第四章…「青の世界、水の都。【4】」
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今日も1日頑張った…と、自分を労う時間だ。
「はぁ…」
しかし、フェレッツェの建物を出てから今まで、フィアは妙に縮こまりつつため息ついていた。
何故そんなに疲れているのか。
あそこは言うなれば上司の部屋、そこに入って話をするのだから、精神的にくるものがあるのは仕方ない。
あまり意識はしていなかったが、俺も少々緊張していた。
頭では大丈夫と思っていても体は正直なモノで、この人たちには逆らえない、失礼をしてはいけないと、表には出さなかったつもりだが、それなりに堅くなってしまっていたと…思う。
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「それでこの後はどうするの?」
とりあえず、フィアが歩く方へと付いて行く形で歩いてきたが、やはり目的地がわからないまま歩き続けるのは、妙な不安感がある。
「はっ!」
俺に話しかけられ、やっと我に返ったのか、慌てて今いる場所の周辺を確認するように、彼女はソワソワしながら見回す。
心ここにあらずな状態をごまかすように、私は役目を果たしていますよとでも言うかのような行動だ。
それとも本当に道を間違えて、正しい道でも探しているのか?
「だ、大丈夫ですよ。はい、大丈夫」
「・・・」
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これはまた返しに困る言葉が返ってきたものだ。
いや、あの縮こまった状態を心配しなかったと言えば嘘になるのは確かなんだが、そういう事を聞いたんじゃない。
「まぁ上司とか先生に呼び出されるって気が滅入るし、マーセルの状態は正常なモノ、気にする事じゃない」
それでも、とりあえずのフォローはしておこう。
なんかフィアって真面目そうだし。
「え!? あ~…、はい」
気まずそうな苦笑いをフィアは浮かべる。
「えっと…、大丈夫です、私は。考えていたのは自分の事ではなくてですね。リータさんの事です」
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「私の事…?」
コクコク…。
無理に作る笑顔が不安そうな顔へと変わる。
「先ほどの大隊長たちの会話を…ずっと考えていました。現在のリータさんの状態を把握した上で、軍に戻ってほしいという問いに、リータさんはなんの躊躇もなく承諾をして…、エルンさんの元に弟子として働いている身としては、そんな考えは否定したいと…。どうしてそんな簡単に軍に戻れるのか…、どうしてなのか…て」
自分の事ではなく俺の事を考えていた…か。
医者の卵としての心配か、だがしかし、その答えはフィアがどう考えようと出てこないだろう。
何せ、あの時「ハイ」と答えた本人が、そもそもその回答の意味について、深く考えていないのだから。
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知らないモノを見るため、知らない事を経験したいがため、その回答にはメリットは考慮されていても、デメリットやリスクは考慮されていない。
フィアが心配しているのはリスクの話だ。
そんなもの、彼女が考えたって出てくるわけがない。
何故と聞かれても、その事を考えていない俺からは答えられない。
「わざわざこんな病み上がりな…しかも最低階級の軍生に「戻って来て」なんて頼んでくるぐらいだし、よほど軍の方も切羽詰まっているって事じゃないかな。国のため民のためってやつ。私が重症を負った原因が何であれ、何もわからない私じゃ軍をやめた所で野垂れ死にするのが関の山、むしろ生きる道を提示されたと思ってやるだけさ」
この世界で死ぬとどうなるのかはわからない。
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決められた場所で復活か?
それともこの現実のような夢の消滅か?
まさか、現実の向寺夏喜と言う俺と、フェリス・リータという夢の俺、両方に等しく死が来るのか?
