第四章…「青の世界、水の都。【3】」


 ドゥーの説明が終わったところで、フィアの隣まで行く。

「はい。さっき言っていた私の友人が彼女です」

「そう言えば乗合船に乗る前、最後は闘技場にって言ってたか」

「順番が逆になってしまいました」

「まぁ順番が逆になったおかげで、姉さんの次に強い、それこそ引けを取らん戦闘能力を持つ「イクシア」の戦いを見れたんだから」

「それはリータさんのためではなく、自分が得できたって話じゃないですか?」

「バレたか…」

「あの子が私より、弱い…?」

 いや無理です。


---[01]---


 魔力ってのが万能なのはわかった。

 それが生活面以外でも、あの武器のように使われている事も…、多分わかった。

 でも、それでも、あんなに人間離れした戦いを、自分ができるとは思えない。

 わずかな時間、この体で生活してみて、あんな身のこなしが出来るとは到底思えないし、ましてや「イクシア」と呼ばれたあの子よりも強いなんて…。

『フィー!』

「・・・?」

 こちらに気付いたのか、少女が手を振る。

 それに釣られるように、隣にいるフィアも軽く手を振った。

 少女は、その場に持っていた武器を突き刺し、こっちに走ってくる。

 下の戦闘エリアから観客席まで、軽く10メートルを超える高さなわけだが、さっきの跳躍よろしく、近くまで来た少女は軽々と俺達の所まで跳んで見せた。


---[02]---


「フィー!」

「わっ!?」

 見事観客席に着地した少女は、一目散にフィアに抱き着く。

「ちょ…、イク…」

 その様は、抱き枕を抱いてクルクルと回転するかのように、軽々としていた。

 少女は薄い褐色肌で、俺よりも拳1つ分ぐらい低い身長、まぁそれに関しては、戦っている姿から高い身長ではないと察してはいたが。

 それよりも解消できない疑問が1つあった。

 さっきは変わった篭手だなと思っていた左腕のソレ、ここまで近くに来たからわかる、それは篭手ではない。


---[03]---


「なぁドゥー」

「何?」

 フェリスの体の竜種の特徴は、手足の指と尻尾、これは船に乗っていた時に見ていた街を歩く竜種の人も同じだった。

 それに俺の隣にいるドゥーも、同じ竜種で特徴は一緒だ。

「竜種には私たちとは違う特徴をした種類もいるの?」

 俺はできるだけ少女に聞こえないように小声でしゃべりかけ、ドゥーも同じように小声で答えた。

「いや、純粋な竜種は俺達と特徴は同じだ。彼女は人種と竜種の間に生まれた子で半人半竜、言うなれば混合種だ。見分け方は、純粋な竜種には無い場所に竜のような特徴が出ているか、本来あるべき尻尾や指に竜の特徴が出ていないってとこかな。人によっては尻尾が無くて両腕が竜の腕になってたり、尻尾はあるけど指に竜の特徴が出ていなかったりで色々ある」


