振り向いてほしくて
「おめでとう。この度きみは、きみと同位並列の"エマタ・エナカ・ミゾノ"キャンペーンに当籤したよ」
少女が下校途中、バス停で帰りのバスを待っていると、突然声をかけられた。
「ふ、ふへっ……!?」
引っ込み思案で、人と話すのが苦手な少女は、驚いて引きつったような声をあげてしまった。
横にいた大学生ふうの女は、ニコニコと笑っていた。
「え、あの、ど、ど……」
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったかな?」
突然のことに状況が飲み込めず、しどろもどろになっている少女をリードするように女が言う。
「いやね、どうってコトないの。きみの望みを何か一つ、叶えられる範囲で叶える、って、ただそれだけ」
まさか。そんな夢みたいなことが――夢物語のような話に、少女は困惑しつつも、胸の高鳴りを感じていた。教室の片隅で、いつも一人で本を読んでばかりいる。そんな地味を絵にしたような奥手な少女は、いつも空想していた。
もしも自分が明るく話せたら。もしも自分がクラスの人気者だったら。もしも自分が――
「ほらほら、早く。バスが来ちゃうよ」
女の声に、ハッと意識が切り替わる。
ああ、早くしなきゃ。でも、何を言えばいいんだろう。望みだなんて、突然言われても――
女の後ろには、もうバスが迫っていた。考えている暇は無かった。
「あ、あのっ……!」
少女は息をつまらせながら、振り絞るように言った。
「うん?」
「私っ、そのっ、気になるひ……人が、いてっ。い、いつも登校中に、すれ違うんです、けど……その人に……振り向い、て、もらい……たくっ、て……」
顔を真っ赤にし、しだいにうつむきながら出した声は、消え入りそうだった。
ああ、恥ずかしい。言っちゃった。いつも登校中にすれ違う、他校の男子。名前も知らないけれど、かっこよくって、明るそうで、周りにいつも人がいて。あんな人と一緒にいられたら……
「オッケー、いいよ。そんなコトでいいんなら」
「えっ?」
悶々とする少女と対照的に、あっけらかんと言った女に、少女は跳ね上がるように顔を上げた。
「きみも欲がないね。それじゃあ、明日をお楽しみにね。バイバイ」
呆然と立ち尽くす少女の横で、プシュー、と、バスのドアが開く音がした。
翌日になっても、昨日のことが頭から離れなかった。
ついあんなこと言っちゃったけど、一体何だったんだろう。もしかして、誰かが私をからかうために……?
色々な想像が脳裏をよぎっては、不安ばかりが出てきた。過ぎていく時間。そして登校。気になる"彼"とすれ違う、いつもの場所、この時間。"彼"は友だちと楽しそうに話しながら、こちらに歩いてくる。
どうしよう。本当に"彼"と仲良くなれるのかな。でも、話しかけてきてくれても、何をしゃべったらいいんだろう。ええと、どうしよう。どうしたら――
お互い歩みを進める度、距離が縮まっていく。それに伴って、少女の頭はどんどんこんがらがっていく。そして、いざすれ違うその瞬間、緊張が頂点に達した少女は、持っていたカバンを落としてしまった。
ドサッという音がし、"彼"は少女の方を振り向いた。
ああ、恥ずかしい。見られちゃった。何て話しかけてこられるんだろう。何て答えたらいいんだろう。えっと、えっと――
おたおたとカバンを拾い、少女は顔を上げた。見ると、"彼"は何事も無かったかのように過ぎ去っている。
「えっ……」
何だ……あの女の人、やっぱり、何でもないイタズラだったんだ……
少女は落胆し、そのままいつも通りの一日を終えた。
翌日も、"彼"とすれ違った。しかし、もう少女を振り向くことは無かった。
奥手な少女はずっと"彼"に声をかけられず、そしていつしか、卒業の日を迎えた。
少女は最後まで、"彼"と挨拶を交わすことさえ無かった。
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