第三章…「フェリス。【3】」


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 後ろの窓から光が入ってきて明るい室内、水の流れる音とは別に活気のある人の声、それだけで、ここが保健室でない事はすぐにわかる。

 そんな事より、自分の指の鱗と爪に目が行く。

 またこの夢…、3回連続で見る同じ夢を見る恐ろしさはあるものの、また見る事が出来た…またこの世界に来られたという喜びもあった。

 むしろ喜びが圧倒的に勝っている。

 見たいと思う夢を何度も見られるのは嬉しい限りだ。

 だから、この瞬間だけはこの夢に集中しようと思ったわけだが、昨日見ていたあの夜の医療術室とは少々雰囲気が違った。

 一言で言えば、片づけられている…。


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 本は本棚に、ビーカーやら何かのビンも、あるべき場所に片づけられている。

 そしてある意味で不釣り合いなモノが1つ。

「やっとお目覚めか、我が医療術室の眠り姫は」

 この部屋には、俺と目の前にいるエルンの2人だけ、見渡してもフィアの姿はない。

 不釣り合いと言ったのは、その目の前にいるエルンに対してだ。

 ある意味で、それが当たり前という人もいるが、俺にとっては当たり前ではない。

「なんで、素っ裸なわけ」

 そう、つい疑問を口にしてしまったが、エルンは服という服、布という布身に纏っていなかったのだ。

 首にはタオルをかけて、いかにも風呂上がりですと言いたげな状態で、彼女はそこに立っていた。


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「なんでと言われてもな~。水浴びをし終えた所だから…としか言いようがないねぇ~。誰も遊び以外で服を着たまま水浴びをする者なんていないだろ?」

「それはそうだけど…」

 そう言われてはこれ以上追及できない、今の回答だけで完結している。

「・・・大きい」

 目の前に大人の女性の裸体、健康で健全な好青年なら反応しない訳がない。

 見た目からも「フェリス」のより大きいわけで…、かといって腰回りお腹回りはふと過ぎず細すぎず、絶妙なバランスを保っている。

 だが何故だ。

 見ているモノを脳内保管しようという行動を衝動的に取るものの、肉体的にそっちの反応が無い。


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 これは頭の中は男でも、体は女という事に対しての弊害のようなモノなのか。

 一言で言えばもどかしい。

「ん? あ~、大きいのも考えモノさ。重さのせいで肩は凝るし、姿勢だって悪くなる。汗も掻くから、汗疹に注意しなきゃいけないし、その度に自分で治療するのが面倒でねぇ~」

 エルンは、頭をさらっとタオルで拭き、机の上に置かれたパロトーネ?を手に取る。

 すると、パロトーネ?とそれを持つ手が光った。

 指先から手首までに何か刺青のような模様が浮かび上がり、パロトーネがほのかに赤い光を放つ、なんのマジックか、持っていたパロトーネ?は消え、気が付けば今まで濡れていた髪がスッキリとドライヤーで乾かしたようにサラサラになっている。


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「・・・」

 今、一般的に考えて驚く事が目の前で起こった気がするが、正直パロトーネ?の事に関して、昨日のたんこぶ消失もそうだが、理由を聞かずともそれができる事が当たり前…と納得がいってしまうから、動じる事はなく、細かい事はその時が来れば聞けばいい。

 今はエルンの胸の話を聞いていた方が楽しいというものだ。

「大きさ的には君ぐらいが上限だねぇ~。この胸だって邪魔だから切除してやろうかとしたんだが、フィアに必死に止められたよ」

「いや、当たり前よ」

 フィアの方は…、まぁ控えめだったが、そんなものは関係なく目の前で女性が自身の胸部を取っ払おうとしていたら、そりゃあ止めるだろう。


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 むしろ止めない人は性格的…人格的にどうなのよ。

 ドがいくつも付くSか、それとも大きい胸を嫉んで人を呪い殺す程に病んでしまっているのか…、どちらにせよ見事なサイコパスだ。

「いやまぁ、あの時のフィアの顔は見ものだった。もう一度見たい衝動に駆られる事があるが、それはそれで恐ろしい」

「マーセルも大変だ」

「だがそこがいい。話は変わるんだけどねぇ~。君の無くした記憶に少しでも刺激が行くように、ちょっとした話をしよう。話題はフィアだ。あの子を私は一目置いている、優秀な子だよ。どんなに優秀な人材でも目的しか見ず、そこに一直線な者を私は認めない」