---[04]---


 つまりはハーフ、かっこよく言うならハイブリットと言うやつか。

 ゲームやアニメとかでおなじみな、混血種は強いを体現しているって事だな。

 それにしても、黒い尻尾が速くはないが勢いよく左右に振られ、その様はまさに…。

「まるで犬だな」

 しかし、犬のそれとは違って硬い鱗に覆われた尻尾だし、当たり所によっては打撲程度にはなるだろう。

「昨日は帰ってこなかったから心配したんだぞ!」

「でも、ちゃんと連絡は言っていると思うのですけど…」

「そんな人伝の情報なんて信用できない…。その可能性があるという仮説にすぎない。聞いた事が真実となるのは自分が直に見て聞いた時だけ」


---[05]---


「ああ、いつも言っていますよね。それ」

「だからウチは…、フェリスが記憶喪失なんて信じてない!」

 フィアの頬に自分の頬をすり寄せながら、悔しそうな表情で、俺をその猫目気味の目が睨んでくる。

「え…。私?」

 その唐突な敵視にも似た視線に、正直戸惑う。

 一応周りを確認してみるが、他に誰もいない。

「他に誰がいるのよ」

「いや、実は私の後ろに同名の子でもいるとか…、ないか」

「ない」

 一応、後ろを振り返ってみるが、そこにはやっぱり誰もいやしない。


---[06]---


「本当に…、覚えてないの?」

「・・・」

 イクシアの言葉を沈黙で返す。

 覚えてないではなく知らない…だし、結果は同じでも嘘を言うのは気が引ける。

 それは、このイクシアがフェリスの知人のような言い方をしているから。

 なんで夢の中の登場人物に気を使っているのかとも思うけれど、それはそれ、俺はそういう人間なんだと思う。

 その俺の様子に苛立っているのか、フィアを抱く手に力が入る。

「イタッ…、イク?」

「そう…。体の方は、もう大丈夫なんだよな?」


---[07]---


「怪我の方はエルンさんがもう完治だって…、イク…?、何をするつもりですか?」

「・・・?」

 ゆっくりとフィアから離れるイクシア、その様子に俺としては良い印象を受けないし、嫌な予感がする。

「本当に記憶が無いか確かめる」

「え?」

 そこからは一瞬だった。

 少なくとも、俺にはそう見えた。

 気付けば、俺の目の前には回転しながら飛んでくる彼女が…、それを理解した時には、次に顔の右側に強い衝撃と浮遊感、それと左手の痛み。


---[08]---


 今、俺は直立しておらず、仰向けになっていると言った方が近いだろう。

 正直、上下感覚とかそういったモノが、今はわからなくなっている。

 それならなぜ自分が仰向けになっているのかわかるのかと言えば、上を向くでもなく、ただまっすぐに前を向いて見えるのが青い空だからだ。

 闘技場には観客席の上以外、戦いを繰り広げる部分の上に屋根はない。

 なのに青い空が見えているのは、俺が闘技場の外に出たか、観客席から落ちて戦闘エリアに何らかの理由で飛ばされたかだ。

「イデッ!」

 俺の体は背中から落ちていき、ザラザラとした砂の感触が背中全体に伝わってくる。

 この感触で俺は、自分が今どこにいるかを悟る。


---[09]---


 闘技場に叩き落とされたか…。

 左手の痛みは、その時に転落防止の手すりか何かにでも接触したと言った所だろう。

『な、何やってんだよお前!?』

『い…いいいい、いくらなんでも無茶苦茶ですよ、イク!?』

『いいでしょ。死んだりしない。ちょっと確認するだけ』

『それなら順を追え! 何も蹴り飛ばす事はないだろう!』

『その事は後で謝っておく…。じゃあ、ちょっとフェリス借りるよ…』

 聞こえてくるフィアやドゥーの声から、あまりに予想外な出来事だったって事は想像に難くない。

 そりゃあそうだろうな、俺もそう思う。

 いくら強いらしいフェリスだって、記憶喪失(という事になっている)で、右も左もわからない状態じゃ、迷子になった幼子も同じだ。


---[10]---


 そんな相手に容赦なく蹴り?を入れるなんて、誰が予想できるというのだろうか。

 それができるのなら、その人は占い師にでもなって、路頭に迷った人の行く末を案じて、道を示すべきだ。

 俺が見えていたかぎり、イクシアはかなり速く動いていたし、身構えてないと周りだってついていけないだろうな。

「痛い…」

 もしこの場所が砂地じゃなかったら…なんて、想像するだけでゾッとする。

 背中から行ったし、運が悪ければ死んじまう。

 俺はジンジンと痛む背中を庇う様に立ち上がる。

 上から見ていても広いとは思っていたが、こうして下に落ちてみてわかるこの迫力。

 この下のエリアだけでも200メートルトラックなら簡単に入ってしまうだろう。


---[11]---


「ここに立ってみて、何か言いたい事はある?」

 再び下に降りてきたイクシアが、俺の横を通りながら聞いてくる。

「言いたい事? 無茶をするよな…とか?」

「そうじゃない」

「やっぱり?」

 イクシアがここにいて、観客席の方からフィア達の声が聞こえてこない辺り、言いくるめられたのか、言っても無駄だと諦められたのか…。

 どれに転んでいても、俺にとって良い状況とは言えないな。

「記憶を無くして、よく喋るようになったね」

「そうなの?」


---[12]---


「フェリスはいつも無口だった。質問とかには答えてくれたけど、自分から話をするって事はなかったし、自分の事を話すなんて事もなかった。それなのに…、今度は自分からいろいろと聞きまわって…」

 ドゥーに質問したりしていた事を言っているのかな…?

