未来ラジオをもらった男

「おめでとう。この度きみは、きみと同位並列の"エマタ・エナカ・ミゾノ"キャンペーンに当籤したよ」

「えっ?」

 青年が家庭教師のアルバイトから帰るべく、自転車にまたがった時だった。

 突然後ろから声をかけられ、振り向いた先には、ニコニコと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた小太りの中年男性がいた。


「ええっと……ぼく、懸賞とかに応募したこと無いんですが……」

 まいったな、新手のキャッチセールスかな――昨今珍しい勤労学生とも言える青年は、詐欺か何かと不安を感じ、そのまま自転車をこぎ出した。


「まいったな……あの人、何だったんだろう……」

 アパートに戻った青年は、本を読みながらも、先のことが頭から離れなかった。

つい先日、下の階の女性が彼氏を殺したという事件があり、まったく関係無い自分も、何度かマスコミからその女性の様子について答えようもない質問をされたということもあって、やや神経質になっていた。

 わずかばかりの不安を抱きながらも、考えすぎだと自分に言い聞かせた。


 翌日、帰宅した青年は驚愕した。玄関前には、昨日の中年男性が立っていた。

「やあどうも、こんにちは」

(何だ、この人。何でぼくの家を知ってるんだ!?)

 青年は、内心パニックを起こしかけていた。決して裕福だとか、何か価値のある物を持っているというわけではない。むしろその逆で、親から育児放棄され、施設で育った。親はとうに行方をくらませており、身よりも財産もまるで無い。

 高校を卒業して、施設を出ざるを得なくなり、一人暮らしを余儀なくされたので、この安アパートに居を移した。

 大人しく、常に孤独だった青年は、勉強に打ち込んでいた甲斐あってか、奨学金で大学に進学した。今は家庭教師のアルバイトをしながら糊口をしのいでる。


「あ、あの、ぼく、お金なんて無いんです。何かされても、お金も何も出せません」

 首を横に振りながら言う青年に、男はにこやかに言う。

「大丈夫、大丈夫。よく勘違いされるんだけどね、まあ宝くじに当たったようなものだよ。ささ、こんなところで立ち話もなんだから、部屋にでも入ろう」

 気の弱い青年は、言われるがまま、男を部屋に招き入れた。


「……あの、お茶でもいれましょうか……?」

 流されるままに部屋に入れてしまったはいいが、こうなると本当にどうなるかわからない――青年は、冷や汗を垂らしながら、おずおずと言った。

「いや、大丈夫、大丈夫。そうだね、きみみたいに疑ったりするのは、何もおかしなことじゃあないんだ。むしろ突然こんなことを言われて、ハイそうですか、だなんて言う人の方がずっと少ないさ」

 そう言い、男はハハハと明るく笑った。その中に青年は、今まで会ったことのないタイプの大人――自分の親ほどの年齢で、施設の先生たちのような、君臨的存在でも無い――に、不思議な感覚を抱いていた。


「ああ、ごめんごめん。話が長くなっちゃあいけない。手短に言うとね、さっきも言った通り、宝くじに当たったようなものさ。何だっていい。きみが望むことなら、できる限りは叶えられる。そんなものだよ」

(そんなバカな話……あるわけがない……どうしよう……どうにかして、出て行ってもらおう……)

 クラクラする頭を必死に冷静に戻そうとし、青年は言葉を絞り出した。

「いや、ぼく、いいです、そういうのは。高望みとか、しないんです。だって、無理でしょ、そんな、何でもとか……」

 激しく動悸する心臓。焦りながら言う青年に、男は平然と言った。

「高望みだ無理だって、そりゃあ、一生遊んで暮らせるお金だとかは無理だけどね、手が届く範囲のことなら叶えられるよ。例えばこの部屋、テレビが無いようだけれど、大型テレビくらいなら……」

 それは困る。テレビがあると、集金に来られる。どうせ観もしないのだ。あっても金食い虫にしかならない。

「テレビなんていいです。どうせ叶うなら、お金がいらないようなことがいいです」

「ふうん……見たところ、何か趣味めいたことも無いようだけれど……」

「趣味なんて余裕は無いんです。ぼくは、大学とアルバイトで手一杯なんですから」

 無遠慮に部屋を見回す男の視線が、一点で留まった。

「おや、ラジオがあるね」

「ああ、それは……その、拾ってきたんです……外に出た時に新聞を読むくらいしか、ニュースに触れることが無いから……それなら、電池だけでいいし……」

 恥ずかしそうに言う青年に、男はうんうんと頷きながら言った。

「じゃあ、あのラジオにしようか。本当はね、こっちで決めちゃあいけないんだけれど、内緒だよ。きみがニュースに困らないようにしてあげよう」

 言うやいなや、男はラジオを手に取り、ガチャガチャと振り始めた。

「な、何するんですか!?」

「大丈夫、大丈夫。これできっとニュースに困ることは無いよ。それじゃあね」

 一方的に男は言うと、笑顔で手を振りながら、玄関から出て行った。

「……何だったんだよぉ……」

 青年はへなへなと膝から崩れ落ち、ほうほうの体で鍵を閉め、そのまま布団に潜り込んだが、とても寝付けなかった。


 翌日、寝不足と心配から、ぐったりとした状態で一日を終えた青年は、入浴を済ませた後、布団に入りながらいつも通りラジオでニュースを聞こうとした。

(いや、待てよ。昨日このラジオ、一体何をされたんだ……? ニュースに困ることは無いって、どういう意味だ……?)

