第六章…「手から零れ落ちたモノ。【1】」
『…きろ…。起きろ、フェリス君』
誰かが呼んでいる…。
夢の世界の俺を…。
でも正直、まだ寝ていたい…。
暖かくて…、何か落ち着くこの柔らかさが頭の左側面に伝わってくる。
夢見心地の枕だ…、この夢見心地な世界から抜け出したくない…。
いま居る場所の気温も、高すぎず…、低すぎず…、掛け布団を掛けなくても風邪を引く事もなく、優しく眠りにつける。
これほどまでに寝る事に関して素晴らしいと思える環境を俺は知らない。
常にこんな環境で寝続けたい…。
だから今は寝ていたい…。
---[01]---
そういえば、声が聞こえなくなったな。
なんで、呼ばれていたのかわからないけれど、その必要がなくなったのだろう。
それなら、このまま起きる起きないの狭間で、眠り続けよう。
しかし、そんな些細過ぎる望みを叶えてくれる程、融通の利く世界ではなかった。
「ッ!?」
その痛みは唐突に…、俺の耳へと襲い掛かる。
鈍くとも的確で、じわじわとなぶる様に継続的なダメージを与えられる痛み。
「イッタい!」
最初は耐えようと思った。
---[02]---
自然的なモノなら耐えていればいずれ消えていく。
でもこれは違った。
徐々に増していく痛み、耐えられないわけじゃないけど、その痛みの中で眠り続けられるわけがない。
「起きたか、眠り姫」
自分の耳から痛みを払い除けようと自分の手で覆った時、耳へ聞き覚えのある声が届く。
「・・・ファルガ?」
夢の世界で出会った第一夢人エルン・ファルガ、今回を含め、俺が夢を見た4回の内3回は彼女との接触から始まる。
---[03]---
この比率が、このまま変わる事が無いのなら、彼女は俺…というかフェリスにとって、とても大事な縁の持ち主なのだろうか。
いや、エルン自身、俺ことフェリスとは初対面も同じだったはずだから、そんな事もないのか。
じゃあフェリスじゃなくて俺との縁か?
「なに? じろじろと私の顔を見て」
「いや…なんでも…」
つか、妙にエルンの顔が近い気がする。
それに近いのに見下ろされている。
エルンの顔が彼女自身の胸で下唇が隠れる程度に、俺の頭はエルンの胴体に近かった。
---[04]---
「じゃあ、起きた所で…、そろそろどいてくれないかなぁ~。足がしびれてるから」
「あ、ああ。ごめん」
そう言われて、体を起こして周りを見た俺は、ようやく自分の状況を理解する。
寝起きのような感覚に襲われているせいで判断が遅れた。
今いる場所はフィアの住む寮で、俺はエルンに膝枕をされていたらしい。
何故そんな状態だったかは知らない。
だが、1つだけ言える事はある。
もっと早くこの状況に気付いていたなら、どんなに幸せだっただろうと…。
まぁ、あくまで俺の意見だが…。
しかし、そんな気持ちを持っていても、その行為自体には後ろ髪は引かれない。
---[05]---
口でやろうと言って、内心ではどうでもいいと思っている、そんな状態を逆にしたのが今の俺の状況だ。
女性に膝枕をしてもらうなんて歓喜する状態だろう、恥ずかしさと嬉しさで高揚しても可笑しくない、でもそれが無い。
ドゥーと初めて会話した時の感覚に近い。
要するに、フェリスにとって、膝枕は嬉し恥ずかしなシチュエーションでもなんでもないという事なのだろうか。
それともエルンにやってもらっているからなのか、はたまた自分が女になっているからか?
