第四章…「青の世界、水の都。【1】」


「綺麗な街だな」

 石畳が敷き詰められた広場、石造りの家たち、道の真ん中を通る大きな水路、家と家の間にもいくつもの水路が通り、それに太陽の日差しが反射してキラキラと光り輝く。

 そこにいる人たちは、みんなが笑顔で、子供たちは元気よく遊び、水路を流れる水は、どれも透き通って水底が見える。

 そして何より正面に見えるモノ、遠く離れた場所にあるにも関わらず、大きさを怖い程に伝えてくる巨木が異様なまでに目についた。

 巨木は、青々と葉が生い茂り、途中から上は雲に掛かるほどで、その存在感を確かなものとしている。


---[01]---


「ここは、いくつかある居住区の中でも、大きい方に入るので活気も人一倍です」

「ふ~ん」

 通る場所通る場所、誰かしらいるし、それにみんな何か作業をしていた。

 洗濯物を干す人やら、水路を利用し船を使って荷物を運搬する人、ガラス細工やら彫刻やらを売る屋台、どの人も俺達が通る時に笑顔で挨拶をしてくれる。

 正直リアルでは、悲しい事にあり得ない光景だ。

「水路は見ての通り荷物の運搬や人の移動に使用しています」

「生活水としては?」

「飲む事もできますよ。「水も生きモノ」ですので、常に清潔な水として保持されています。さすがに家から出る汚れを流す事はないですけど」


---[02]---


 まぁそうだよな。

 生活の要になっているっぽいこの水路を汚すような事は、住人としてはやらないだろうし、そうならないようにちゃんとルールが出来ているのだろう。

 そんな事より、水が生き物という言葉の方が気になる。

「水が生き物とは?」

「それは、この世界に満ちる魔力のおかげです。魔力は生命の力とも呼ばれる程に、万物に力を与えるものです。人が息を吸って生きていくように、魔力を体内に取り込む事で生きる力に変える。そういう影響は生物に留まらず、木々や水などにも影響を与えています。木々など緑は、魔力を吸う事でより大きく成長し、水はより多くの命を育む。そして水より生まれた命が、水の中の不純物を消していくのです」


---[03]---


 なるほど、わからん。

 何か会話に置いてけぼり感を感じるが、とりあえず魔力というモノが万能な力で、水に関しては俺が思っているような「生き物」等ではない事はわかった。

 水がモンスターになって動き回る…なんて事はなさそうだ。

 ある意味惜しいような気もするけれど、そうなったらなったで問題だし、危険分子が無いにこした事は無い。

「それでこれからどこへ行くの?」

 周りを見ても、この街が平和で、皆が幸せに暮らしているのが見て取れる。

 働き者で真面目な印象の強いフィアの事だ、闇雲に案内をして目についたモノを教えてくれているだけとも思えない。


---[04]---


 こうして歩いているのも、目的地に行くための通過点だろう。

「とりあえず目的地は、正面に見えるあの「見守りの樹」の方へ向かっています」

 そう言って、フィアは背を向けない限り嫌でも目に付く巨木を指さす。

 見守りの樹…というそうだ。

 確かにあの巨大さからは、かなり強烈な威圧感も感じるというか…、見守られているというより、監視されているような印象を受ける。

 まぁそれは俺の思い込みではあるが、とりあえず「見守りの樹」なんて言い方をする辺り、あの巨木に何かしらの信仰じみたモノでもあるのだろうか。

 だがまぁ、大きさ的にそういうモノがあっても可笑しくないな。

「樹の近くは国の中心と言っていい場所で、そこには議事堂とか、軍事本部など、あとは緊急時に民の避難場所にもなる闘技場などがあり、普段は軍関係者の力試しだったり、訓練だったりに利用されています」