 それにしても無口ねぇ。

 別にイクシアの言うフェリス像を俺が演じる必要はないが、個人的にはフェリスの事は気になる。

 一体どういう無口キャラで通していたのか。

 一言で無口と言っても、無口は無口なりに色々はタイプがいる。

 人とのコミュニケーションが苦手で自然としゃべらなくなった無口、人が嫌いでしゃべりたくない無口、そもそも興味がないからしゃべらない無口、声帯系に異常があってしゃべれず口を閉ざすしかなくなった無口。


---[13]---


 フェリスはどの無口に当たるのだろう。

「なにブツブツ言ってるのよ?」

「え、あぁ。口に出てた? こちらの話だから気にしなくていい」

「そう…」

 イクシアが中央に刺した自分の武器を引き抜く。

 そしてすごく嫌な予感が俺を襲った。

「そんな危険物を持って何をするつもりかな?」

 額に嫌な汗を掻く。

「言った事を実行するまで。フェリスが本当に記憶喪失か確かめるの」

「へ、へぇ~…。それで、なんでその武器が必要なのかな?」


---[14]---


「言葉は喋る人によって真実にも虚偽にもなる。でも身に着けた武術や癖は嘘をつかない。記憶がないなら綻びがある」

「そ、そうか」

 この子は行動派というか、肉体派?

 なんか、言動からして真の心は拳を通して語り合えるみたいな、そんなノリを感じる。

「あ、あの、暴力は反対と言うか…」

「大丈夫。これは稽古、訓練」

 自分の武器を軽々と持ち上げて、俺の方へと何かを放り投げる。

「おっと…」


---[15]---


 投げられたのはパロトーネだ。

 恐らく、あの武器を作っている専用のモノだろう。

 つまりアレだ。

 色々と理由付けされているが、これはアクションゲームで言う所の最初のチュートリアルだ。

 きっとなんだかんだ言ってこのパロトーネを武器に変える方法を…。

「ウキャッ!」

 パロトーネから視線をイクシアに戻した時、そこにあったのは灰色の厚い刃だった。

 怖かった、恐ろしかった。


---[16]---


 とっさに体を後ろに倒してそれを避け、転びそうになる所を、尻尾を地面に突き刺して支えにする。

 しかし、そこから立ち上がる事が出来ず、横に転がるように向きを変えて立ち上がることになった。

 男らしからぬ(今は女だが)変な声を上げてしまったのが、何とも情けない。

「自分の武器を作らないの?」

「あなたは記憶喪失の意味を知っているかい?」

「し、知っているさ」

「・・・。はぁ、そもそも記憶にだって種類ってモノがある。文字とか言葉とかを記憶するものや、今までに起きた事の記憶、多くはないが少なくはない種類、あなたはそういう所をちゃんと考えてこの状況を作っているの?」


---[17]---


 何とか俺自身が持ち合わせている知識を総動員して現状を打開しようとしてみる…と言っても、昔興味本位で調べて速読しただけで、その辺の知識は真価を発揮するどころか、もう限界なんだが…。

 その本の内容なんて、ほとんど記憶していない。

「とりあえず…、やるのは構わないけれど、どうやってパロトーネを武器にするのか…、話はそこからなんだよね」

 全く構わなく無いのだけど…、せめて剣でも槍でも武器がない事には何もできん。

 自分の後ろで動かなくなっている軍生のようにはなりたくない。

 我が身大事大いに結構、突発的に始まった負け戦なんて勘弁してくれ。

 こういうのには戦わなくてよくなる抜け道があるものだろ?