「リータさん、起きました?」
---[06]---
「ああ、起きたよ」
エルンの次はフィアの登場だ。
まぁフィアが住んでいる場所なのだから、居て当然か。
「よくそんなに寝れるな」
そして近くにあったテーブルに頬杖を突きながら、こちらに負の感情が籠ったような視線をイクシアが送ってきている。
「そんなに寝ていたのかな?」
時計…なんて代物が無いから正確な時間がわからない。
日がどれだけ上がり具合で時間を図るのも、考えた事が無いから正確じゃない。
こういう状況下でようやくわかる、文明の利器のありがたみ。
---[07]---
「食事を取る時間としては遅い方ですね」
「ご飯…」
他に何が無くて生活が不便になるのだろうか、そんな事を考えている時に耳に入るフィアの言葉。
ご飯、朝食、1日1回の食事タイム、そう言えば聞こえがいいし、待ってましたと思える感じで、俺自身もこの世界の人たちがどんなご飯を食べているのかそれが気になっていた。
だが、なぜだ。
拒否反応を示しそうになるというか、まるで大好きなハンバーグに嫌いなピーマンが入っている事に気付いてしまった子供の気分だ。
俺は、ピーマンは好きな方だけど。
---[08]---
「リータさんどうかしました?」
「いや、なんでもない」
「そうですか。ではご飯を食べて、今日も1日頑張りましょう」
テーブルに置かれていく人数分の料理の乗ったお皿。
何かの肉のソテーに、たぶんマッシュドポテト、そこにレタスのようなモノが数枚と、これは恐らくプチトマトだ。
一見普通の料理、寝起きに食べる物にしては、少々重い気もするけれど、これがここでの常識ならば、俺がとやかく言う訳にもいくまい。
にしても、俺は何に不安を抱いているのか…。
俺、フィア、イクシア、エルン、4人でテーブルを囲み、いただきます…と手を合わせる。
---[09]---
「・・・」
普通にやったけれど、一見して和風ではない世界でも、食事をする際はいただきますと言うらしい。
その辺を気にし始めれば、言葉の壁がない事にも言及し始めなければいけない訳だが…、俺はいつも通り現実と同じように喋っているし聞いている。
案外、言語も一緒なのかもしれないな。
とまぁ、他の3人が食事を勧めている間にポッと出た事を考察しているが、俺も早く食事を済ませなければ。
ナイフとフォークを取り、肉を切り分ける。
いただきますと言っておきながら、使うのはナイフとフォーク、なんか、現実で食事をしているような錯覚に襲われるな。
---[10]---
「はむ…」
とりあえず、食事という価値観は違えども、この瞬間を楽しまなければ…。
切った肉を口に含み何度か噛んでいく。
「・・・」
成程…。
食事に気が乗らなかった理由、肉を口に含んでやっとわかった。
美味しくない…。
何の素材を使っているかは知らないけど、良い言い方をするなら食材の味を十二分に生かした料理、悪い言い方をするなら…「味付けがされていない」…だ。
人によっては好きな人もいるかもしれないけれど、どう転んでも俺からは美味しいと言えない。
---[11]---
最初の1口2口ならまだしも、進めば進むほど、ただ噛み応えのある物体をガムのように口に含んでいるだけ。
いや…、食べます…食べますけれど…、出されたものは残さず食べますけれど…、この味はどうにかならないものか。
塩を一振りだけでいいからしたい気分…
それにしても、この味、つい最近も食べたような感覚がある。
これがデジャヴというやつだろうか、それにしてははっきりと思い出せそうというかなんというか、フェリスにとって慣れ親しんだ味という事だろう。
まぁデジャヴというより記憶だろうが、それは横に置いておいて、食事時ってこんなに静かなモノだっただろうか。
誰もしゃべる事無く、こう黙々とただ食べ進めるっていうのに違和感しか覚えない。
これではもはや作業だ。
---[12]---
「そう言えば、なんでファルガがここにいるのかな?」
だからつい、横にいたエルンに話しかけてしまった。
「ん? 何でって、そりゃあ疲れて帰る気が無くなって、ここに泊めてもらったからに決まっているじゃないか」
「・・・昨日そんなに疲れる事しましたっけ?」
「「え?」」
フォークに肉を刺し、笑いながら話に応じるエルンの顔が固まった。
ついでにフィアの方も。
これはまずい事を言った証明か…。
「あ…あ~。確か、戦闘面…技術面の状態確認…でしたっけ?」
---[13]---
とりあえず、パッと頭に浮かんだ事を口にしてみる。
だが、なんの根拠も無く言った訳ではない。
不思議と、それらやったような記憶があるんだ。
現実での覚えはないけど記憶にはしっかりある問題が頭を過って、当たるも八卦当たらぬも八卦というか、とりあえず聞いてみればいいかと口に出してみた。
「フェレッツェで軍に戻らないかと言われたのが一昨日、昨日は前半が魔力機関の機能確認、後半が戦闘技術、戦闘力の現状確認だったかな」
とりあえず言い始めた事だし、わかる範囲で簡潔にまとめてみた。
「「・・・」」
---[14]---
ゴクリッ。
妙な緊張感、イクシアは淡々と食事を進め、残りの2人が真剣な顔でこちらを見てくる。
まるで、4択クイズの助け舟を使い切った後半戦みたいだ。
