第五章…「目を覚ます場所。【2】」


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 文音は2人を嫌っている訳ではないし、2人の趣味を嫌っている訳でもない。

 彼女自体、俺とよくゲームをするし、彼らとそういった話で盛り上がる。

 言うなればジャンルの問題だな。

 単純に男性向けでも、それは大きな括りでしかない訳で、その手の話には俺を含めて、文音はついていけない。

 その話で、テンションが多少なれども上がっている彼らとは、話し続けるのが難しいのだろう。

「じゃあそろそろ私行くね」

「今日もバイトか?」


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「その働く意思力、僕にも分けてほしい」

「そんなに大変なのか? 最近講義がある時間以外はバイトに入ってるイメージだが」

「大変ではないかな。むしろ楽な時期、だから稼ぎ時なのよ。働けば働くだけ財布が肥えるの」

「課金もほどほどにな」

「英雄ばかり召喚しても、その先は地獄だよ?」

「文音はともかく、お前らの金の使い道はそっち方面ばかりか?」

「はははっ。そんな事しないって、むしろそれはこっちのセリフ。じゃあまたね!」

 軽く手を振りつつ、食堂を後にする文音。


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「嵐が去っていったか」

「太陽が沈んだ感じ?」

「ふ~ん…」

 なんとなく文音の出ていった食堂の入り口を見てしまう。

 名残惜しいとでも言うべきか、目の前にいる2人も十分に大事な友人ではあるが、思い出補正という点がある分、意識がそちらに傾きがちだ。

 それに何だかんだ言って、寂しさという感覚から、自分を少しでも遠ざけておきたくもある。

 別れるってイベントが無駄に胸に刺さるんだ。

「夏吉はおとなっしーラブか?」


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「その熱視線は、本人がいる時に飛ばさなきゃ意味ないよ」

「・・・そういうんじゃねぇよ」

「でも、嵐とか太陽とかは置いといて、せっかく咲いた花が枯れたぜ」

「場を和ますのには必要だよねぇ」

 その必要性に関しては否定はしない。

「なんか文音が抜けて話の輪が切れたな。時間的にも頃合いか」

 実を言えば、昼食はとっくに食べ終わっているし、それから1時間以上が経過している。

 午後の講義がない事をいい事に、だらだら話をし過ぎた。

「そうだな。俺、これから講義」


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「僕も」

「お前らは講義あるのかよ…。じゃあ雪崩で終了だな」

「夏吉は午後の講義は無しか」

「気を付けて帰れよ」

「ああ、また明日」


 真昼間に帰路に就くのは、大学生の身としてはさほど珍しくはない。

 帰ってもする事が無い時は、少し寄り道だと言わんばかりにゲーセンに寄ったり、適当に本屋に行ったり、良さげな映画でもレンタルしてから帰る。

 ゲーセンによれば日が暮れるまでいる事があるし、本屋に行けば何件も回ったり立ち読みなどをして気が付けばいい時間、なんて事も少なくない。

 いや、少なくなかった。


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 それも結局は昔の話、私生活とか家での生活が不便になるのと同時に、気の向くままにぶらりと適当に寄り道…なんて事がどうしてもやりづらくなる。

 正確には行きたいという気持ちは昔も今も変わらないものの、移動時間とか疲労とか、そういうモノが頭を過って、気が付けば簡単な計算で行かないという答えを出してしまう。

 それは俺の寄り道でもしようかな…なんて気持ちが弱いからか、脚が不便なんて枷が大きすぎるからなのか…。

 まぁ、そもそも寄り道しようという気持ちなんて、あやふやな衝動…簡単に消え去っても不思議じゃないか。

 もし消え去らなかったら、それは寄り道ではなく、ちゃんとした目的のある行動だ。


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 といっても、どちらにしたって、今の俺にはそういう行動を取る気合いなんてモノはない。