 いや、あってくれ。

「・・・。戦場では、いかに不利な状況でも敵に立ち向かわなければいけない。武器がないから戦えないなんて、そんな事敵からしたら関係ない話。その尾はなんのために付いている? 人種に比べたら優遇されている。硬い鱗、硬い甲殻、竜種は自分の体に武器が付いているのと同じなのだから、武器がないなんて言わせない」

 あ~、これダメだ。


---[18]---


 武器がない事を前提にした戦いとか…、何それ危ない…と言うか、何と言うスパルタ。

 夢の中とはいえ痛いモノは痛いから、荒っぽい事はしたくないのだけど、つか当分は痛みと言うモノを必要以上に感じたくない身だ。

「荒っぽい…ね…」

「フェリスが言った事じゃない。昔とは立場が逆だけど」

「・・・」

 お前かよフェリス…、蒔いた種が見事に成長しているぞ。

 今は俺がフェリスだけど、その蒔いた種はできれば回収したくない。

「じゃあ続きと行きま・・・ゲッ?」

「ゲッ?」


---[19]---


 再び自分の武器を構えた所で、イクシアの表情が変化する。

 それはまるで、悪戯をしていた子供が、母親と対峙してしまった時のよう。

『ぐぉらぁーーーーっ!』

 そして闘技場に轟く声。

 声のした観客席の方を見れば、そこには鬼の形相で立つエルンの姿があった。

「やべっ」

「やばい?」

『動くな』

「「は、はい!」」

 最初の声とは違って、大幅に音量を下げているにも関わらず、その声はしっかりと俺達の耳に届いた。


---[20]---


 背筋が凍り付くような何かと共に。

 思わずイクシアと共に姿勢を正す。

 その姿を確認してから、観客席から飛び降りてきたエルンは、砂埃を巻き上げながら俺達の前まで来ると、腕を組んで仁王立ちをする。

「まるで鬼だ…」

 その覇気を纏う姿に思わず口走る。

「私を「あんな連中」と一緒にするんじゃない。で…、私が言いたい事はわかるかい? イクシア軍生」

「どの事からでしょうか?」

 その迫力は嵐の後の川の濁流のように恐ろしい。


---[21]---


 口調は一定でも、その言葉には激しい感情がこもっている。

「言わなくてもわかっているだろぅ? 頭の中に思い浮かんだモノを1つずつ言葉にしていけ」

「フェリス・リータ軍生に戦闘を申し込んだ事、それを強制的に強いた事、そして実行した事です」

「よろしい。では、イクシア軍生…、正座」

「はい…」

 隙を見せれば、喉でもなんでも噛み千切られそうだ。

 今のエルンにはそんな迫力がある。

 さっき会った時は、いかにも仕事なんてしたくないみたいな表情をしていたし、あの夜に至ってはそれを実行していた。


---[22]---


 それなのに今のエルンはまるで別人だ。

 その正座という言葉に思わず俺まで従いそうになる。

「フェリス君。君はフィアとフェレッツェへ。準備が出来ているはずだ。気になるなら、あそこで暇をしている操舵手も連れて行っていいぞ」

「別にそういう相手ではない。でも、こ…ここはいいの?」

 俺はイクシアを見る。

 この状況で俺にできる事はないし、本来の目的はフェレッツェで話をする事、いちいち気にしていたらキリがないのも分かってはいるが。

「とりあえず今回はお灸をすえてから日を改めるからいい。君はさっさと行って」

「わかった」


---[23]---


 俺はエルンに言われるがまま、後ろ髪を引かれつつもその場を後にする。


「本当によかったのか?」

 エルンに急かされるように闘技場を後にする俺達。

「まぁアレはイクシアがわりぃ。別に姉さんが心配する事はねぇよ。」

「今日のイクは、らしくありませんでした。きっとリータさんの事がよほど堪えたのだと思います」

 俺の前を歩くフィアとドゥー。

「というか、何も言わなくてもついてきたな。ドゥー」

「そっちも気にする程の事じゃねぇな」


---[24]---


「いえ、一応部外者ですから、少しでも気にしてもらえると嬉しいのですが」

「まぁまぁ」

 あくまで元は元、元は関係者とは少々違う立ち位置なわけだ。

 まぁさっきエルンがこの暇人も連れて行っていいと言っていたし、連れて行ってはいけないというわけではない…というか、もうドゥー自身が行く気満々で引き返す気がさらさらないように思う。