---[05]---


 成程、リアルで言うところの首都とかそういう位置づけの場所か、あの巨木付近は。

 それに軍なんて言っている辺り、戦争とかもするのかな。

 ある意味興味がある。

 日頃から流れる紛争とかのニュースや、戦争モノの映画やドラマ、アニメにゲーム、いろんな種類の争いを目にするが、それのほとんどが重火器を使用したものだ。

 強いて言えば科学が進歩した戦いがメイン、この夢の世界で戦いをするとなると、剣とか盾とかそういうものをメインに添えた戦闘になるだろう…と思う。

 おまけに魔法じみたモノまである。

 どういった戦い方をするのか、不謹慎かもしれないが見てみたい。


---[06]---


「見守りの樹の周辺を見て回った後、最後に闘技場へ行きたいと思います。そこで友人と合流する約束です」

「闘技場という事は、友人は軍関係者って事かな?」

「はい。幼馴染で、すごく強い子です…と言っても、リータさんには敵わないと思いますけど」

「私って、そんなに強かったの?」

「・・・。はい、とても」

「ふ~ん。そんなにすごいのか」

 それは嬉しい事だな。

「ん? じゃあ、私は軍関係の人間…て事? 私と同じ服装をしているという事は、マーセルもその関係者…て事かな?」


---[07]---


 色合いは違うけれど、それ以外はほぼ同じと言っていい服装、それを考えれば、これは制服で、同じ立場の職に就いていると思うところだ。

「はい、学校は一緒です」

「そうか…がっこう…。学生なのか…28でまだ学生って…」

 28で学校に…、留年か、入学がかなり遅かったのか、それとも…。

「あ! 違います! リータさんが思っているような事ではないです」

「というと?」

「私が在学しているのは兵士育成学校で、他と比べてかなり特殊でして…。私の学校は、入学は15を超えていれば誰でも入れますし、在学している時点で軍人として扱われ、一定数の能力を認められて初めて卒業および軍人に昇格できるのです。兵士育成学校の学生を「軍生(ぐんせい)」と呼び、軍人になるには必ず通る場所で、言うなれば軍生という一種の階級と思ってください。だから学校とは言っていますが軍人なのです…はい。軍生は軍生で隊を組んで軍人たちと活動しますので、学生とはまた違います」


---[08]---


「つまり、軍に入隊したら最初に与えられる階級が軍生で、兵士育成学校?は軍生を集めた一種の部隊という事かな?」

「そ、そうです。部隊…、そうですね。そういう括りで良いと思います」

 なんかややこしい話だ。

 しかし、自分が思っているような長期留年とかそういう事にはなっていなくて安心した。

 にしても、今みたいに慌てながら必死になって説明をしてくるの…、なんか癖になるというか、何この子必死で可愛い…と不意に思ってしまった。

 エルンがフィアをいじるような発言をしてたけど、理由がわかる気がする。

「で、では、この先で移動用の船に乗りたいと思います」


---[09]---


「船?」

「はい。水路は私たちにとってのもう1つの道です。もう少し行った所に、この水路よりも大きい水路がありまして、そこに人の足である移動船が運航されているのです」

「へぇ~」

 この世界の設定では、俺達が今歩いている石畳の道が歩道で、すぐ横を流れている水路が道路って事なのかな。

 言うなれば水の都、昔知り合いに面白いからと星を開拓して水の都を作ったアニメを見させられたが、その街とどことなく見た目が似ている…気がする。

 きっとこの街…国は、その記憶から作られた場所なんだろう。


---[10]---


 それからフィアの言う通り、道を少し進んだ後、視界が一気に開ける。

 自分たちが歩いてきた道にあった水路は、その幅は広くても10メートルと言った所だ。

 しかし今、目の前に広がるソレは、そんなモノ小さいとしか言いようがない程だった。

 フィアは水路と言ったが、これはもはや川と言っていい。

 幅は優に50メートルを超えるだろう、ざっと100メートルと言った所で、いわゆる運河と言うやつだ。

 透明でさっきまでの水路より深くなっているが、砂の満ちた水底が良く見える。

 水に反射する光は綺麗と言うか、もはや眩しい分類に入るというか、それでも空が雲1つ無い快晴のため、その反射も眩しくはあるが心地よい。


---[11]---


「どうかしましたか?」

 見とれていたというか、俺がその目の前に広がる川もとい水路を見続けて動こうとしない事に、フィアは心配して顔を覗き込んでくる。

「うわっ! あ、あぁすまない。とても綺麗だったからつい…ね…」

「そうですか。これからはいつでも見る事ができますよ。だって、リータさんはここに、地面に足を付けて立っているのですから。その足を動かせばいつだってここに来られます」