「なんだ。覚えてるじゃないか。びっくりさせないでくれよ」
「はぁ、一安心ですね」
「ほぅ…」
2人のこの真剣さは、俺が担当している患者のようなものだからだろうか。
とりあえず、一難去ったようだ。
その代わり1つ疑問が残ったわけだが、言語とかそういうモノとはまた違う問題。
---[15]---
記憶面の問題だ。
これは現実でも言える事かもしれない。
残った料理を片付けていきながら、情報の整理をしてみる。
というか、恐らくだが、夢を見た時間、現実でも同じだけの時間が進んで、夢から覚めて現実で起きている時間も、夢の世界は時を進めている。
口にするだけなら簡単な事だ。
夢と現実、両方とも時間を共有しているというだけ。
昼過ぎに学校で寝た時、夢の世界で起きた時間も昼過ぎ、そこで半日を過ごして眠り、現実で起きたら次の日の朝、そこで一番記憶として新しいのは夢の世界の昼過ぎから夜までの記憶だけど、現実もその時間帯の記憶が存在する。
---[16]---
今度は逆に現実世界で1日過ごして眠りにつき、今こうして起きたら現実で過ごした分の時間がこちらでも経過して、一番記憶に新しいのは現実での1日分の記憶、友人たちと話をしたり、学校の講義を受けて婆さんと話をした記憶だ。
「リータさん?」
「・・・」
「リータさん!」
「ッ!? は、はい!」
「どうかしました? なんか難しそうな顔をしていましたよ?」
「え? ああ、いや、何でもないよ。なんでも」
---[17]---
いかんいかん、考え事に集中し過ぎた。
「何か食べ物に問題でもありましたか? 生だったとか…、ちゃんと焼いたつもりだったのですけど…」
「いや大丈夫だから気にしないで。ちょっと考え事をしていただけだから」
まぁフィアが気にしている生焼けという点においては問題ない。
中までじっくりと…しっかりと火は通っているし、これで腹を壊す事なんてないだろう…たぶん。
「考え事かい?」
「どんな事ですか? 何か心配になっている事とかあるのなら相談に乗りますよ?」
「そうそう、むしろ考え込む前に、少しでも不安になったら相談…という流れになってくれるとありがたい」
---[18]---
「え、ええ。じゃあ後で話すよ」
単純に心配したように聞いて来るフィアに対し、エルンは少し不機嫌になっているようにも思える。
その様子から、それぞれが何に重きを置いているのかがわかる…気がした。
フィアは、純粋にこちらの身を案じ、エルンは、患者である俺の事を少しでも把握しておきたいという意思を感じる。
何があっても、少しのきっかけや情報から対処できるようにという考えだろう。
「ごちそうさま」
噛み応えのある肉塊を食べ、実にイモイモしいマッシュドポテトを飲み込み、兎にでもなったかのように、無心でレタスのようなモノを口の中に頬張る。
---[19]---
実に新鮮な料理だった。
味付けをしないという事がどれだけ料理に対してのテンション…気分を下げるのかもよく分かったよ。
これが食事の用途の違い、生きるために食事をするのか、それとも空腹を紛らわすためだけに食事をするのかの違いか…。
腹を満たすだけなら味なんて関係ないよな…たしかに。
子供たちはまだ生きるために食事をするだろうに…、これはある意味酷い。
「そう言えばさ、フェリス君」
全員が食事を終わらせた時、食器を片づけたエルンが話しかけてきた。
「何ですか?」
---[20]---
「君、私の事ファルガって…家名で呼ぶじゃない?」
「はい」
「あれはやめよう。なんか重苦しくて好きじゃないんだよ、家名で呼ばれるのってさ。普通にエルンでいいよ。フィアもそう呼んでいるだろ? 君と私は、もちろん医者と患者という関係だけど、それだと妙に距離が出来てやりづらい。それにこんな状況になったのも何かの縁さね。今後親しくなる意味も込めてさ、名前で呼んでくれ」
「エルンがそれでいいならいいけど」
「というか、敬語類全然使わないのに家名呼びなんて今更ってのが本音だよ。まぁこっちとしては、敬語を使わないっていうのは、その方がありがたいけどねぇ~」
---[21]---
そう言えば、そうだな…。
ん~…、こちらとしてはいつものように話しているつもりなのだが…。
学校で講師と話をする時と同じようにしゃべっているつもりで、そういう時は最低限のしゃべり方が出来ている…つもり、少なくとも覚えている範囲ではため口というか、このフェリスのような話し方にはなっていない。
フェリスの立場的に、その辺も意識して動いた方がいいかもしれないな…というか、名前の順番、後から言う方が家名なんだな。
英語系か…。
あまり意識していなかった。
「じゃあ、ウチはフェリって呼ぶかな」
「なら、フィーたちの事も愛称とか名前で呼んでほしいですね」
---[22]---
今度はお前らか…。
まぁ、俺としても堅苦しいのは好きじゃないし、呼び方は早めに決めておかないとズルズルと使い続けてしまう。
これを機会に呼び方を決めておくのが好ましいか。
「おお、いいねぇ。じゃあ私もフェリって呼ぶかな」
「ウチの事はイクでいいぞ」
「フィーの事はフィーでいいですよ」
フィアとイクシアは…、闘技場で聞いた呼び合い方でいいのか。
この前までと違うフィアの一人称も、気になる所ではある…場所の問題?