『お兄さん。寄っていかないかい?』

 ただ家に帰る事だけを目的に歩いていた時、聞こえた…というより「そう誰かがしゃべった」気がする感じで、横の路地から誰かに呼び止められた。

 それは聞き覚えのある声、一昨日の…時間は違えども、同じ学校からの帰り道に俺を呼び止めた声と一緒だ。

 あの時は自分が呼ばれたのかわからずに、周りに誰かいないかを確認してしまったが、なぜか今は俺が呼ばれたと確信している。

 なぜなのかは、自分でもわからない。


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 俺は何も疑う事無く、路地へと入り、俺を呼んだ存在と対峙する。

「こんにちは、お兄さん。今日は早い帰りだねぇ」

 一昨日と同じ場所で、同じように、大きくないテーブルに黒い布を掛けただけの店を出す老婆。

 しかし、今回は前と違って、テーブルの上には何も置かれていない。

 ただ黒い布が被せられているだけ、元々店と呼べるか怪しかったというのに、今目の前にあるのは店という概念を全否定している。

 というか、そもそもこの前のも店ではなかったのかもしれない。

 俺が一方的に店と決めつけていただけで、何かを売られた訳でもなく、夢を贈られただけだ。


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 実際、もらった物はあっても金を払っていないし、金銭はいらないとこの婆さんは断言している。

 現代社会、ごく一般的に言われる商売とか、そういう場所で発生する等価交換は無い。

 それはこの婆さんが商売をしていない、店はやっていないと思える理由と言っていいだろう。

「どうしたんだい…。こんなババアを見て黙りこくって…。お兄さんにそういう趣味はないじゃろう」

「当たり前だ。ちょっと考え事をしていただけ。それで今回は何の用?」

「なに…、ちょっと話でもと思っただけじゃよ」


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「話ねぇ」

 どうせ、後は家に帰って寝るだけだし、寄り道しないのは移動が面倒なだけ、暇を持て余している事は否定しない。

 なら暇つぶしに、この婆さんの話に付き合うのも悪くはないだろう。

「どうだいお兄さん。良い夢は見れたかい?」

 ずいぶんと直球だな。

「見れたよ。どういう仕組みか知らないけど、夢を見る事はできた。こんな使い物にならなくなった右足じゃなくて、ちゃんと動いて、歩く事ができる夢をな」

「そうかい、そうかい。それはよかった」

「夢の世界観は置いといて、自分が女になっているのは残念だったけど」


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「夢は思い通りにいかないから夢とも言える。そこは目を瞑るのがいいじゃろう」

「そうかい」

 まぁそりゃそうだ。

 夢を見れるようになっただけで、目が飛び出るほどに驚きだってのに、その内容にまで文句を言ったらどうしようもない。

「それでだお兄さん。ちょいと質問してもいいかい?」

「質問?」

「そう。身構えなくてもいいよ。簡単な質問じゃから。お兄さんにとって「夢」とは何だい?」

「夢?」


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「そう「夢」じゃ」

「ん~」

 一言で言うなら、眠っている間に見るモノが夢だ。

 記憶の整理とかで見るとか、ノンレム睡眠とかレム睡眠とか、そういったのが関係しているとかなんとか、正直よく覚えていない。

 だから詳しくはわからん。

「眠っている時に行われる記憶整理で見るモノ、それが夢だ」

 まぁ合っているかどうかは問題じゃない。

 婆さんもそこまで真剣に考えてはいないだろう。

「ほぅ。なら記憶にない世界が広がっている夢、お兄さんが見た夢は…、本当に夢だったのかい?」


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「いや…どうだろうな。テレビとかよく見るし、ゲームもやる、似たような光景を見ていたって可能性がある。俺自身が覚えていないだけで」