 そして満面の笑みを浮かべてくれるフィア。

「あ、あの…、リータ…さん?」

 そんな笑みを浮かべるのは反則だろう。


---[12]---


「手を…どけてくれると…ありがたいのですけど」

「え? あぁ」

 いけない、無意識の内にフィアの頭を撫でていたことに気付く。

 妹の雪奈が、笑顔で遊べとじゃれ付いてくるのを、頭を撫でる事で沈めていた習慣から、無意識に同じような行動をとってしまった。

「すまない」

 名残惜しく思いつつ、俺はフィアの頭から手を離す。

 断じて、今回の件は意図した行動ではない。

 フィアの仕草が、妹の雪奈と被って…、それで…。

 人の頭を撫でる感触、温もり…。


---[13]---


「リータさん?」

 自分の手を見つめる俺と、それを不安そうに見るフィア。

 その時、自分の右頬を何かが伝い落ちる感触を感じた。

 指で伝ったモノに触れる。

 無色透明の水滴、水場の近くにいるから、それが飛んできて…とそういう可能性もなくはないが、これが自分の目からこぼれた涙だという事はすぐにわかった。

「ちょっと待って…」

 数歩引いてフィアから離れると、顔を背けて、来るなと言わんばかりにフィアの進行を手で止める。

「ど、どうかしました? どこか体に不調とか…」


---[14]---


ふるふる…。

 俺は声を出さず、ただ首を横に振る。

 なんとなく、今声を出せば、その声が意図しないものになる気がしたから。

 なんで今更涙なんて流すのか、それも夢の中でまでメソメソしてどうする。

 そういう演出でもかけられているのか?

「大丈夫よ。大丈夫」

 俺は頬に残る涙の跡と、これ以上出てこないようにと願いつつ、目に溜まった涙を擦り取る。

「本当ですか? もし我慢しているのなら言ってください」

「ほんと大丈夫だから。うん。あなたが考えているような事はないわ」


---[15]---


 これはこの夢の世界での俺の問題じゃない。


 乗り越えたと思った。

 飽きる事なく涙を流して、喉が潰れても、いつまでも泣き続けた。

 いつまでもその悲しみを抱えていちゃいけないと…そう思って、涙をこぼす度、泣き声をもらす度に持っているモノを、今後持ち続けてはいけないモノを…手放していったはずなのに。

「不器用だな」


 フィアに案内されて乗り込んだ乗合船、適当な座席に座り、俺はただ周りの風景に目線を合わせる。

 気まずい。


---[16]---


 10人程度が乗れるぐらいの乗合船、簡易的な布製の屋根、2人で大きなオールを漕いで進む形で、速さはお世辞にも早いとは言えない。

 歩くより少し早い程度だ。

 これに関しては、俺が車に慣れ過ぎているために感じる事だろうと思う。

 俺の隣には、俺が周りばかり見続けて空気の悪くなった状況に困惑し、萎縮気味になっているフィア。

 これに関しては俺が悪い。

 彼女には何の非もないし、だんまりを決め込んでしまったのは俺だ。

「はぁ」

 夢の中でまで周囲の空気を悪くする行動を取ってどうするというのか。


---[17]---


 せっかくこんなにリアルな世界を体験できる夢なのだから、あの事故からおかしくなってしまったモノを治す練習でもしていた方が良いだろうに…。

「マーセル」

「は、はい…」

 フィアは名前を呼ばれて恐る恐る返事をする。

 それを見て、ますます何をやっているんだと、自分にダメ出しをしてしまいそうだ。

「悪かった。こちらの気持ちの問題、あなたは悪くないわ」

「い、いえ…。私も配慮が足りなかったのだと思います。ごめんなさい」

「・・・」

「・・・」

 何の配慮だか…。

 彼女のするべき配慮なんてないだろう。

 こんな突発的な事、配慮のしようが無い。


---[18]---


 気まずい…、空気が重い…、そもそも俺のせいなのに、フィアは自分のせいだと言う。

 お互いに謝罪はした。

 こうなってしまってはどちらが悪いとか、そんな事を決めても意味はないし、袋小路だ。

「あのさ…」

 俺はその不毛な会話をやめるため、せめてもの罪滅ぼしとして話題を変えるように動く。

 話題探しで、まず目に止まったのは、歩く人の姿、歩き方とかではなくその容姿に目が行った。

 腕と脚、その四肢以外に存在するモノ、フェリスと同じでその腰付近に生えた尻尾だ。


---[19]---


「昨日、ファルガの質問の中に「人種」ともう1つは何かってモノがあったじゃない? あの答えは何?」

 この夢の世界では、俺の知る「人」という存在が恐らく「人種」であり、もう1つフェリスのように尻尾と爪のついた存在は別の種があるんだと思う。

 自分に生えた尻尾とかが特別なのかとも思っていたが、乗合船を操る人の1人や水路を自身の小舟で移動する人、歩道を歩く人、よく見ればそういった普通の行動をとる人の中に、何人も尻尾の生えた人はいた。