 石造りの道を抜け、再びフェレッツェへ戻る。

 フェレッツェは他の建物と違って、外こそ石の壁だったりするが、その内装のほとんどは木造、この世界の物価を考慮して言うなら超高級な建物と言えるだろう。

 石畳を歩くのと違って木の上を歩くのはなんか落ち着く。

 建物内は、いかにも館と言った感じ、今は別の入り口から入ってきたが、正面から入ってくれば吹き抜けになった空間が広がり、目の前には受付、その両サイドには階段、さらに各部屋に続く通路があったりと、金持ちのお屋敷に招かれたような緊張感がそこにはあった。


---[25]---


「ここです」

 受付の人に顔パスして横の階段を上がり、さらに通路を進んだ先、1つの扉の前でフィアは止まった。

コンコンッ。

 彼女はその扉を軽くノックをする。

「入れ」

 間を置くことなく聞こえてくるのは低く渋い男の声。

 フィアの手によって開かれた扉の先には、執務用の机と椅子、そこに座る薄い黒褐色の肌の男性に、その横で姿勢よく立つ黒髪ショートヘアーの男性。

 黒褐色の男性は、後ろでポニーテールのようにまとめたドレットヘアーに顎鬚、竜種としての特徴が見られないし、おそらく人種だろう。


---[26]---


 座っていても分かる程にがたいが良い、大男とかそういうのではなく、鍛え上げられた体という意味で、強靭な肉体と思える。

 黒髪ショートヘアーの男性は、赤茶色の尻尾に指先に爪、おそらくハーフとかでなく普通の竜種、それ以外は特に特徴はない…ように見えた。

「よく来てくれた…と言うのは違うな。よく生きて帰ってきてくれたフェリス・リータ軍生」

 黒褐色の男性が口を開く。

「エルン医術士からの報告で君の状態は把握している。改めて自己紹介させてもらう。自分は「ゲイン・レープァン」、軍の方で「戦闘術3級大隊長」を任されている。そして、このフェレッツェでは戦闘術の顧問を時間が空いた時に行っている」

 ゲインの次に黒髪の男性が自己紹介をする。


---[27]---


「私は「アルブス・ダイ」。戦闘術2級中隊長、フェレッツェの戦闘術正規技術指導員である」

「ダイ?」

 そのアルブスの自己紹介と共に、俺はドゥーの方を思わず見てしまった。

 ドゥーは苦笑しつつ肩を竦める。

「そこの暑苦しい男は私の弟だ」

『暑苦しいとは失敬だな』

「なるほど」

 エルンが連れて行っていいと言った事と、ドゥー自身が妙に堂々としていたのはこれが理由か。


---[28]---


「私たちの自己紹介は以上だ。できる事なら、このような事はもうやらなくて済むように努力してくれると助かる」

 ゲインがアルブスへ目で合図を送ると、彼は軽く会釈をしてから前まで出てくる。

「ではこれからが本題だ。君はこの国の状況をどの程度理解している?」

「状況…ですか? この国が戦争中だとか…」

 それ以外に状況の説明はされていない気がする。

「そうだ。我が国「イクステンツ」は隣国の「オラグザーム」と約200年の間戦争状態にある」

「200年も…」


---[29]---


 魔力機関が成長しきった状態なら、肉体的には5年で1年の計算、それでも40年、まぁ肉体的にとかそんな事関係なく200年とか、だいぶ長く戦っている事になっているな。

 その歴史だけでテスト数回分は作れそうだ。

「最初の衝突から100年は激しい領土の奪い合い、その後は数十年お互いににらみ合いの状態だった」

 100年間もよく戦い続けられていたものだ。

 俺のイメージする戦闘とは違うのか?