「じゃあ、あの魔力とかそういう能力の話も、お兄さんのそういう所から来ているって事じゃな?」

「え? あ、ああ。たぶん」

「次の質問じゃ。お兄さんは、今まで見ていたモノを、どうやって、「夢」だと判断するんじゃ?」

「そりゃあ目が覚めた時とか、夢を見ている時にそれが夢だって無理やり認識するとか…」

「お兄さんが見た「夢」も、目が覚めるところから始まって、目を閉じ寝る所で終わるじゃろ」


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「は?」

 なんでそんな事がわかる。

 確かに婆さんが言っているように、あの夢はどれも目を覚ます所から始まって眠る事で終わる。

 でも、それを俺は婆さんに一言も言っていないぞ。

「あぁ、そう深く考えなさんな。お主にしたように、他にも夢を贈った相手がいただけじゃよ」

「あ、あ~、そういう事…」

「話を戻そうか。今言った通り、お兄さんが言っている、現実と夢、どちらも同じ始まりで、同じ終わりを迎える。お兄さんの言ったように目が覚めた時に、その目覚めた場所が現実というのなら、今のお兄さんは夢と現実、どちらにいるのじゃろうな?」


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「何が言いたいんだ?」

 今の婆さんからの質問の意図が正直読めない。

 それはまるで、今いる場所、今話しているこの状況自体が夢だと言われているかのようだ。

「そう深く考えなさんな。私はね、同じ痛み、同じ苦痛を味わう、違うのは場所と自分の名と姿…ただそれだけで、現実が現実足り得るモノはどちらにもあると思うだけさ。今、お兄さんは、眠った先で見ているモノを「夢だ」と自分自身に言い聞かせているからこそ、アレを「夢」として受け止められている」

「じゃああれは夢じゃないと?」

「さあ、それはどうかな。最終的な決断はお兄さん次第、お兄さんが「あれは夢だ」と結論付けるなら、それが答えだ」


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「そっちの言いたい事がよくわからないな」

「それでいいのさ。こんな話、まともに聞いて、まともに話し合う事なんて経験としてないじゃろ。なら理解するための材料を持っていない。答えなんて出るわけがないのさ」

「・・・」

 気軽に婆さんと話を始めたつもりだったけど、なんかただ弄られているだけのような気がするというか、話しているけど話になっていないというか。

「さて、話もそろそろ終わりにしようか」

「あ、ああ」

「お兄さん、最後に1つだけ言っておくよ。贈った夢がどんなものであれ、夢というモノはいつか覚めるモノ、つまりは消えるモノじゃ。お兄さんのように眠った先で見るモノの夢も。自分の未来はこうでありたいという願望という夢も、叶おうが叶うまいが夢は夢として覚めて消えていく。その時がいつ来るかは誰にもわからない。だから、よく考え、頭の片隅に置いておく事じゃよ」


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 覚めるモノ…か。

 それに未来の自分への願望という夢、確かにそれも夢と言うな。

 今の俺の頭の中には、眠って見る夢が印象に残り過ぎていて、そっちの夢の事は出てこなかった。

 じゃあ、安直だが「将来金持ちになりたい」なんて夢を想像していたら、それも叶っていたのだろうか…。

 いやさすがにそれはないか。

 寝て見る夢は非現実で形のないモノだが、金持ちは物理的なモノ、そんなモノまで叶ったら、それこそこの婆さんは魔法使いか何かになっちまう。

「わかった」

「私から言いたい事はもうない。今度会った時は、お兄さんの夢とやらの土産話でも聞かせておくれ。それじゃぁね」


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「また…」

 老婆への挨拶を終えてから、思考が停止したかのように何を考えるでもなく、俺はその場を後にする。


 それからの記憶は曖昧だ。

 ただ決まった行動だけをして、俺は今、自分の部屋のベッドの上に横になっていた。

 その感覚は、意味もなく、周りの声を遮断してぼ~っとしている時のそれに似ている。

 一言で言えば…、そう、無心、だ。


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 家に帰るまでの決まった行程を熟しただけ、それはまるで機械のようで、ただの作業だった。