というか、何かと喧嘩腰なイクシアからも、愛称での呼び合いを要求されるたのには驚きだ。
---[23]---
「なに?」
「別に…」
思わずイクシアの顔を見続けてしまう。
本人がそれで良いというのなら、損する訳でもあるまいし、拒否はしない。
「じゃあエルンの呼び方は…」
「私はそのままでいい」
「え~…。せっかくだし付ければいいじゃない。そうねぇ…。エッちゃんとか」
「殴るぞ…」
「ハイ…」
「それで、今日は何をするのかな?」
---[24]---
食事が終わり、後片付けも終わって、少しの談話の後、俺はエルンと青空の元、並んで歩く。
相変わらず日差しは少し強い程度であるものの、水に満ちたこの世界には冷たく心地よい風が流れている。
「今日は家の片付けだ」
「家…ねぇ」
「何か君の身に起きてもすぐに行動できる状況を作りたい。だから、元々君はフィア達と同じように寮住まいで実家は別にあるけど、医療術室の近くに家を借りた」
「いいの? そんな事までして」
「いいさ。元々古くなって空き家化していた場所だし、金銭を気にしているのなら、それは出世払いでいいよだってぇ~」
---[25]---
「誰が?」
「軍が」
「・・・」
本当に大丈夫なのだろうか。
何かの悪徳商法だったりしないか?
このエルンは似ているけど実は別人だとか、魔力を用いてそう見えるようにしているとか、とにかく何か裏があるような…。
「なんで不安そうな顔をしているのさ。別に闇金とか使ってないよ。1人暮らしが不安とか思っているなら安心して、私も一緒に住むから…と言っても今後の流れ次第で住む場所はまた変わるけどねぇ~」
「あ~…そう」
---[26]---
まぁ魔力系の何かだったらフィア達が気付いているか。
というか別に1人暮らしが怖いとか不安とかそういうのは無い。
現実がそうなのだから…、それとも男女の差がここにも出ている的なそんな感じか?
つか、なんでエルンまで一緒に住むことになってるんだよ…。
住む場所が変わるかもというが、それならまだ借りる必要は無かったんじゃ…。
「いつまでも医療術室で寝泊まりする訳にもいかないからねぇ~。君という存在は良い機会をくれたよ」
「一緒に住むのは構わないけれど、そもそもいつまで一緒に住むかわからないじゃない」
「はっはっはっ。それはそうなんだけどね。まぁ今回の君の治療はいつまでかかるのかわからないから丁度いいのさ。この町での君の家がその家だ」
---[27]---
とりあえず、俺の意見は受け付けないという事は察したよ。
患者…入院という意味では、医療術室で寝泊まりするのも、おかしな事ではないとは思うけれど、エルンがそうしたいというのなら同棲もやぶさかではない。
同棲…、まぁ良い響きじゃないか。
だがしかし、医療術室のアレを見るに、部屋の掃除は俺がする事になるんだろうか。
「そう言えば、ご飯の時に言っていた考え事ってどんな事かな? 君は過去の記憶というモノが無いし、疑問に思う事は限られていると思うのだけど、「今話せる事」かな?」
隠す事ではないし、人目を気にする質問でもない。
---[28]---
というか、エルンのその言い方だと、フェリスは今話す事が出来ない質問をする可能性があるという事になるのだが。
より一層、フェリスという娘の謎が増えるな。
「魔力というモノを利用する事でどこまでの事が出来るのか…、それが気になって」
「ほほぅ、ずいぶんとざっくりした疑問だな。魔力という存在、それを用いた治療と戦闘、君が目を覚ましてから見たその存在、それに対して記憶が無い以上疑問を覚えるのは当然だが、それで君はその魔力という存在どの部分に疑問を持った? そういう疑問が出てきたって事は何か引っかかる事があるでしょ? ざっくりと括った中の、最も気になっているモノは何かなぁ~?」
---[29]---
正確には魔力の事じゃないかもしれない。
今のこの状況を現実に置き換えて、コレどう思いますか、程度の疑問というか不安。
