第16話 機皇帝

身体が動かない。これはあれか、寝ているときになるという金縛りか?


「……ぉ…ろ」


ん?待てよ、そもそも俺は今寝てないぞ。異世界ウルスマキナに飛ばされて、軍の基地に行って…。


「起きろ地球人!!」

ゴンッ!!

「いたぁ!!」頭を殴られる。


痛みで目を開けると、赤い絨毯の上に俺は座っていた。金縛りのように感じていたのは両手が拘束されていたからだった。

「なんだ、この場所?」

思わず言葉が出る。部屋は長い通路のようで左右全面透明な壁に囲まれており、相当高い場所にいるのか、周りのビルが低く見える。


「黙れ!!皇帝の御前であるぞ!!」厳つい金髪の男が言う。オールバックにした金髪に勲章が何個もついた軍服に身を包んでいる。



「皇帝?」


「ベイグマン、その辺にしてよ。殺すにしたって色々吐かせてからじゃないと」


俺の正面にはフワフワと浮いた椅子に腰を掛けるカオルがいた。

軍服から光沢を放つ銀色のコートのようなものに身を包んでいた。


「いやぁ、僕の考えた筋書き通りに動いてくれて笑いが止まらないですよ。この虫型のロボットでずっと二人の行動、見させて貰ってたんですけどね」


ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン。ノーマンの手の上に最初の転送場所で見た虫が乗っかる。


「筋書き通り?オクルクンをおかしくしたのはお前だろ?俺たちを捕まえたかっただけなら、最初の段階からこの場所に転送させればよかっただろ?」


「はぁー、分かってないですね君は。それじゃあ僕と英美のドラマチックな出会いを演出できないでしょ?」


「は?何言ってんの、お前」開いた口が塞がらない。今この男は何て言った?


「ベイグマン、殴っていいよ。皇帝に対して口のきき方がなってない」


ドゴォ!!

「おぶっ!!」

ベイグマンと呼ばれた男の拳がもろに入る。


「最初、イッカンの施設にハッキングした時に見えた映像」

細長い玉座の部屋が暗転し、左右のガラスに画像が映された。

画像はすべて英美のものだった。

うっわ、趣味わる…、これ全部英美かよ。


「桜庭英美こそ僕の理想の女性だ。この猫のように愛くるしい目、女神のように豊満なバストとヒップ、そして時折見せる影のある表情。堪らない…すぐに会いたいと思った!!」ノーマンは興奮を隠しきれないのか、息が荒い。


「……あぁ、もしかしてお前、英美に会いたくてわざわざ接触してきたの?」一皮むければ、すぐあいつが悪魔のように見えるだろうさ。


「ああ、それが第一の目的さ。…そして第二の目的は…」


ガンッ!!

「がっ!!!!!!」

背中に鈍い痛みが走る。ベイグマンが鉄の棒状のようなもので俺を地面に叩きつけた。

「アメンダー(修正者)、お前を殺すことだよ」


「やっぱ…そうなるよな……」痛みで意識が朦朧とする。


「本当に僕が直に手を下しても意味がないのが悔やまれるよ。今すぐにでも、お前をこの手でなぶり殺してやりたいくらいだ」


「…う…ぐ…」口の中で鉄の味がする。



「まぁ、英美のためにもこいつはまだ使い道がある。続きはまた今度にしよう。ベイグマン、廃棄処分場にでも閉じ込めておけ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ドサッ!!

「あがっ!!」

ベイグマンに放り投げられる。

もう少し丁重に扱え、オッサン。あんたみたいに頑丈じゃないんだ、こっちは。


ゴゴゴゴゴゴッ!!

