第12話 EMI・レポート2

近未来研究所・別館3階


研究所から歩いて行ける距離にある別館は関係者以外立ち入り禁止で、厳重な警備で守られている。

佐久間の診察が終わり、もう部屋に戻っている頃だろう、と英美は思った。


暗証番号を入力し、指紋認証で扉を開ける。この扉を開けられるのは研究所でもごく僅かに絞られている。


部屋に入ると望月花帆が開かない窓から外を眺めていた。

少女に近づいていくとやはり嫌われているのだろう、距離を置かれてしまった。


「慣れっこよ。そんな扱いは」英美の口元に少し笑みがこぼれる。「さぁ、子供相手だからって優しくはしないわよ」


部屋にあったソファに少女を座らせ、英美もその隣に腰を掛けた。


「……」


「声が出なくとも確かめられることはあるわ」英美は持ってきた鞄からノートとペンを出した。


「いい?今から私の言う質問を紙に書いて答えて。分からないことは首を振って」


「……」少女は少し戸惑った素振りをしながらもノートを受け取った。


「うん、いい子。一つ目の質問。あなたは死んだあと、’どこに’行った?」


少女は少し考えて、ペンで何かを描き始めた。


ノートに書かれたのは絵だった。屋根が三角に尖った家のような絵。


「あなたは死んだあと、この家にいた?」


望月花帆は頷く。


「じゃあ二つ目。そこには誰がいた?」


少女はノートをめくり、再び絵のようなものを描きだした。


「!!……この人がその家に住んでいたの?」


少女はまた頷く。


「……そう。この人はあなたに何て…」

英美の言葉を遮るように少女はノートに書いた絵を見せた。


「…これはお母さん?」

英美の答えが当たったのか、少女は目を大きく輝かせて首を縦に振った。


「前も言ったと思うけど、あなたは生前一緒にいた人と会うことは許されない。当然、家族にも友達にも会すことはできない」


ポタポタと母親らしき絵の上に大粒の涙がこぼれ落ちる。


「……今日はこれまでね。また来るわ」少女が書いたノートを取り上げ、英美は席を立った。


「いつまでも泣いていちゃ駄目よ。強くなりなさい。あなたはいつか一人で生きていかなきゃいけないんだから」

扉の前で英美は立ち止まり、そう望月花帆に声を掛けた。同情など、なんの意味も持たない。


「はぁ……」

子供の転生人。扱いづらくてしょうがない。

それよりもあの絵は……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

数日後・近未来研究所・社員食堂


休みの日、特にやることもなく俺は近未来研究所の社員食堂に来ていた。

社員食堂から見える中庭では研究員や職員が芝生の上で昼食をとったり、軽い運動をしている。

よく見ると芝生の上で望月花帆が大型犬と笑顔で走り回っている。

良かった、少しは元気になったのだろうか。

「おや、土曜日だというのに出勤ですか。遠野くん」


「いや昼飯食いに来ただけですよ。佐久間さん、あの花帆ちゃんといる犬って?」


「生前、彼女の家で飼っていたゴールデンレトリバーだそうだよ」佐久間はそう言いながら俺の正面の席に座った。


「よく英美が許しましたね。それに家からペットなんて拝借したらそれこそ問題になりませんか?」


「英美くんが手配したらしい。花帆ちゃんの絵の中に、お母さんと一緒にあのペットが書いてあったそうだよ。……あとね、花帆ちゃんのお母さんは心神喪失状態だったそうだ。あのペットも保健所で職員が見つけたらしい」


「……そう、なんですね。処分される前でよかった」


「ああ、本当にね」


「というか、英美がそんなことをするなんて意外です。あいつにも人の心があったんすね」


「ふふ。ここでそんなことが言えるのは君くらいなものだよ」


「そうなんですか?」


暖かい太陽が窓から差し込む。

望月花帆は遊び疲れたのか、大型犬に抱きついたまま芝生の上で気持ちよさそうに寝ている。釣られてこちらも眠くなってしまいそうだ。

中庭にはいいベンチがある。俺も昼はあそこで昼寝でもしよう。


今日くらいはいいだろう?

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