物が!さっき!いや今!襲われてて!兎に角ヤバいんです!」


 カズヤは出てきた言葉をそのまま吐き出すだけの状態になるくらい慌てていた。そして、カズヤのあまりの落ち着きの無さにアルトは少し焦りを見せた。

 状況がうまく飲み込めないアルトは、


「分かった、案内してくれ」

「はい、付いてきてください!走りますよ!!」


 カズヤは助けてくれそうな雰囲気を感じ取った時点で走り出した。アルトにかける言葉を言い終わるその前に。


「あっ、おい!」


 アルトはカズヤに声をかけたが、聞く耳を持たず、というより聞かず、そのまま走っていた。

 仕方なく仲間に合図し、カズヤを追いかけた。




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「ハァ…、ハァ…、ハァ…」


 スターはボロボロになっていた。フィアの回復魔法でも追いつかないほどに。鎧は今にも壊れんばかりであった。モンスターだって傷ついていない訳ではない。傷つけども傷つけどもほんの数秒後には元通りになっている。負傷が同等でないことが更に彼らを苛立たせた。


「クッソが…。くたばれぇ!!」


 マリトが諦めずに向かっていくものの、前足で軽くあしらわれるだけで、一向に状況は変わらない。剣は今にも折れそうである。


「ちっ、まだまだだぁーー!!」


 マリトは、折れずに何度も挑もうとする。するとその時、


「うぉぉりゃぁぁぁ!!」


 大きな掛け声と共にマリトの遥か後方から4メートルはある槍が飛んできた。そしてその槍は勢いよくモンスターの目頭に突き刺さった。その瞬間、モンスターは絶叫とも呼べる咆哮をあげ、その巨大な体を支えきれず地面に叩きつけられるように倒れてしまった。


「ふぇぇ…、助かったぜ」


 マリトは安堵の声を漏らすと、後ろに振り向いた。するとそこには、カズヤと見たことのある顔、アルト一団の面々が立っていた。


「ようお前ら、無事だったか?このガキがなぁ、すっげぇ真剣な目で訴えてくるもんだから駆けつけてみたら…、危ないところだったなぁ。だがもう大丈夫だぜ、このサカイ様が助けてやったからな!良かったな」


 そう言いながら、右の親指を突き立て、己の顔に向けた。それとほぼ同じタイミングで、サカイの周りが黄金色に煌めいた。


「おっ、マイマイちゃんナイス演出!愛してるぜ!」


 サカイは後ろにいたマイマイを褒めた。そして彼女の頭を2回、ポンポンと軽く叩いた。マイマイは満更でもなさそうに頬を赤らめた。

 サカイの周りが煌めいたのは、マイマイが自身の魔力で生み出した、所謂発火系の魔法の一種である。

 サカイに頭を撫でられ嬉しそうにしているマイマイを見てアルトは、


「おい、そこイチャついてんじゃねぇよ」


 先程よりも声色を低くして言った。そしてスター達の方を向き直して、


「君達、一度我々の拠点に来てもらいたい。消耗が酷いから休息した方が良いだろうし、少しばかり話がある」


 スターはアルトの鋭い目付きに疑問符を浮かばせていた。




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 辺り一面に黄緑の草が生い茂り、ひとたび寝転がればそのまま意識が飛んでしまいそうな心地の良い空間に、それは建てられていた。アルト一団の拠点である。

 アルトは、扉の前に立つと、二つ扉のグリップを握りながら引き開けた。




 そこは、外とは別世界だった。広い玄関があり、そこを抜けると、パーティーを催すのに最適な空間とも思える大きなリビングが広がっていた。


「うわぁー!こんな広いところ、裸になりたくなるよなー!」


 マリトは纏っていた鎧を外し、その下に着ていた服にも手をかけジャンプした。


「マリト駄目ぇぇ!」


 その時フィアは咄嗟にマリトの体を抱きしめた。そしてそのままソファに体をうずめるように落ちていった。

 マリトが裸にならずに済んだことにホッとしたのも束の間、フィアは置かれている状況に気付いて体中を赤くした。


「えっ、何マリト!最低!!」


 そう言いながらフィアは、ソファにうつ伏せで寝そべっているマリトの頭を殴りつけた。


「痛てぇ!なんで俺が殴られるんじゃぁぁ!!」


 マリトは、この世には理不尽というものが確かに存在するのだと痛感した。




 カズヤは、先程ここに着た時のことを思い出していた。その記憶には、助けを乞うたら急に全裸の男に怒鳴られたことが浮かんでいた。あまりにも存在に疑問が多かったので、


「アルトさん、さっき僕が見た全裸の男の人って、何者なんですか?」

「ああ、奴はアルト一団の剣士、ユーラだ。ちょうど話題に出たところだし、ちょっと呼んできてくれないか。姿が見当たらないし彼は今頃入浴中だと思う。風呂場はあっちの角だ」


 カズヤは、分かりましたと言うと、ユーラを呼んでくる為に風呂場へと赴いた。

 風呂場の引き戸の前に立つと、確かにシャワーを流す音が聞こえた。カズヤは戸をガラガラと開けて、


「すいませーん、アルトさんが呼んでいるので、早く出てきてくださーい!」


 返事はない。シャワーを流す音だけが響く。そしてもう一度、


「すいませーん、、呼ばれてますよー!」


 返事はない。シャワーを流す音だけが響く。そしてもう一度、


「すいま…」


 カズヤがそれを言い終わる前に、風呂場の中折れドアが勢いよく開き、全裸のユーラが現れた。手にはお湯の入った風呂桶。そしてそのお湯をカズヤにぶっかけた。


「あっつい!!何するんですか!」


 その言葉を聞いてか聞かずにか、中折れドアは閉じられた。


「何でこうなるんだ…」


 カズヤはこの異様な状況について行けず、その場にへたり込んだ。

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