第二章…「その知らぬ世界へ。【2】」
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「・・・」
あれからどれだけの時間が経った?
一瞬だったようにも思えるし、とてつもなく長い時間が過ぎたような気もする。
ぐわんぐわんと、遠心力を生かして振り回されたような感覚、車酔いをしたかのような対処のしようがない吐き気。
「・・・!」
ゆっくりと瞼を開けて、状況を確認しようとした時、その状況を理解する前に反射的に体が動いた。
何せ、息をしようとした瞬間に気管に大量の水が流れ込んできたからだ。
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軽いパニック状態の中、俺は自分にとって上だと思える方向に体を起こす。
「ブハッ!」
水面から体が飛び出して、気管の中に入ってしまった水を何度もせき込みながら吐き出す。
意識がある分、その苦しさに悶絶してパニックを引き起こすのだ。
「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ…」
息苦しさの次に来るのは、咳のし過ぎで起きる喉の痛み。
「はぁ…、んく…、はぁ…」
顔全体が水まみれで目もあけられず、おまけに水以外でよくわからないものが顔やら首やらに纏わり付いて気持ち悪い。
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これでもかと何度も呼吸をしてから、俺は水と一緒に顔にある違和感を全て排除しようと試みる。
自分の家で、風呂に入っていて溺れそうになる。
ヒートショックが原因なら、まだ不幸な事故で済むが、溺れるというのはごめんだ。
そんなつまらない原因で死にたくはない。
「イタッ…」
がむしゃらに顔を拭っていてひっかいてしまう。
「・・・?」
それ自体にもまた違和感を覚えた。
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爪でひっかいたような痛みではない。
何か尖ったようなモノでひっかいたような痛みだ。
俺は訳も分からず、目をゆっくりと開けて自分の手を見る。
普通なら、何の変哲もない男の手の平が見えるはずなのだが、そこにあったのは普段見ている俺の手とは明らかに違った。
手の大きさは一回り小さいし、肌の色が気持ち白くなったようにも見える。
風呂に入っているのだから、少しは高揚して紅くなっていてもおかしくはないのだが…。
そして何より、そんな自律神経の影響等の違和感よりも、見た目の違いに驚く。
指先が人のモノとは明らかに違うのだ。
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尖った爪に白い甲殻に鱗、お世辞にも人の指とは言えないそれに、俺は言葉を失った。
それは一言で言えば竜の指のような感じだ。
指の付け根から指先まで、関節の邪魔にならないようにそろった甲殻と鱗は妙に刺々しい。
試しに取れないか触ってみるも、そんな気配はなく、むしろそれが自分の肌だと言わんばかりに、触られたという感触が伝わってきた。
「なによ…、これ…」
今、完全に俺の視野は「狭い」の一言だ。
思わず、誰かに答えを求めるように、口から言葉がこぼれる。
だがそこにも明らかな違和感があった。
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口調もさる事ながら、何より「声が高い」。
ヘリウムガスを吸った事でなる高音ではなく、これは明らかな「女性」の声。
「あー、あー」
自分が声を発したよな…と、疑問を頭に浮かべながら、喉に手を当てて何度か声を確認する。
それを何回繰り返しても、いつも聞いている自分の声とは掛け離れたモノが発せられた。
おまけに、今まで視線が自分の手だけを直視していただけだったために気付かなかったが、その視線の端でチラッと見えた自分がいる場所にも違和感を覚えた。
何処にでもあるような風呂場だったはずの家の風呂、しかし今自分がいる場所は、石造りで家の風呂場よりも広い、そして人1人が入れる浴槽が3つほど並んでいて、他の部屋か何かに続く扉が1つある。
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というか、さっきまで自分自身が風呂に入っていたから、ここが風呂場だと思っていたが、よくよく感じてみると、自分が浸かっているモノはお湯ではなく水に近いモノだった。
思わず、頭で処理しきれない驚きを緩和するかの如く、驚きという衝撃を体で表現するように、一言で言って「立ち上がって」しまう。
アニメでよく驚きのあまり足腰の悪い老人が全速力で走り去るギャグ演出があるが、今俺はそれを体現したようなものだ。
でも不思議だ。
立ち上がるだけなら、片足が不自由だったとしてもできる、でもそれだって健康な足に重心を置くからこそできる事だ。
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だが、今の俺はそんな重心をずらすなんて事をせずにしっかりと両足で立っている。
「なん…で…」
今、自分に降り掛かっている出来事が理解できない。
俺は恐る恐る自分の足を見る。
しかし目的の足を見る前に二つの大きな膨らみが俺の視界を遮った。