「どういう意味?」

「前しか見えない者は信用に値しないって事さ。深い傷を負った者をより多く救うのが医療術室の本質、前しか見てない者はそれだけで救えるはずの患者の命を取りこぼすんだよ」


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「じゃあその考えのあなたに認められたマーセルは、広い目で、より多くを見渡せると?」

「まぁそういう事さ。それが出来なきゃ、才能があったって私に弟子入りなんてさせないよ。フィアに関しては才能もあるからね。私は嬉しい限りさ」

「楽もできるし?」

「そうそう…。て…、それじゃあ私が真面目にやってないみたいじゃないか…。」

 なら思うなら直した方が…と思ったが、それは喉の奥に押し戻す。

「ん~。小さいのにすごい子なのね。マーセルは」

「小さいって言っても、あの子は君と同い年だぞ。まぁ「魔力機関(まりょくきかん)」の成熟が早かったから、見た目は幼いけど」


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「へ~…。ちなみに私の歳って…」

「28だ」

「そうか。ありがとう。・・・え?」

 え…、28って言ったか?

 フェリスって、俺よりも8歳も年上なの?

 いや、この際自分の歳はどうでもいい。

 驚くべきはフィアの歳だ。

 俺と同い年と言ったか…、それはつまり俺(フェリス)とフィアは同じ28歳という事で…、え…、そんなにいっているの?

 20歳の俺から見ても年下だと思えるほどの見た目をして、俺より8歳も年上って…。


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「そんな驚く事でもないだろうに。魔力機関の成熟があの子の方が早かった、ただそれだけの事だ」

 エルンは服を着ながら、ごく当たり前の事を言うように説明をして来る。

 ここではその魔力機関というものによって、成長、発育が変化するのか?

 この瞬間もその言葉に納得しそうになるけど、驚きの方がそれより大きかった。

「君、魔力機関の事も覚えてない?」

コクコク…。

 フェリスにとって、それが常識だからこその納得感なんだと思う。

 でも、ただ納得するだけでは話についていけない。

「まぁ、そうだねぇ。魔力機関っていうのは、「魔力」を作り、制御するためにある体の組織って所かな」


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「魔力…」

 魔力機関と言われていて、魔力という部分で気になっていたが、それはRPGとかで魔法を撃つ時に使うアレの事だろうか?

 そんなものが…と疑いを持ってしまうが、そもそも目の前で一瞬にして髪が乾いたり、今まであったたんこぶが一瞬にして無くなったりと、それらしきモノを体験したし、そういう存在がある事を前提にすれば、なぜあんな事が出来たのかという説明になる。

 それが本当なら、この夢の世界はそういう力が存在する世界という事に…。

 そういった力は望んでいなかったけれど、あるというのなら是非使ってみたい。

「魔力ってのは自分たちで作り出すものから、空気中に目に見えない形で存在する力の事。もちろん、君の中にも存在する」


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「へぇ~、じゃあ火の玉とかレーザーとか出せるのかな?」

 もっぱらRPG系で選択する職業は剣士になるが、その傍らで魔法も良いなと思った事はいくらでもある。

 ロマンと言うか、一度はやってみたい事ってやつだ。

 ここまでリアルで現実味のあり、目が覚めても夢の事を実際にあった事のように思い出せる夢ならば、ここでの体験はさぞ迫力があるものだろう。

 むしろやらないのは損というものだ。

「無理だな」

「え?」

「火の玉を出せる者はいるし、そのれーざーってのがどういうものかわかれば、できる者も出てくるだろう。でも君は無理」


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 なんだろうか、この見事に出鼻をくじかれた感じは。

 いや、この場合は出る前にくじかれている。

 夢も希望もない…、夢だけど。

「魔力は、それぞれ「風」「水」「火」「土」「光」「影」「無」の7種類の性質に分かれ、人の魔力機関は「無」を除いた6つの中の1つを作り出している。そして、その6つを「魔力性質(まりょくせいしつ)」と呼び、さらにそこから性質ごとに複数の特性というモノが存在する。風なら「切断」「浮力」と言った具合にねぇ~。火の魔力性質を使えば、火の玉を作るぐらいはできる。そして君に無理と言ったのは君の魔力性質が「土」だから。土の特性は「硬化」「固定」「重量増加」などで、自己強化に特化した特性、君の求めるモノはない」