どうなるにしろ、死ぬのはごめんだけど。
リアルすぎるからこそ、死と言うモノが近づいた時、それも鮮明に知る事になってしまう。
注意すべき事だけど、あんな事故があった後だというのに、リスクがあるかもしれない危険へと飛び込む行為、現実でだったらこんな考えは絶対に起こりえないだろうと思うし、死だなんだと思ってはいても、それは俺ではなくフェリスである事…夢である事、いくつかの要素が重なって、どこか他人事で…軽いモノになってしまっているのかもしれない。
「まぁ心配してくれるのは嬉しいけど、あなたが心配する事じゃない。医者としての部分はできる限り聞くけど」
「そう…ですね…。ちょっと入り込みすぎました。ごめんなさい」
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とりあえず、あの時は場の流れ…空気とかがあったし、ちゃんと考えてなかった事も認めよう。
軍に戻るという前提にはなっているが、俺一人の身の為…という考えではいけない…か…。
改めて考える時間は必要かもしれない。
「はぁ…。なんであなたが謝るの。この話は終わり、それでさっきの質問に戻るけど、これからどうするの?」
「この後…。えっと…。ここがあそこだから…。そうですね。一度、寮の方に戻りましょう。エルンさんの説教もたぶん終わっているでしょうし、イクも寮へ帰っていると思いますから」
「わかった」
イクとは、さっきの闘技場の。
確か名前はイクシア、彼女もフィアの事をフィーと呼んでいた。
愛称で呼び合う程に仲が良いらしいが、闘技場でのスキンシップはそれ以上のモノにも見える。
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「イク…彼女とは親友?」
とりあえず空気が悪い。
目的地ははっきりと提示されたからいいが、それでも知らない道を歩くというのは不安だ。
それにフィアもまだ落ち込み気味、これでは息が詰まる。
だから適当に話でもしながらの方がいい。
それにイクシアはフェリスにとっても重要人物っぽい、知っておいて損はないだろう。
「イクですか? そう…ですね。彼女の名前は「イクシア・ノードッグ」、確か10歳の頃からの知り合いです。あと、親友とかと言うよりかは家族ですね」
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「親友以上と言う訳か」
「どちらかというと、リータさんとの方が親友と言う言葉にあっていると思います」
「私? それにしてはスキンシップが激しかったというか…」
「イクは考えるより行動派なので」
「それはわかるけど」
闘技場での事を俺は思い出す。
一瞬、何が起こったのかわからなくなる早業で俺は下に蹴り落とされたし、イクシアは言葉を交わして話し合うタイプと言うより、拳と拳で語り合おうというタイプだ。
「一応聞くけど、私とフィアは初対面なのよね?」
---[45]---
「はい。見た事がある程度で、直接会って話をしたのは昨日が初めてです」
「そう。私がノードッグと親友なら、あなたと面識があってもいいと思うけど」
「それは同じ軍生でも兵種ごとに分けられているからですよ」
「そうなの?」
「兵種ごとに受ける訓練が異なるので、会う機会も極端に減ります。私がリータさんとイクが親友だという理由は、2人が同じ兵種であるのと同時に、よくイクがリータさんの話をしてきたからです」
「例えば?」
「「今日はあいつから白星を取ってやった!」とか「全然勝てない! 次は絶対泣かす!」とか」
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「・・・。それは親友と呼べるのかな?」
「喧嘩する程仲が良いと言うじゃないですか。まぁこれは喧嘩ではありませんけど。それに、リータさんが医療術室に運び込まれた事を知った時、イクはすごく心配していました。私が寮に帰る度に、リータさんの容体を聞いて来るほどに…。仲が悪い相手の事をそこまで心配はしませんよ」
「ほぅ…」
とりあえず、イクシア自身からは親友だと聞いたわけではないという事か…、最悪な関係…という訳ではなさそうだけど。
でもさすがに、今の話だけじゃ、実際にどうなのかはわからないな。
「私から言えるのはこれぐらいですかね。あまり私からベラベラ喋られるとイクも困るでしょうし」
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他人の人間関係を喋りまくるのは常識的にというかマナー的によくはない…か。
まぁその通りだな…、その場だけの事でそれ以降の人間関係にヒビが入りかねない。
「じゃあ次の質問、いいかい?」
「はい、なんですか?」
