第10話 召喚獣

教会の大聖堂は逃げまとう市民でごった返している。しかしこの混乱に乗じれば、望月花帆を連れて逃げられるかもしれない。


祭壇近くに行ったとき望月花帆とアモウス姿がなかった。

辺りを見回すと、祭壇のさらに奥、女神像のうしろに誰かが入っていくのが見えた。


女神像の後ろには小さな通路があり、薄暗いライトで照らされたその奥には扉が一つあった。

「隠し部屋か……?」


扉を開けると、小さな部屋にはアモウスとぬいぐるみを抱きしめながらベッドに座る望月花帆がいた。

「だ…誰だ!貴様は!!ここは神聖なものしか入れない聖なる場所であるぞ!!!」アモウスが取り乱したように叫ぶ。


「聖なる場所?ただの子供部屋みたいに見えるけど?」

部屋はまるで女の子の部屋のようにピンクの色を基調とした空間だった。部屋の床は何種類もの動物の人形で埋め尽くされている。おそらくここが望月花帆の部屋なのだろう。


「だまれ!!貴様らにはここで死んでもらう!!聖女さえいれば、また別の大陸でぼろ儲けができる!!」

歪んだ顔でアモウスが笑う。


「いや、その子は元の星に返します。この世界をこれ以上歪ませないためにね」


「何を言っている貴様!!この少女は神から授かったのだ!誰にも渡しわせん!!」

アモウスが手を振り上げると、部屋の床から青色の文字が浮かび上がる。

「出でよ!!!」



「おいおい、それは予想外……」青色の文字の中心から出てきたのはコカトリスだった。召喚というやつだろうか。

コカトリスを操っていたのは大司祭という訳か。



「サイズは二体目だから劣るが、お前を殺すには十分だ!!やれ、コカトリス!!!」


鋼のようなくちばしが襲う。

バゴォォ!!

部屋の家具が玩具のように吹っ飛ぶ。

それを何とか横に飛んで回避し、部屋の棚の後ろに隠れる。


「馬鹿め。どこに隠れようがこんな小さな部屋では時間の問題だ!!」


「……賭けだけど、やってみるか」

命令されたコカトリスの巨大な目玉が充血し、目に光が集まる。

おそらく石化をさせる光を溜めているのだろう。


ガチャ。

ズボンの間に入れておいたC・バレッドを構える。

前回、岡田に撃ったときは気付かなかったがC・バレットのグリップの上部には数字のメモリの入ったダイヤルが付いていた。

なるほど、もしやこれが英美の言っていた火力の調整できる機能なのではなかろうか?


俺は丸いダイヤルをちょうど180度回した。

「攻撃対象。異世界・エルバラン。召喚獣・コカトリス。火力・200」


「何をごちゃごちゃ言っている!!!何をしようと無駄だぁ!!!!!!!」


ズドン!!

コカトリスの目が光るのとほぼ同時に引き金を引く。


銃身から飛び出した弾は空気中で破裂し、光の塊となってコカトリスに炸裂した。


「ギィィィィィイィィイィィイィイィィ!!!!!!!!!!!!」


苦しむように首を大きく振りながら、コカトリスは白い砂のようになってその場から消滅した。



「コ…コカトリスが…!!馬鹿な…!!」


「あんたにも今の撃ってやろうか?」俺はC・バレッドをアモウスに向けて言った。


「ひぃぃいいいい、すみませんでしたぁぁ!!」アモウスはその場から足早に立ち去って行った。


「待て!!」


ピピッ!!

「遠野くん、深入りはしなくていい。教団は望月花帆を失えば崩壊したも同じだわ。彼女を早く保護して。そのあと、転送ポイントを指定するから」


「…分かったよ」


花柄の模様があしらわれたベッドに歩いて行く。

「花帆ちゃん、でいいんだよね?」

俺が声を掛けると望月花帆は小さく、本当に小さく頷いた。


「よし、歩ける?ここから出て元の世界に帰ろう」

手を指し延ばすと、少女は倍くらいある俺の手を握り返した。



コカトリスとの乱戦で滅茶苦茶になった教会の大聖堂に向かうと、マリナやバンが待っていた。

黒ローブの男たちはまとめて縄に縛られて、座らされている。


「皆!」

「大智!!大丈夫ですか!」マリナが駆けよってくる。


「マリナさんも無事でよかった」


「私はなんとか。でも自警団の何人かがコカトリスに石に……」


教会内には巻き込まれて石になった市民や自警団の人間があちこちにいた。

石になった人間の前で家族や友人が泣き崩れている。


「……うん。帰る前にやれるだけのことはやっていこう」

俺は望月花帆の目線に合わせるように膝をついて言った。


「花帆ちゃん、ここにいる人たち、悪い人たちじゃないんだ。直してくれないかな」

「……」少女は小さく頷いて、目を閉じた。


望月花帆の身体から淡い光が漏れ始める。光は波打つように広がっていき、あっという間に教会中を埋め尽くした。


温かい光だった。心地いい、ひと肌くらいの湯船の中に浮いているような感覚に近い。


目を開けた時、教会内の石になった人は全て元の身体に戻っていた。

バンたちも泣きながら自警団の人間と抱き合っている。

「バン兄貴!!!」教会の扉が開く。

「タツキ、ロン!!?お前等!!」

「気づいたら、元に戻ってましたよ!!」

「てめぇら、心配させやがってーーーー!!!!!!!」バンの顔面は涙と鼻水でもう大変なことになっている。



教会の外に出ると石になっていた人間は全てもとに戻ったようだった。

「この子が全てやったのでしょうか?」マリナが聞いてくる

「ああ。多分……」


異世界エルバランの街はまるで祭りのような喜びの渦に包まれていた。転生人の力はやはり、異世界を簡単に変革してしまうほどの力を持っている、それは世界にとってメリットになるのか?そんなことを考えてしまう。


ピピッ!!

「転送ポイントを確保したわ。教会裏に行ってくれる」


「りょーかい。じゃあマリナさん、花帆ちゃん、帰ろうか」


「そうですね。私が言うのもなんですが、異世界にこれ以上干渉すべきではないでしょうし」



教会裏に行き、スマホの英美に連絡を取る。目を閉じたとき、意識は消えて行った。

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