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 すごく長々と説明されたが、とりあえず無理だという事はわかった。

 いやある意味、できる事と、できない事が早い内にわかっていくのは良い事だろう。

「よし。じゃあ私はしばらく出かけてくる。少し待っていればフィアが来ると思うから、彼女に街の案内でもしてもらうといい。案外、見知った光景を見る事で記憶が戻るかもしれないからねぇ」

 フィアが着ていた服とよく似ていて、こちらは白を基調とした服を彼女は身に纏う。

 それを見て、その服が何かしらの制服のようなもので、フィアがエルンに弟子入りしているだけあって、2人が同じ何かしらの組織に属している事がわかる。

 色が違う理由まではわからないけど。

「どこか行くの?」


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「ふふ~ん。私だって暇じゃないのだよ。じゃあ頑張って記憶を戻したまへ~」

 そう言って、医療術室からエルンは消えていく。

「ふむ…」

 取り戻せと言われても、そもそも持っていないのだから取り戻すもないのだが…。

 夢であるのならそこら辺の融通を、もっと利かせてくれてもいいのに。

 しかし、「そんな事知らない」がそのまま「記憶がない」に置き換わったのは、ある意味で融通が利いていると言えなくもないか。

 そんな事を考えながら俺も部屋を出る。

 この医療術室にある扉は2つ、1つは外へ出る…今エルンが出て行った扉と、毛筆は…、なんとなくその扉の先が気になった。

 扉を抜けると、そこにはやはりパッと見では浴場にしか見えない部屋が1つ。

 俺が初めてこの夢で目覚めた場所だ。


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 浴槽が3つで、それごとに水の出る石造型の噴出口がついている。

 とめどなく出続けている水、それになんとなく触れてみるが、やはりお湯ではなかった。

 視覚的にも、湯気とかは見えないし、そうではないかなとは思っていたが、頭のはっきりした状態で改めで見てみると、この場所の用途がわからない。

 何か大けがをしていたらしい俺ことフェリスも、昨日この浴槽で水に浸かっていた。

 なら、怪我を治すのにこれを使うのだろうか?

 それとも、ここでの風呂は全部こんな水風呂なのだろうか。

 でもそれでは部屋の構造的に疑問が生まれる…。

ガチャ…。


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 浴槽の水に手を入れて、その用途に考えを巡らせている時、ドアが開いて何かを抱えたフィアが入ってきた。

「リータさん、いますか?」

「ええ」

「あ、おはようございます」

「おはよう」

 彼女と改めて対面して感じるのは、やはり見た目と年齢だ。

 エルンにその辺の話をされたのもあって、気になるのも当然なのだけど、してもこのフィアがフェリスと同い年とは…。

 確か28だったか、俺自身鏡を見たわけではないから、今の自分の顔を知らないし、実はこのフィアのように幼いのかもしれない。

「どうかしました? 私の顔に何か付いています?」


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「ん? あ~いや、あなたと私が同い年だって聞いたから、そんな年には見えないなぁ~…と」

「・・・」

 きょとんとするフィア。

 別に不快感のある表情を見せてはいないが、そもそも女性に対して年齢の話を振ってしまった自分を叱りつけたい。

「あ~、エルンさんに聞きました?」

「すまない。年齢の話はするものじゃなかったな」

「いいですよ。別に気にしていませんから。見た目が若いのが気になりました? その理由とかは…エルンさんから聞きましたか? それとも覚えていました?」


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「ええ、魔力機関の成熟がどうのと。残念だけど記憶に関しては何も」

「なるほど、わかりました。じゃぁまずはこれに着替えてください。これから街を案内しますので、魔力機関等の話はその時にでも」

 そう言って気を害した様子の一切ないフィアは、今まで抱えていた何かを俺に渡す。

 広げて見てみると、それはフィアやエルンが着ているのと同じ服らしい。

 強いて特徴を言えば、黒と言うよりダークブラウンに近い色合い、動きやすさを重視しているというか、無駄を省いているというか、袖は半そで程に短いし、裾もショートパンツ程ではないにしても短めだ。