廃棄処分場の重い扉が閉まり、外側から鍵を掛けられた。


しばらく背中の痛みでその場から動けなかった。

近くの壁を背にして座るのも一苦労だった。額から汗が噴き出る。


「はぁ、はぁ……」

俺が閉じ込められたのは錆びた鉄とオイルの匂いしかしない廃棄場のような場所だった。


「おわっ!!!」

思わず身体がビクついた。

何しろ、広く薄暗い空間に街で見たようなサイボーグが山積みになって捨てられているのだから、一種のホラーだった。勿論、動いてはいないが首やら手があらぬ方向に向いていたりしている。


「…廃棄処分場って、サイボーグの処分場ってことかよ…」


処分場は見る限りでは脱出できそうな場所はなかった。通風孔のようなものも見えるが、遥か頭上の上、空でも飛べない限り届きそうもない。


ガシャン!!

「…へ?」

サイボーグの山から、音がする。ガシャガシャと何かがうごめいている。


「おいおいおい、なになになに、怖いんですけど!!」



ガシャ―ン!!!!

サイボーグの山の中から人の顔が現れた。


「でたぁあああああああ!!」思わず叫ぶ。なぜ異世界に来てこんなホラー体験をしなければならないのか!!!


「おい…」


「はい?」


「そこのお前だよ、おい聞いてんのか?」


「しゃ…喋った。なに幽霊?」


「幽霊なわけあるか!!サイボーグだよ!!N-2101型、名前はニム・ウラン。旧型だけど、有名なモデルだろ、あたしたちは!!」

そのサイボーグは鮮やかなピンク色の髪をツインテールにしていた。顔からして女性型のサイボーグだろう、口は悪そうだが。


「サイボーグ?生きてんの?だってここ処分されたサイボーグしかいないんじゃないの」


「…あたしだけサブ電源が生きてた。だからこうやって喋れてる。ただあと30分もすれば完全に電源も落ちちまうけど…。見たところお前はメイン電源で動いてんだろ。なぁ、助けてくれないか?」


「いや俺は違うんだけど……」


「ほら、あたしの右隣のサイボーグの目、わずかに光ってないか?」


目を凝らすと確かにサイボーグの目の奥に光を感じる。


「そいつは脳がもう死んじまってるけど、中身の回路は無事だ。そいつを引っ張り出して、あたしに繋げてほしいんだよ」

俺は言われるがまま、近くのサイボーグの壊れた腹部からよく分からない導線を何本も引っ張り、それをニムの首辺りにある回路に繋げた。

「よし、メインまで電力が補給された!!」

ガシャ―ン!!

サイボーグの山を押しのけ、ニムの身体全てが露わになった。


「…メイド?」ピンク色の髪に、オイルで汚れてしまったが白いエプロンから膨らむ胸元、ふわりと広がった黒いスカートの下から見えるフリル姿はまさにメイドだった。


「何言ってんの。N-2101型は家事代行のスキルを持って生まれたサイボーグじゃない。…はぁ、重かった…」


「実はさ……」



俺はニムというサイボーグにこれまでの経緯を話した。


「ってことはお前は異世界から来た人間で、機皇帝の天敵ってことだよな?つまり、倒せる力を持ってる」ニムが言う。


「ああ。大体あってるよ」


「なら話が早い。あたしもあいつをぶっ倒したいんだよ!…見ろよ、これ。全部N―2101型の女のサイボーグだ。でも機皇帝の接待に応えられなかったってだけで、廃棄処分だ。あたしはこいつらの無念を晴らしてやらないと」


何となく想像はつく。サイボーグと人間じゃできないこともあるだろう。つまり人間である英美に対し執拗に拘っていたのもそういう事なのか。


「そうは言っても、この通り、囚われの身だし」


「手、出して」ニムが言う。


「?」俺は言われるがまま、手を差し出した。

身体が引っ張られ、ニムの背にいつの間にか俺は背負われていた。


「しっかり掴ってろよ!!」


「はい?」


ドゴ―――――!!!

ニムが背中のブースターを使い、空を飛ぶ。

そのままニムは通風孔を蹴破り、あっという間に廃棄処分場から脱出した。

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