「ねみぃ」

 挙句の果てには、ベッドに横たわってからは動く気になれない。

 休日、早寝遅起きを実行した時の、まだ眠りにつけそうという感覚と同じ。

 寝過ぎたせいか、何時間も寝たはずなのにすぐに眠りにつける感覚。

 そして、歳を取れば疲労は後からやってくると言われているかのように、横になっているだけなのに、段々と体が重くなっていく。

 運動会ではしゃぎ過ぎた日の夜のような感じだ。

 でもそんな運動をした覚えは当然ないし、これはきっと数日分の疲労がまとまって体を襲ってきているのだろう。


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 なんでそんな事になっているのかは…、知らん。

 明日も学校はある。

 受けなければいけない講義はあるし、それ以前に生きていく上で大切な事、食事を取らなければいけない。

 夕飯を一度抜いたぐらいで人間死にはしないけど、こういったものは必要かどうかも大事だが、何より習慣だ。

 この時間になったら起きて、朝食を取り、家を出て、帰ってくる、そして夕飯を食べて風呂に入り寝る。

 これは、やらなきゃ落ち着かない事、やるのが当たり前になっている事だ。

「ぐ…はぁ…」


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 重い体を起こす。

 どれぐらいの時間、こんな状態にあったかは、窓から入り込む夕焼けの光でなんとなく察しがつく。

 少なくとも1時間は優に超えている。

「・・・はぁ」

 やる事を決め、行動する意思を固め、時刻を認識する。

 その3つが揃って、ようやく俺は自分の部屋から出ていった。

 こういうのは1度動き始めれば、慣れたように動けるようになる。

 今の俺の状況がそれだ。

 確かに体は重いし、面倒だなって思う感情が俺の頭を襲っているけど、痛みとかと同じで慣れてしまえば最初よりも体を押さえつける力は少ない。


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 料理と言うにはおこがましいモノ、1食分ずつに分けて冷凍した食材を、そのまま熱したフライパンにぶち込んで適当に焼いただけの夕飯。

 この適当さは我ながら引くレベルだ。

「はぁ…」

 おかゆとかの方が良かったかな…。

 この疲労を回復させるために、少しでも体力をそっちに回すべきだった。

 消化する力に労力を割かずにってな…。

 食す事しか目的にしていない味気の無い料理を胃袋に詰め、食器を洗いもせずに自分のベッドへと倒れ込む。

 風呂は…、明日学校に行く前にシャワーでも浴びればいい、人間の三大欲求の食欲は達成した。


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 性欲は…、この疲労感ではそれどころではないから終了。

 残るは睡眠欲のみ…。

 それをクリアすれば、今成すべき事は全て完遂する事になる。

 もし今日やり残した事があったなら、それは明日の俺に任せよう。

ピピピピッ…、ピピピピッ…。

 いざ眠りにつこうとした時、枕元で充電中だった携帯が、無慈悲で無機質、そして単調な音を俺の耳に響かせる。

「・・・」

 着信音からして、メールだ。

 このまま無視をして寝てもいい。

 しかし、これも癖の1つか、無意識の内に携帯を取ってメールの内容を確認する。

 差出人は文音だった。


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『件名:元気そうじゃな!

 内容:

 最近、みんなの話の輪に入れてなくて寂しかった。

 でも今日は少しでも話が出来て楽しかったよ。

 それに、夏喜が自分の話を、しかも自分から話てるなんて何か月ぶり?

 最近じゃ、みんなの話をただ聞いてるだけで、カカシみたいになってたけど、久々にそんな夏喜が見れて嬉しかったし、安心した。

 今度、みんなに話した夢の話、私にも聞かせてよね。

 またねーっ!

:おわり』

 他愛のないメールだが、その内容で改めて気付く事もある。


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「カカシって…、ひどいな」

 でも、その意味する事も理解できた。

 確かにカカシだ。

 何をするにも、1歩引いて会話に参加していた事も否定しない。

 それに文音がそう思っているというなら、他の連中もそう思っている可能性もある。

「少し意識してみるか…」

 これ以上、関係を失わないためにも…。

 外的要因も問題だが、自分が原因で不要に何かを失うのは避けないとな…。

 この場所が俺の現実なら、無くしてはならない。


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