 上下一体だから、作業服のつなぎを半袖半ズボン化させたみたいな感じ。

「どうかしました?」

 いつまでも服を見続けている俺に、フィアは不安そうに話しかけてくる。

「何か変なところとかありました? 大きさが違うとか…」

 変な所もサイズも正直わからない。


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 問題は着てから考えればいいさ。

「なんでもない」

 俺は受け取った服を股で挟んで、着ていた服を一気に脱ぎ捨てる。

 今まで着ていた服はワンピース系の服で、脱ぎ終わるのに数秒もかからない。

「え!?」

 だがその行動に目の前にいたフィアが驚き、みるみる内に顔が真っ赤になっていった。

「な、何をしているのですか!?」

「え? 着ているモノを脱がないと、あなたが持ってきてくれた服を着られないし」

 フィアの反応的に何となく察していたが、まさかここまで初心な反応をされるとは思はなかった。


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「そ、そうじゃなくて、人前で服を脱ぐなんて!?」

 俺は今の自分の体を見下ろす。

「私、女よね」

 この胸部の2つの膨らみ、見下ろして見てわかる腰の括れ、そして何より何も付いていない股、見事な女性の体だ。

「別に女同士なのだから、そんなに反応する事でもないじゃない?」

 これが俺の率直な感想なのだが、もしかしたら女性からしたらこういうことが珍しいのか?

 男の時と同じ感覚でやった俺が悪いのかな?

「女同士とか関係ありません! 女性は、相手が女性だからって、面識が少ない相手にそんな簡単にあられもない姿になってはいけませんよ~!」


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「それは何か習慣的なモノかしら? それともマーセル個人の考え?」

 正直、さっき目を覚ました直後、目の前で素っ裸になっているエルンを見たせいか、そういう点で他人の前で肌を晒しちゃいけないなんて習慣とか宗教的な理由があるとは思えなかったが。

「い、いや、習慣とか…そういう事では…なくてですね」

「じゃあ問題ない。よいしょっ…」

 別に真っ裸を異性に見せているわけではないのだから問題はない。

 それが俺としての感覚なのか、フェリスとしての感覚なのかはわからないが、たぶん両方だ。

「あわわ…、じ…常識の話ですッ!」


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 フィアは慌てながら部屋から出ていく。

 昨日の夜の事を思い出したけど、夢を見た1回目と2回目で、裸から服を着た状態になっていだけど、この調子ならフィアが意識の無い俺に服を着せた線はないな。

「これでよし…」

 さっきまで着ていた服はスカートだから、妙に股とかがスースーして着心地が良くなかった。

 しかし今来た服は裾が短めはいえズボンだし、さっきよりは良い着心地で、何より動きやすい。

 それに服のサイズはピッタリ、何より尻尾を通す穴があるのに驚きだ。

 急ごしらえの尻尾穴ではなく、ちゃんとそれを通すように作られている。

 この尻尾等はフェリスだけのモノではないのか、それともフェリス専用の服だからなのか…。


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「終わったわ」

「あ、はい。問題なさそうですね」

 隣の部屋に戻ると、赤くなった顔が静まりきらないフィアが、ソワソワと手持無沙汰を紛らわすために机の上の整理を行っていた。

「じ、じゃあ行きましょうか。今日は運動も兼ねて、街の案内をさせていただきます」

 まぁ拒否する理由はない。

 むしろ、この夢の世界がどういう場所なのか、それが気になってしょうがないからな。

 昨日の夜、暗い中で外を覗いたが、当然ほとんど何も見えなかったし、さっき目覚めてからは、エルンが街の案内をすると言っていたから、新鮮さを存分に味わうため、できる限り窓の方を見ない様にしていた。


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 魔法のような力があり、ドラゴンのような尻尾がある人間がいる世界、興味がわかないわけが無かろう。

 用意された革のブーツを履き、フィアの後ろを着いて行き、俺は医療術室を後にした。

 そう言えば、手の指先と同じように足の方にも爪とか鱗…甲殻が付いていたが、どちらも指だけで、すごく中途半端だなと思う。

 これならいっその事、腕全部とか…足が全部とか…、ドラゴンの手足みたいになっていてもよかったじゃないかって思わなくもない。

 でもそれはそれで女性らしさに欠けるか?

 それとも、もしこのフェリスのような体の持ち主が他にいて、それが男だったなら、そっちの方は俺の望むような姿をしているのだろうか


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 男は豪快に、女はお淑やかにってな。

あと近くにあった鏡で顔を確認してみたが、なかなか整った顔立ちだった。

 透き通るような青い目がその顔をさらに引き立たせて、いわゆる美人というものに近い顔立ちにしていたよ。

 他人がどう感じるかはわからないけど、俺は好きな顔だ。


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