 色は人それぞれで違うし、形は似ているようで細かいところが違う。

 刺々しかったり、丸みがあったり…。

「え? あ、その…。あの答えは「竜種(りゅうしゅ)」です。手と足の指に鋭い爪と鱗と甲殻を持ち、竜の尾を持つ種族の人たちの事をそう呼びます」


---[20]---


 俺の話しかけた意図を知ってか知らずか、驚いた様子を顔に浮かべながらも、フィアは質問に答えてくれる。

「人は魔術操作の面が優れていて、竜種は身体能力が優れています。柔の人に剛の竜と言った所でしょうか。後は「竜戻り(りゅうもどり)」という力を、竜種の方達は持っています。といっても、できるようになるまでに長い期間と、厳しい鍛錬を有するのでできる人は少ないですが。その他の食事等の生活面や、寿命や魔力機関等に関しては、人種も竜種も変わりないです」

「ふ~ん。つまり脳筋てことか」

「のう…きん…?」

「いや、こっちの話。その人種と竜種以外に何か種族とかはいるの?」


---[21]---


「いえ。私たちのように言葉を交わし文明を築いている中では、それ以外に種族がいるという事は聞きませんね」

「ふ~ん」

 王道なファンタジー物のゲームとかなら、ここに小人とかエルフとか何かしら居てもいいと思ったが、そういうものはないか。

『なんだ? 姉さん、そんな当たり前の事聞いても、試験の勉強にはならねぇだろ』

 俺達の会話が聞こえていたか、操舵手の尻尾の生えた方の男性が、その漕ぐ手を止めずに後ろに座る俺達に軽く顔を向けながら、会話に入ってくる。

 竹傘のような木製の帽子を深く被っているせいで顔の全体を見る事は出来ない。

 しかし、見た目から伝わってくる暑苦しさ、日焼けした褐色の肌に鍛え上げられた腕、いかにもスポーツマンと言ったような容姿だ。


---[22]---


 そんな彼の位置と今座っている場所は、そんなに離れているわけでもないし、話が聞こえないという方が変な話か。

「ん? あ~、いろいろと事情があるらしく、私自身ほとんど記憶がないの」

 まぁ嘘は言っていない。

「マジか…、そりゃあ難儀だな。まだ若いのに…。おっと、不幸があったなら湿ったらしくなるのはやめねぇとな。わりぃ…。で、姉さん達、その服装からして「フェレッツェ」の軍生だよな」