 恐る恐る、青年はラジオのスイッチを入れた。いつも通りの放送局。いつも通りのニュース番組。何の変わりもない。

(手の込んだイタズラだったのか……)

 青年がため息をつくと、ラジオから聞こえた声に、青年は耳を疑った。

「ザザッ……本日十月四日のニュースは……」

「十月四日!?」

 壁のカレンダーに目を移した。しかし、今日はどう考えても、十月三日だった。

(おかしいな、今日は十月三日だ。まさかニュースが日にちを間違えるわけが……)

 しかし、なおもニュースは続く。

「ザッ……本日午前九時十八分、○○県××市で起きた○○線○○駅の事故ですが……」

 それを聞いた青年は、ガバッと飛び起き、鼻息荒くラジオをつかんだ。

「○○県××市の……○○線○○駅? それって、ぼくの大学の最寄り駅だぞ!? そんなことがあったら、学校だけでも大騒ぎだ! そんなわけないだろう……ああ、なんてことだ。このラジオ、壊されちまったのか……」

 うんざりとした気分でラジオのスイッチを切り、青年は再び布団に潜った。

その日も、満足に寝た気分にはなれなかった。


 血の気が引く、とはまさにこのことだった。

 翌日、大学に着いて少しすると、構内のあちこちで大騒ぎが起きた。何だと思って聞いてみれば、昨晩聞いたニュースと同時刻の、同じ場所で列車事故が起き、多くの死傷者が出たという。

「何だって……!?」

 頭が空っぽになり、全身から力が抜けた。

(ぼくは、正夢を、見た、のか……?)

 青年は、その場に立ち尽くしていた。その日は、講義どころではなかった。


 その日、いつもより早く帰った青年は、真っ先にラジオのスイッチを入れ、ニュース番組のにチャンネルを合わせた。ニュースが始まるにはまだ少し早い。

(いつのニュースだ? どういうことなんだ? まさか、このラジオは……!?)

 ガタガタと震えながらラジオを握っていると、ニュースの時間が来た。

「ザザッ……本日十月五日のニュースは……」

(やっぱりだ! 今回ものニュース……!)

「ザザッ……先月二十九日に起きた、○○県△△市の殺人事件で、○○県警は殺人、死体遺棄の容疑で、同市の無職、××容疑者を逮捕……」

(このニュースは、ローカルニュースだ。今回は、隣の市の事件だ……そういえば、そんな事件があった……まさか……)

 青年は、ハラハラとしながらニュースを聞き続けた。後は、たわいもないニュースばかりだったが、この、未来の――明日のニュースが聞けるラジオ……青年は、現実から乖離した出来事に、ただ興奮と恐怖にその身を震わせた。


 果たして翌日も、日中を過ごす中で、が、青年の耳に飛び込んできた。

 確信を得た青年は、以来、日がな一日ラジオにかじりついていた。

バカに真面目な青年は、孤独な期間が長かったこともあってか、人のためになることを望み、そうした。

(少しでもニュースを拾うんだ。もしそれで、未然に防げる事件があるなら……!)

 もちろん、そう毎日大事件があるわけでもない。しかし、どこかで、何かがある。

青年は大学にも行かず、毎日一日中ラジオでニュースを聞いていた。そして、未然に防げるようなニュースがあれば、片っ端からメモし、その事件に巻き込まれる人や、施設、警察に電話をした。しかし、それらは全てまともに取り合ってもらえるはずもなく、適当にあしらわれるか、逆に怒りを買うだけだった。


 何日、いや、何週間経っただろうか。メモには、交通事故をはじめ、詐欺や殺人といった、大量のあらゆるニュースがあった。しかし、そのいずれも取り合ってもらえない。そして、何もできないまま翌日が来て、事故や事件が起こってしまう……

 それは、純粋な青年の精神を蝕むには十分だった。ある日、ついに青年はラジオを粗大ゴミ置き場に放り捨てた。自分がこんなに苦心しても、誰も取り合ってさえくれない。事件を防げない……その青年の姿は、かつての面影など全く無い、ぎらぎらとした目つきで、幽鬼のように痩せ細ったものだった。


 それから青年は、ずっと自室にこもり、日付もわからなくなっていた。机に置きっぱなしにしている、大量の"前日ニュース"が書かれたメモ帳も、もちろん、あれきり続きは書かれていない。

 そんな数日の後、朝早くにドアをノックする音が聞こえた。

(誰だろう……? ぼくを訪ねてくる人なんていないのに……)

 ドアを開けた青年の前に、二人の男が立っていた。


「警察です。○○さんですね? 近頃、マスコミや警察に度々事故や事件の電話が入っていまして……どれもが決まってその前日に、その全てがこちらからかけられていたんです。参考までに、ご同行願えますか……」

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