「簡単にでいいんだけど、軍の階級っていうの? あれはどういう仕組みになっているのかしら?」
軍とか、国を守る隊員とか、そういったモノの階級とかはざっくりとしてはいるけど知らないわけではない。
少尉とか大尉とか、でもこの国のモノはそういう軍の階級とは違った。
さっき会ったゲイン・レープァンという人、立場的にはフェリスやフィア達の上司とか先生とか、そういう立ち位置らしいが「戦闘術3級大隊長」だったか、俺の知らない階級のようなモノを肩書に置いていた。
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こうなっては察するだけでじゃ限界がある。
「リータさんは、勉強熱心ですね。では軍の階級について説明をしますね。兵種と階級を合わせたモノがその人の階級になります。兵種は「戦闘術」「魔術」「衛生術」の3種類、階級は私たち軍生が一番下で順番に「軍生」「兵」「小隊長」「中兵」「中隊長」「大兵」「大隊長」「総隊長」と連なり、軍生と総隊長を除いた階級には下から「3級」「2級」「1級」と格付けされています。3級が一番下の階級で1級が一番上ですね。それを合わせたモノが「本階級」正式な階級表記になります。リータさんの兵種は戦闘術で軍生なので「戦闘術軍生」となり、私は「魔術軍生」です」
「だからあんなに長いのか。軍生はともかくそれ以上の人たちの階級を覚えるのは大変そうね」
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「そうですね、私も全員の階級を覚えてはいません。あくまで本階級がそれなだけで、皆さん呼び合う時は兵種を除いた階級だけで呼び合います。さっきレープァン大隊長が言っていたように「リータ軍生」て」
「なるほど…。そう言えばファルガは医術士と呼ばれていたけど、彼女は軍の人間ではないのか? 顔が効いていたというか、知名度はあるように見えたが」
「あ~、エルンさんも一応軍の人間ですよ。階級は確か「衛生術1級中隊長」…だったと思います」
「一応…とは?」
「いろいろと理由がありまして…。そこは機会があった時に本人に直接聞いてください」
「ふ~ん」
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複雑というかなんというか、事情とか結構抱えているモノがあるというか…。
しばらく歩いて、夕焼け空が次第に黒く染まり、いくつもの星が空を彩り始める頃、一軒の家の前で止まる。
「ここです」
「ここ…」
俺とフィアの前にある他と大差のない平屋。
寮と言っていたから、てっきりアパートとかマンションのようなモノを想像していたが、よくよく考えてみれば高さのある建物を作らないのだから、俺の想像は初めから破綻していた。
---[51]---
「中の明かりも付いていますし、イクが帰ってきているのだと思います。さっ、入りましょう」
「ええ」
「「・・・」」
中に入り、俺とフィアは2人して言葉を失った。
なんと言っていいかわからない状態。
寮事態はそんなに広い造りではないが、狭いと言う訳ではない。
1人や2人で生活する分にはちょうど良いとも言えるし、3人程度ならぎりぎりな広さだ。
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建物の右寄りにある玄関?をくぐれば、左側はすぐリビングというかくつろぎスペースで、その先には簡単な収納スペースがあり、その上は就寝スペースとでもいうべきロフト。
ちなみに玄関の右手には簡易的な調理スペースがある。
料理をすると考えれば狭いが、彼女たちは食を重要視していない、広くても困るだろう。
とまぁ目の前の光景を避けるように、これから新生活を始める学生のごとく建物内を見回してしまった。
しかし、綺麗に片づけられて、可愛い小動物のガラス細工とかが置かれ、いちいち可愛いな…とか思っている場合ではない。
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取りあえず、リビングにいる2人の事を考えなければ。
「よ~、2人とも、話は終わったぁ~?」
まず1人は、俺にとっての第一夢人であるエルンだ。
彼女はリビングにあるソファに座り、こちらに手を振ってきた。
だがそれだけで人は言葉を失ったりはしない。
最高でも驚く程度だ。
言葉を失った理由は彼女の前にある。
「まだ説教が続いているのかな?」
俺は苦笑してエルンに尋ねた。
彼女の前にある…もといいる者、フェリスの好敵手…かもしれないイクシアが正座をさせられていた。
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「いや、説教はとっくに終わっているよ。今は、君たちが帰ってくるまで反省させるのと、すぐに謝らせるためさ。なぁイクシア軍生」