 どんな戦争でも1年も戦い続けたらかなり疲弊するだろうに。

 まぁこの世界じゃ、たんこぶなんて怪我の内に入らないぐらい一瞬で治せる力があるし、フェリスだって大怪我をしていたらしいが、医療術室で見た感じそんな傷跡とか治療の跡なんてなかった。


---[30]---


 それを考えれば現実と比べて、戦力の維持も容易だろう。

 むしろそうだからこその長期戦、激戦が100年も続くのも納得がいく、つか無理やりにでも納得しておく。

「だが今は違う。現在は再びオラグザームが動き出し、各地で戦闘が発生している状態だ。そしてここからが本題だが、今の君の状態を考えれば退役するのが妥当なのだが、もし君にその意思があるのなら、できればフェレッツェに残りその力をイクステンツのために使ってほしい」

 彼、アルブスの言いたい事はわかった。

 これはゲームで言う「勇者よ。魔王を倒しに行ってくれ。」的なアレか。

「別に構わないわ」


---[31]---


「え!?」

 後ろで待機をしていたフィアが驚きの声を上げる。

 だが俺には特に断る理由がなかった。

 この世界で、俺は欲したモノを、無くしたモノを1つ取り返した。

 多少ズレはあったが。

 ここが夢であっても…、いやここが夢だからこそ…、現実では手に入らないモノを手に入れられる。

 それは、俺が現実で欲したもの、欲したモノが再現される夢ならば、何かしら特殊な力があってもいい。

 あるならば、ここで体験してみたい…というかここでしか体験できないだろう。


---[32]---


 一夜だけならいざ知らず、連続でこの夢を見ているのだから、今後も見る可能性が大いにある。

 その事を前提にするなら楽しまなくちゃ損だ。

「即答だな」

「前の私がどうかは知らない。でも右も左もわからない分、やれる事はやっていかないと」

 やるかやらないかの2択なら「やる」と言えばいいが、それを説明するのは難しいものだ。

「ち、ちょっとリータさん!?」


---[33]---


 フィアは戸惑いを隠せないようで、俺を制止しようとしてくる。

 それもまた当然の事だろうな。

 彼女にとって俺は患者であり、記憶を無くすほどの傷を負った者なのだから。

「マーセル軍生、静かにしたまえ。貴女の言いたい事も分かる。私達としてもここまで早く承諾が貰えるとは思っていなかった。正直驚いている。リータ軍生、時間はある。貴女の言葉はありがたく頂戴したいが、さすがに早まり過ぎだ。しばらくはエルン医術士の元で、経過観察を兼ねて生活をしてもらう事になっている。彼女がもう大丈夫だと判断した時、改めて貴女の答えを聞かせてくれたまえ」

「は、はぁ…?」

 拍子抜けと言った感じか。


---[34]---


 ゲームとかなら「そうか。やってくれるか!」とか言って、すぐにでも旅立つんだが、時間はあるからゆっくり考えろ…か。

 良くも悪くも、人間味がある登場人物だ。

 現状を良い方向に向かわせる行動と共に、下級の兵の体の心配とは。

「リータ軍生の装備は過去に愛用していたモノを引き続き使用してもらう事になる。新品同様に調整してあるから安心してくれたまえ。後日改めて貴女の所へ届けよう。では、話は以上だ。フェリス・リータ軍生、フィア・マーセル軍生、2人は下がってくれ」

「「はい」」

 一礼をしてから扉の方へと向かう俺とフィアとは対照的に、部屋の中央へと歩いていくドゥー。


---[35]---


「あ~。俺はちょいと用があるから言ってくれて構わねぇよ」

 俺の視線に気づいたのか、ニッと眩しく感じるような笑顔を向けてドゥーは答えた。

 最初から目的があったらしい。

 目的地に時間も一緒だったのか。

「そう、じゃあまた」

 軽く別れの挨拶をして、俺達は部屋を後にする。


 そんなに長居したつもりはなかったけど、空は夕焼け色に染まって1日の終わりを告げている。


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