第11話 溢れる涙

「ふー、ただいま」

転送装置オクルクンから降りると、いつもの研究所の面々がいて少し安心した。さすがに出張先が異世界となると地球が恋しくなるのだろうか?


「お疲れ。2度目の異世界出張も成功させるとは感心、感心」腕を組みながら、満足げな表情で英美が出迎えた。


「成功させなきゃ、お前に殺されるだろ……」


「殺す?人聞きが悪いわね、失敗しても次の月の給料から天引きくらいよ」


「それは社会人にとって致命傷なんだよ!」


「はいはい。マリナもお疲れ、二人とも次の出張まで英気を養って。いつ指令を出すか分からないから」


「ありがとう。ただ、それよりも岡田の処遇は一体どうなるのでしょう?」マリナが疲労の色も見せずマリナに問いただす。


「うん。もう少し情報を聞き出したら、法務省から通達を待って正当な処分を下すわ。それまで待ってて」


「了解しました」


「さて……」

そういうと英美は俺の背後でぬいぐるみを抱いていた望月花帆のもとに歩いてきた。


「望月花帆ちゃんね。私は桜庭英美っていうの。よろしく。今から身体に悪いところがないかお医者さんに診てもらうからお姉さんに付いてきてもらえる?」


「……」花帆は不安そうに俺の後ろに隠れた。


「あーあ。英美お姉さんは怖いってさ」俺は思わず、ほくそ笑む。


「黙れ、こら」


「はい…」


「花帆ちゃん、お姉さんに付いてきて。返事は?」


「……」花帆は何も言わない。


「いいわ。無理やり連れて行く」英美が無理やり花帆の腕を掴もうとする。


「まあ待てって、相手は子供だぞ。まだ帰ってきたばかりで混乱してるだろうし、まずはなんか落ち着いたところにだな」


「そんな悠長なこと言ってる暇ないの。この子には聞きたいことが山ほどあるんだから」


「二人とも、待ってください」俺たちの間に入るようにマリナが静止した。「この子、もしかしたら……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「失声症だね。完全な」近未来研究所内にある特別診療所の医師・佐久間満(さくまみつる)が言う。年齢は30後半くらいだが、渋いというか、変な色気のある医師だ。


「つまりショックで声がでないと」まるで子供の病状を聞く母親のような立ち位置で座る英美が聞いた。


「無理もないだろうね。異世界って言う特殊な場所に転生して、訳の分からないまま、怪しい宗教団体に聖女として祀り上げられていたんだろう?子供には心的負担が大きすぎる」俺の膝の上に座っている花帆の頭を擦りながら、佐久間が言う。


「佐久間さん、何とか治せませんか?」


「正直、専門分野ではないんだが。…今はとにかく心を治すことを第一に考えないと。


「心を治す……難しいわね」


「…あのさ、花帆ちゃんの親に会すってのは駄目なの?」


「それは完全な規律違反よ。転生人は一度死んだ人間、この世界にはもう居場所はない。この子のような事例は初だけど、うちでしばらく保護した後はこの子の新しい親を見つけて新しい名前を与えて生活に戻させる」


「そんな……」

手の平に何か水滴が落ちた。それは花帆の涙だった。


「……この子の背景に同情はするけど、それが決まりよ。…じゃあ佐久間さん、しばらくはこの子をよろしく。あとで用意する部屋に移動させるわ」


スイッチを切り替えるように椅子から立ち上がり、英美はすぐに仕事に戻って行った。


「……ごめんな。何もできなくて」

花帆を頭を撫でる。この子は何も悪くない、巻き込まれただけの被害者のはずだ、なのにどうしてこんな辛い思いをしなくちゃならないのだろう。


「遠野大智くんと言いましたね。…英美くんとは長い付き合いみたいだね」唐突に佐久間が話しかけてきた。


「まぁ、腐れ縁みたいな感じですが」


「彼女のこと、よろしく頼みますよ」


「?はい」


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