39 黒装束の集団
「大変……っ!! 向こうから、武器を手にした黒装束の集団が走ってくるっ!」
天空、玄武、白虎の三天将同時攻撃で阿祇波毘売が苦しむ中、予期せぬ方向から迫り来る怪しい一団。
焦った私は声を上ずらせた。
「真瑠璃、落ち着けっ! 俺の目にもちゃんと見えてる。あれは人間だ!」
歯を食いしばって印を結び続けていた欧理が、横目でその集団を視界に捉えるとそう叫ぶ。
「えっ!? 人間? だって、ここは関係者以外立入禁止じゃ……」
「
狼狽える私の横で、式盤を操る手を止めてその集団を凝視していた在人さんが、歓喜の交じる声を上げた。
よくよく目を凝らすと、二十人ほどの集団は黒い法衣を纏い、角材の束を抱えた僧侶の方々で、先頭にいる慶胤和尚が彼らを率いているようだった。
「その表情ならば、どうやら善戦しておるようじゃの」
私たちのすぐ傍まで来ると、慶胤和尚は息を切らせつつ、安堵の表情を見せた。
「和尚、どうして僕らがここにいるとわかったんです?」
在人さんが問うと、和尚は茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべる。
「わしの勘を見くびるでない! ……と言いたい所じゃがの。先ほどたまたま見かけた陰陽寮の職員に、おぬしらの居場所を聞いたのじゃ。近頃は陰陽寮のような古臭い官庁でも、随分とハイカラな機械を使うのじゃな」
和尚が言うのは、対御霊鬼戦に備えて陰陽寮が用意したGPS発信機のことだろう。
スマホアプリの専用マップ上には五芒星結界と九字紋の戦線が色分けされた線で表示されていて、GPS発信機を携帯した陰陽師や陰陽寮職員の位置情報をリアルタイムに確認することができる。
うちのチームは在人さんが代表してそれを持っているのだけれど、救援要請や各チームの動きなどが把握しやすくなっていたりして、陰陽師の戦い方も時代の流れに沿って進化しているのだ。
和尚は目を眇めて空を見上げる。
「わしの目には黒い邪気と白銀の清気がぶつかり合うているようにしか見えんが、今は清気の方がいくらか優勢のようじゃな。御霊鬼の出現に備え、わしら密教系の仏僧も宗派を越えて集結し、加持祈祷を行う準備を進めておった。すでに数十人の仲間が手分けして九字紋の戦線上で祈祷を始めておるが、わしらもここで
「ありがとうございます! 現在欧理が六壬神課の天将を使い、阿祇波毘売を取り囲んでいるところです。皆さんからの加持をいただければ、戦況をさらに有利に動かすことができます!」
在人さんがそう告げるや否や、僧侶の皆さんが各々手にしていた角材のような護摩木をあっという間に井桁に組み上げて火をつけた。
その間も、上空では天将達による阿祇波毘売への攻撃が続いている。
欧理は歯をくいしばり、印を結んだままの手で流れる汗を拭うこともなく、空を見上げ続けている。
程なくして、僧侶達の読経の声が響き始め、護摩木から上がる煙炎が空へと上がっていく。
私も護符入れを握りしめ、不動明王の真言をひたすら繰り返しながら欧理を見守った。
「くうっ!」
歯を食いしばる欧理の口から声が漏れたと同時に、阿祇波毘売の炎にぶつかる銀氷の礫が格段に増えた。
「阿祇波毘売の纏う炎が消えた!」
私の声に、すかさず欧理が刀印を空にかざし、「白虎!」と叫ぶ。
阻む炎のなくなった阿祇波毘売の首に、飛びかかった白虎が深く牙を食い込ませた。
『ぐああぁぁっ』
阿祇波毘売は苦しげな叫びでびりびりと空気を震わすと、人の形をしていた核を再び黒い煙へと変え、風に流れるように逃れていく。
「白虎に噛まれた阿祇波が煙に姿を変えた! 北の方角に逃げようとしています!」