夢は夢でしかないけど、お互いに同じ現象が起きているのが気になるのだ。
自分の夢の中の登場人物に質問する事ではないとは思うけど…。
「例え話なんだが、昼に寝て、昼から夜まで知らない場所で過ごす現実と思える程の夢を見る、夢の中で眠りにつき、眠りから覚めて現実に戻った時、時間は次の日の朝、現実での昼から夜までの空白時間、夢で何をしたかはっきりと覚えている中で、でも自分は体験した覚えはないのに、現実での空白時間に何かをしていて、その記憶もうろ覚えだけどある、この状況、どう思うかな?」
---[30]---
正直、大半は自分でも何を言っているのかわからなくなっている。
頭の中で考えるのでもややこしいというのに、言葉にすればなおさら意味が分からん。
「・・・。まず最初にフェリ君、これは持論だが、例え話と前置きした時点で例え話じゃなくなるぞ。登場人物を別の人間に置き換えたとしてもねぇ~」
「ん…」
「まぁなんだ。今は例え話として捉えておこう。もし問題になる様なら君から言いに来てくれ。それで…、その例え話と魔力がどんな関係があるのかな? そういう現象が、魔力が原因で発生するかという話なら、可能性としてだけならあり得る。あくまで可能性だが」
---[31]---
「・・・」
「もし魔力抜きでの話をしているのなら、ありえないと私は思うよ。はっきり覚えている夢とうろ覚えの記憶が合致していないなら尚更ね」
「そう…か」
夢の登場人物はあくまで俺の記憶の中から生まれた産物、そう考えればこの質問に意味などない。
質問の回答が得られたなら、それは俺自身が真に思っている事だろう。
普通ならそんな事起きうるはずがない、魔力ってのがあるならそれも可能性としてあるかもしれない。
俺の頭の中ではこういう答えが導き出されてるって事だ。
---[32]---
でも現実には魔力なんて…。
「あ、そうそう。今日は新居の片づけだけど、それが終わったら一度自分の家の方へ戻ってもらうよ。寮じゃなくて実家の方ね。まぁ一度ご家族に顔を見せてあげないと」
「家族…」
「そう。生死を彷徨うだけの事があったんだ、顔合わせは早い方がいいだろう」
家族…家族…。
「何だ? 自分の家族の事も忘れたのか? 親御さんが聞いたら卒倒もんだな。」
「・・・」
---[33]---
「本当にどうした? 顔色が良くないぞ」
エルンが不安そうな表情をして、こちらを見てくる。
自分でも、自分自身の状況がわからない。
急な強烈な吐き気、胸が痛いと感じる程に締め付けられ、胃袋がこれでもかという程ねじられているかのような感覚が自分を襲う。
頭の中にはありとあらゆる感情がひしめき合う。
怒り、悲しみ、戸惑い、無念、喜び、どれが自分の感情なのかがわからない。
どれが正しいモノかがわからない。
全てが唐突でまとめられない。
「う…」
---[34]---
口元を手で押さえ、ひどい目眩と共に膝をつく。
「おいおい、本当に大丈夫か?」
大丈夫か?
そんなものこっちが聞きたい。
今の俺はどうなっている?
ダメだ。
頭の中がうまくまとまらない…。
何で怒りが込み上げてくる…、なんでこんなにも悲しみで涙が出そうになる…、この夢は俺の望んだモノで…、家族だって俺が望んだ…、なのになんでそんなに俺は動揺しているんだ?
---[35]---
喜び、そう、その感情こそ、俺が今最も抱いている感情のはずだろう。
自由に動く足…、そして今度は家族…、例え仮初だったとしても、それを望んだのは自分自身だ。
なのに…、どうしてこんなにもいろんな感情が入り混じる?
何が不満なんだ…。
「フェリ君、立てるか?」
エルンも同じ視線になる様に膝を突いて、俺の肩に手を置く。
そのおかげだろうか、幾分か体を襲う不調が消えたような…そんな気がする…。
「…ちょっと…、待って…」
俺は少しでもこの気持ち悪さが和らげばと、何度も軽い深呼吸をして体調を整える。
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