「・・・」
可能性としてはあったかもしれない。
あったかもしれないが、金槌で殴られるような衝撃を連続で出されては、順を追っていったとしても、頭が理解なんてできるはずもない。
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元々あった俺の筋肉の胸はなりを潜め、形の良いたわわな女性の膨らみである胸へと変わっていた。
濡れた灰色の長い髪が肌に張り付いて妙にエロさを引き立たせ、下半身の方へ目をやればそこにあったはずのナニまで無くなっている。
「・・・」
足がどうとか、もはやどうでもいいレベルだ。
反応に困る…、空いた口が塞がらない、目が点。
考えたって答えなんて出ない、出せるわけがない、考えるのをやめよう。
出ない答えを探すより、「胸が良い形しているな」とか「大きさは手の平から少し溢れるぐらいで丁度良い」とか考えていた方が、よっぽど自分を保てるというか、本来あるべき性別よろしく男らしい反応だろう。
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でも、最後に本来あるべき自分の姿も忘れて、1つだけやりたい事がある。
一端、頭の中をリセットするために気持ち的にもスッキリとしておきたい。
「なんじゃあああぁぁぁ! こりゃあああああぁぁぁぁ!」
だから俺は思いっきり叫んだ。
今この瞬間、近くに誰か俺の疑問を解消してくれる人がいる事を信じて…。
「うるせええぇぇーんだよッ! ゴラァッ!」
そして、自分の後方にある唯一の扉から、1人の女性が眉間にしわを寄せて、明らかに不機嫌な表情で出てきて言い放った。
「こっちは寝不足なんだ! 少しだああぁぁーってろ!」
明らかに不機嫌な表情は行動にまで現れ、近くにあった桶を掴むと、全力で俺に向かって投げつけてきた。
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「んがっ!」
それは見事に俺の顔面に命中、パカーンッという耳に心地よい音を響かせて、桶はぶつかった衝撃で空中分解、俺は激痛とともに後ろへと倒れこみ、不幸にも後頭部を強打して意識が飛んで行った。
「いってぇ…」
次に目を覚ました時、自分に目に入ってきたのは見慣れた風呂場だった。
「・・・・」
一瞬、頭の中が真っ白になってぼーっとする俺。
それはまるで、朝起きた時の頭の中がふわふわとした感覚に似ている。
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「・・・・・・・ッ!」
意識が覚醒した時、急にいろいろな情報が頭の中に叩き込まれ、自分の状態を急いで確かめなければいけない衝動に駆られて立ち上がった。
そこまでは良かったが、入っていた浴槽から勢いよく出ようとした時、右足が動かないせいで勢いよく転んでしまう。
「いてぇ…」
なんとか手を出す事ができて、被害を最小限にする事は出来たが、問題はそこではなかった。
これが現実だ。
ふと頭に浮かんだ言葉がそれだった。
---[38]---
改めて今度は転ばないように風呂場を後にする。
驚き、混乱していた所に現実が突きつけられて、気持ちが一気に冷めた。
あれは夢だろう。
結論はそれだけだ。
あの夢が無駄にリアルで、痛みだってあった。
だがあんな場所を俺は知らないし、そもそも俺は女じゃない。
風呂を上がる時、一応付いているかを確認してしまったのは言いようのない屈辱感を覚えたが、付いているのが当たり前なのだとある意味安心する。
「いてぇな…」
だが不思議な事もある。
---[39]---
風呂場で転ぶ時に受け身を取ってもぶつけた場所は痛くなる。
でも転んだ時にぶつけていない、顔面と、後頭部が妙にひりひりと痛む。
鏡で確認しても顔に異常はないし、後頭部を触ってもたんこぶやケガがある様子はない。
「・・・・はぁ」
なんだか今日はドッと疲れた。
しかし考えていてもしょうがない。
さっきのは夢、風呂場でうたた寝して見てしまった妙に現実味があってエロい夢、ただそれだけ、そう結論付けて、俺は家の戸締りを確認してから、自分の布団の中へと入った。
風呂に入る前から妙に体が怠かったし、きっと日頃の疲れが出ただけで、さして問題はないだろう。
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現実味があるからこそ信じがたい、俺は夢という結論を揺るぎないモノにするために適当な理由をあちらこちらから引っ張って貼り付ける。
リアル過ぎて痛覚が反応しただけ、知らない場所だったけど雰囲気的に風呂場のような場所だったし、俺は風呂場で寝たのが原因だ。
そう…夢だ。
でもそんな夢でも、夢であったとしても、あの時両足で立っていたというのは思い出すだけで心地よい。
失ってもう取り戻せないはずのモノを手にする夢、可能ならもう一度見てみたいものだ。
あの夢の中で、俺が女であったとしても、そんなことは夢であるのなら些細な事だ。
---[41]---
夢、その単語で思い出す。
学校からの帰り道で出会った夢を贈る商売をしている老婆の事を、ありえない話だが、これがもしあの老婆のくれた夢ならば、今度会った時にお礼を言いたいものだ…。
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