「はい…。この度は、病み上がりの状態にも関わらず、無理に戦闘を行わせてごめんなさい」
「は、はぁ…」
正直なんと反応していいものか…。
俺は何か悪い事をされたと思っていないし、そうでなかったとしても、そうかしこまって謝罪されるのも困る。
「よろしい!」
エルンからイクシアへ、その絞められていた説教か何かからの解放を宣言される。
それに対し、腕を組んで胸を張るエルンとは対照的、緊張の糸が切れたというのか力の抜けたイクシアはそのままうつ伏せになって寝転ぶ。
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「これはこれは」
「エルンさん、やり過ぎでは…」
「はっはっはっ。説教なんてすぐに終わった。君たちが居なくなってすぐにね。言いたい事が多い訳じゃなかったし、余計な事をベラベラとぶちまけて、本来伝えるべき事がゴミに隠れては意味がないからね。言いたい事を言って、ここでやるべき事を伝えた後は無言の圧力ってやつさ」
ある意味むごい…。
説教の長い連中に限って我を忘れている連中が多い…と思うし、道を外れて意味の分からない事を言われ続けても、右耳から入り左耳を抜けて出ていくのが関の山だ。
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だが、無言の圧力は、怒りを持ったモノが自分の近くにいるだけで緊張するし、その怒りが自分に向いているのであれば気が気ではない。
まさに精神にダメージを与える攻撃だ。
「イク…、大丈夫?」
そんな精神攻撃を受け、うつ伏せのまま動かない友人を、フィアは苦笑しながら起こす。
「さて、フェリス君、体に異常はないかな? 話によれば闘技場の観客席から下へは、降りたのではなく叩き落されたらしいじゃないか」
「え? ええ」
体を軽く動かし、その以上の有無を確認する。
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当然痛みが走ると言った不調は無い。
よく怪我をしなかったなと思うけど、もし異常があるならここに来るまでに何かしら気付くはず、でもそれはなかったし、今も問題はないし大丈夫だろう。
「そうか」
それからは特にやる事もなく、1日1食の食事は基本的に朝食らしく食べる事無く、エルンは仕事があるからと、早々に寮を出ていった。
後は体を洗うために、寮の近くにある銭湯のような共同風呂をフィア達と使用、今はそこから寮に戻る帰り道だ。
風呂に入っている時から、何かとイクシアからの視線が気になるのだが、それだけで何もしていないし、してこない。
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そっちを向けば自然と目が合う…と言った感じだな。
そう言えば医療術室で夜に外を見た時もそうだったが、この国には基本的に街灯と呼べるモノは無いらしい。
この前も薄っすらと月明りはあったが、今日はより満月に近くなったのか周囲が良く見える。
それに前とは違って、所々建物から零れる明かりで道が照らされ、足元へ必要以上に注意を向ける必要もなさそうだ。
一応隣を歩くイクシアがランタンのようなモノを使って道を照らしてくれてはいるが、それも現実で言う所の豆電球程度で、気休め程度とも言えなくもない。
そのランタンの光源も特徴的で、魔力に反応してうっすらと光る石が火の変わりだそうだ。
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なにせ木を燃やす訳にもいかない世界らしいからな。
その分、魔力を使った技術が発展している。
電気なんてものもないし、街灯等が無いのもそれが理由だろう。
「そう言えば…」
「何よ?」
「ノードッグは結構可愛い服を着るのね」
「なっ!?」
俺の方は替えの服がないから同じモノを着ているけど、フィアとイクシアは今まで見ていた服装、軍服?とは違う、いわば普段着とか部屋着と言うべきモノを着ていた。
---[60]---
なんでそんな話を切り出したかと言えば、いくら風呂から寮までが近くとはいえ、ただ無言で歩き続けるのが苦だったからだ。
それに何か話がしたいという衝動、もっといろんな事を知りたいという欲求、普段の俺はそんな積極的な人間でもないのに妙に体が…頭が…思考が動かされる。
イクシアは白のシャツに薄花色のオーバーオール、変な所で現実との共通点があるがそこは置いといて、俺のイクシアの印象としては、ジャージとかそういったモノを動きやすいからという理由で普段着にしているイメージがあった。