「ええ」

「フェレ…何?」

「フェレッツェ、さっき話した私たちが在籍している兵士育成学校の名称です」


---[23]---


「へぇ~」

 一応名前はあったのか。

「学校の方まで行くのかい?」

「最終的な目的地はそうですけど、まずは見守りの樹へ向かいつつ周辺の案内をしているところです」

「ほ~。じゃあ俺が案内の手伝いをしてやろうか?」

「申し出は嬉しいですけど、お仕事の方は…?」

「あ~。大丈夫大丈夫。俺、今日は次の乗合所で仕事終了だから」

「で、でも」

 フィアが困ったような表情でこちらを見て来る。


---[24]---


 その表情が、どういう意味を持っているのか、正直わからない。

 断れなくて助けを求める顔なのか、俺と言う存在の事を気にしているからか…。

 同意か拒否か、フィアのそれに俺はどう答えればいいのだろうか。

「私は大丈夫よ。案内を手伝ってもらえればマーセルも少しは肩の荷が降ろせるというか、楽が出来るんじゃないかしら」

 雰囲気的に悪い人には見えないし、言ったようにフィアに楽をさせられるだろう。

「じゃあ決まりだ。姉さん達はどこで降りる?」

「・・・。3つ先の乗合所です…」

「おう! 降りたら待っててくれ。すぐに行くからよ」

 そう言って自分の船を漕ぐのに集中する男性。


---[25]---


 もう1人の操舵手の人に怒られているのを尻目に、横のフィアを見ると、いかにも残念そうな表情をしていた。

「ダメだった?」

「い、いえ。リータさんの気持ちは伝わりましたから。配慮ありがとうございます」


 それから次の乗合所に着き、また後でな…と元気よく叫んで消えていった男性、その様子に見かねて同乗していたもう1人の操舵手の人が、申し訳ない…と謝ってくる始末だ。

 乗合船を降りてから、その男性を待つ中で1つ気付いた事がある。


---[26]---


 素直に男性を待つのかと言う事はそこらへんに捨てとくとして、どこに行っても見守りの樹は見えるが、それ以外の緑が基本的に見当たらない。

 たまに家の窓付近に置かれた花瓶とか、活けられた花とかは見るが…。

 敷き詰められた石畳、レンガとか石作りの建物達、花壇とかそういうモノがあっても良いと思うし、道に等間隔で木を植えて並木道とかにした方が雰囲気も出るだろう。

 だがこの街にはそういう類のモノが見当たらなかった。

 あと、基本的にこの街は平坦だ。

 坂もなければ、2階建てはあってもそれ以上の建物もない。

「それは…」

「その疑問、俺が答えよう」


---[27]---


 疑問をフィアに尋ねた時、見計らったかのように、あの男性が俺達の前に小舟で現れる。

「木々を街中に植えていない理由は、この世界に魔力が溢れているからだ。万物の力である魔力、人間はその魔力を、魔力機関を通じて体内に取り込んで消費し…制御するが、木々達はそういう事が出来ない。魔力を吸って吸って吸いまくって、あっという間に大きくなっちまう。昔、小枝を植えてみたら、次の日の朝には自分の身長を超えていた…なんて話も、嘘か真かあるぐらいだ。下手に植えまくったら、街があっという間に木々まみれになるってわけさ」

「へぇ…」

 同じ説明でも人が変われば印象も変わるものだ。


---[28]---


 いや、彼も普通にしゃべっているだけなんだけど、なんていうか暑苦しい。

 声量とか声圧とかそういうのではなく、彼自身の見た目のせいで…。

 私服であろう服に着替えている彼、黒髪のベリーショートヘアーにダークブラウンの目、赤茶色の色をした尻尾、一言でその容姿を表現するなら、夏休みの折り返し頃の海にいるレスキュー隊員の人、だ。

「じゃあ行く前に自己紹介しておこう。俺は「ドゥー・ダイ」、まぁドゥーって呼んでくれ」

「私は、フェリス・リータ、呼び方は何でもいいわ」

「よろしく、フェリス」

 ドゥーに差し出された手を握り、俺は軽く握手をする。


---[29]---


「で、フィア、どこから案内する?」

 俺の手を放してすぐ、ドゥーはフィアの方を向いて尋ねた。

「ん? 2人は知り合いか?」

 俺がわかっている範囲で、ドゥーの前ではフィアの事を、マーセルとしか言っていなかったはずだ。

 でもフィアの名前を知っているという事は、そういう事なんだろう。

「そうだなぁ。簡単に言えば先輩後輩って感じだ。俺は元軍人でね。まぁ今は、しがない乗合船の操舵手だが」

「なるほど」

「すみません…。さっきはまさかダイさんが操舵手をしている船とは知らず、それに気づいたら今度は驚きで…」


---[30]---


 フィアが申し訳なさそうに頭を下げる。

「頭を下げられても困るんだが」

 とりあえず、この人の身の潔白が証明された。

 印象だけでは全ては知れないし…、俺がいう事でもないが。

「じゃあ、案内…してもらえる?」

「おう。さぁ乗った乗った」

 しかし、フィアやエルンに対して話している時はさほど気にならなかったわけだが、ドゥーと話している時は、その口調に違和感を覚える。

 女々しいというか、男らしくない口調に所々なっているような気がする…、まぁ今俺は男ではなく女なんだが…。

 そういう…、女だから…男だから…とか、フェリスでいる事の影響…をそういう所でも受けてるのだろうか…。


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