「今が勝負の賭けどきだ。追うぞ!」
「すぐ北の交点では
在人さんの指示を背に受け、欧理が植物園の出入口に向かって走り出した。
「あっ、待って!!」
慌てて欧理を追う私の後ろで、在人さんが慶胤和尚達にお礼を伝える声が聞こえる。
天将の行方を追えば在人さんが私たちを見失うことはないだろうから、私はとにかく欧理から離れないようにと、散策路を駆け抜けて植物園の外へ出た。
「しっかり掴まってろ!」
ヘルメットを被り後ろに跨った途端、バイクのエンジンをかけて待っていた欧理がアクセルをふかして発進する。
狭い路地を右に左にと曲がりながら駒込方面へ。
角を曲がる度に左右に振られ、私は必死で欧理の背中にしがみつきつつ、阿祇波毘売と天将たちの行方を見守る。
確か
「天空! 白虎! 玄武! 北東へ追い込め!」
上空で揉み合う一団に白山通りで追いついた欧理が、一旦バイクを停めてヘルメットを外し、刀印をもって指示を出す。
阿祇波毘売にもつれ絡み合う天将たちは、その声を聞いてか聞かずか、黒煙と共に徐々に西へと進む方角をずらしていく。
「時々阿祇波毘売の呻き声は聞こえてくれけれど、まだ黒い煙は大きいままだよ。このままだと大凶方面の北西へと流れちゃう!」
「せっかく天将たちが追い込んでいるんだ。このまま北西方面へ追っていく。池袋に “臨” と “兵” の交点があるから、そこで戦えばいい。発進するぞ!」
勝利を焦る欧理の横顔に、ほんの一瞬嫌な予感がよぎったけれど、私を不安にさせるその表情はすぐにヘルメットに覆われた。
私たちは急遽進路を西に取り、都内有数の繁華街である池袋に向かってバイクを走らせた。
***
池袋界隈はこの日も多くの買い物客やビジネスマン、サンシャイン方面への観光客でごった返していた。
「“臨”と “兵” の交点へ向かうぞ!」
サンシャインシティの真ん前でバイクを降りた欧理に続き、ビルへと駆け込む。
この建物の屋上にある水族館にその交点はある。
下層階の商業施設は通常営業しているようで稼働中のエスカレーターを駆け上がることができたけれど、水族館は警察によりすでに閉鎖されていて、私たちは規制テープをもどかしくよけつつ停止したエスカレーターを上っていった。
屋外プールゾーンへ出ると、北西のビル上空に激しく蠢く黒煙と、それを囲む三天将の姿が見えた。
「阿祇波毘売はまだ抵抗してる。でも、
「よし、ここで一気に勝負を賭ける! 天空、
勝機と見るや、欧理は三天将にすかさず指示を放ち、
「オン マカ キャロニキャ ソワカ!」
天空が銀の霧となり、玄武が雨を降らせ、黒煙が人の形の核に姿を変えたところで白虎が阿祇波毘売に飛びかかる。
「白虎の牙が黒い核の首元に食い込んだ!」
今度こそ決まるかもしれない。
そんな期待が胸に湧きつつ、できるだけ冷静に実況を続ける。
『ぐきゃあああぁぁぁ』
断末魔のような叫び声と共に、阿祇波毘売が白虎を振り落とそうと暴れ始めた。
「欧理っ! 阿祇波毘売を封印するならきっと今だよっ! 早く神符を!!」
御霊鬼を封印して祠に運ぶための神符は欧理と在人さんそれぞれが持っていたはず。
なのに、欧理は袱紗からそれを取り出す素振りもなく、さらなる攻撃を天将に指示した。
「天空っ! 白虎を……助けろっ!!
かざす刀印の手は震え、尋常ではない汗を滴らせて叫ぶ欧理。
その鬼気迫る横顔が私の不安を再び押し上げる。
「欧理っ! なんであいつを封印しないのっ!?」
「封印じゃ生ぬるい……奴を……阿祇波毘売を……今日この戦いで、完全に滅する……っ!」
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