ギャップとでも言うべきか、言葉にするのが難しいが、とにかく可愛いと感じずにはいられない。
対するフィアは白く丈の長いシャツにフリルが少しだけ付いたスカートと、なんかイメージ通りの服だ。
---[61]---
「荒っぽい性格という印象だったし、服も大雑把なのかと思っていた」
「リータさんもそう思います?」
「おいおい、フィーまでそういう事言うのか!?」
「ふふ」
慌てているというか焦っているというか、この子はそういう弄られるという事に慣れていないといった感じか。
「ウチの事はいいんだよ! フェリスはどうなんだよ!?」
「私? 私は当たり触り無い服装だろ。可もなく不可もなく、動きやすいし邪魔にならない」
「軍制服は動きやすいですからね」
---[62]---
「そうじゃなくて~」
「じゃあなんだ?」
「・・・」
「イク?」
服の話を振り、その事で会話をし始めたつもりだったが、イクシアはそういう訳では無いらしい。
それか弄られて不快な思いでもしたか…。
「何か、変な話をしてしまったか…。すまない」
「・・・」
だが返ってくる言葉はない。
何かを堪えるように、何か悔しい思いでもしているかのように、イクシアの表情には複雑な表情が見え隠れする。
---[63]---
初めて見るものばかりで、それは人も例外ではなく、フィアやエルンを含めて、この夢に登場する人物たちの事を俺は何も知らないのだ。
正直そんな顔をされても適切な言葉なんて出てこない。
イクシアと言う人物がどういう人なのか知らない、何を求められているのか、俺に応えられそうにはない。
闘技場でのわずかな問答、寮での謝罪、共同風呂。
風呂に至っては何の会話もしていないし、それ以外の場所も言葉のキャッチボールがちゃんとできていたかと言えば、できていないと答える。
その間で、変な行動を取った記憶もない。
「はぁ…。何でもない。ウチ、先に行ってる…」
とてつもなく頭の中でモヤモヤが残る結末だ。
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そしてイクシアは、そそくさと寮がある方へと早足で行ってしまう。
明かりを持っている人間が先に行ってどうするんだ。
そう頭の中でツッコミをいれつつ、そういう行動の原因が俺の中にあるのではないかと考えを巡らせる。
しかしその答えは、当然俺では出す事が出来なかった。
「マーセル。私たちも行こう」
明かりが無くなっても月明りがあるから、足を踏み外して横を流れる水路へ…なんて事はあり得ないだろう。
俺はここで立っていてもしょうがないと言う様にフィアと歩き出す。
「リータさん」
---[65]---
「何?」
「えっと…、その…」
フィアがもじもじと俺の方をうかがう様に視線を送ってくる。
今度はなんだ。
俺がイクシアの服の話をした事がきっかけで、いろいろと空気が重いというか、おかしい。
そんなに大きな地雷を踏んだか?
それともまったく違う意味でフィアに話しかけられているのか?
正直、イクシアが先に行ってしまった事がきっかけで、2人でいる事がとても辛いというか忍びないというか…。
---[66]---
よく今の状況で話しかけられるなとフィアを誉めてあげたい。
「きっとイクはどうしていいかわからないだけだと思います」
「ふむ」
それは俺も同じだ。
俺にとっては初対面でも彼女にとっては昔から知っている相手、向こうからすれば違和感を感じるのも当然だ。
例えるなら、着ぐるみで見た目が同じ、決まった仕草があっても、中身が違うだけで別のモノに見えるのと一緒だ。
「まぁゆっくりと時間をかけて、仲を良くしていくとしよう」
今の俺にはこう言う以外に言葉がない。
「はい…。お願いします」
---[67]---
その俺の言葉に納得してくれたかどうかは置いといて、この場ではそれだけで十分らしい。
そしてこの夢の中で1日が終わる。
正確には夢の中で起きたのが昼近くだったらしいから、1日ではなく半日。
その半日という時間を一言で表すなら…「海外旅行ツアーの1日目」だ。
知らない場所、知らない相手、説明される事は俺の常識とは掛け離れているのに、所々通用する知識がある。
まるで海外に来ているかのようだ。
荒んだ心、何をやってもテンションの上がらない日々、ただ生活するだけで満足するようになってしまっていた自分に贈られる夢と言うもう1つの世界。
事情がいろいろとある設定の世界ではあるけど、それでもその世界は暗かった俺の進む道を照らす光となった。
その光を失わないために俺は願う。
「この夢を奪わないでくれ…。何度でも、何があっても、この世界にまた来れますように…」
そう願いを込めながら俺は現実世界で目を覚ます。
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