37 勝利への確信
もう駄目だ────
と思った。
閃光で目の前が真っ白になり、雷に打たれたとばかり思ったのに、ビリビリとこめかみに伝わる振動にはっとして見上げると、雷光は消え、銀色に輝くドーム型の結界に私たち三人は守られていた。
あれ?
状況が把握できずに辺りを見回すと、数メートル先に停車したパトカーの方から、平安貴族のコスプレをした男性がこちらに駆け寄ってくるのが目に入った。
あの出で立ちとマロ眉は────
「賀茂さんっ!!」
私たち三人が叫ぶのと、パトカーの運転席から凛子さんが出てくるのと、数台のパトカーがこちらへ向かうサイレンが聞こえてくるのとはほぼ同時だった。
「間一髪でしたな。ご無事でよかった」
賀茂さんからは、自身が担当した五芒星結界を三日前に完成させたと連絡があったはず。
御霊鬼の出現を知り、結界の見回りに出てきたところだったんだろうか。
臨時総会で見た時には滑稽で仕方なかったマロ眉が、助けてもらった今はとても頼もしく見えるから現金なものだ。
「助かりました! ありがとうございます」
在人さんがほっとした様子でお礼を伝えると、凛子さんも安堵の表情を浮かべて賀茂さんの隣へと駆け寄ってきた。
「五芒星結界は絶対に破られない自信があるから、今日は阿祇波毘売封印チームのサポートに入りたいって彼が言ったのよ。間に合って本当に良かったわ」
「今の攻撃は何とか防ぎましたが、やはり阿祇波毘売の霊力は他の御霊鬼を遥かに凌ぐようですな。五芒星結界によって霊力が減じていても、これほどの凄まじさとは……」
それを横目で見遣る賀茂さんの顔が険しく歪む。
戦況は依然こちらが不利なのかも、という不安が頭をよぎった時、頭上から再び雷光が放たれた。
「きゃあぁっ!!」
思わず目を瞑り首を竦めたけれど、今度は衝撃が伝わってこない。
見上げると、先程召喚に間に合わなかった大陰がいつの間にか空に浮かんでいる。
その姿はまるで羽衣を纏った天女のごとく妖艶でありながら、弓張りの月の形をした大きな刀を両手で高く掲げていた。
あの黄金の刀剣で雷光をはねのけたというのだろうか。
「阿祇波毘売の力が減じていようがいなかろうが、俺たち三人で勝つことはできる」
二体同時に天将を召喚した負担から、額に汗を滲ませ息を切らした欧理が不敵に微笑む。
「ちょっ、欧理! そんな強がり言って──」
「ただ、賀茂さんがいれば、勝つのがそれだけ楽になる。そういうことだ」
命の恩人と言っても過言ではない賀茂さんを前に平然とそう言ってのける欧理に半ば呆れつつも、彼のその絶対の自信に、心を覆いかけていた不安が嘘のように消え去っていく。
「欧理、軽口を叩いてる暇はないよ。防戦一方じゃあれを封印することはできない。今この状況での最善を見つけることにしよう」
在人さんまでもが、切羽詰まった言葉とは裏腹に淡い微笑みを浮かべて式盤上の半球を回している。
隣に立つ欧理が、阿祇波毘売の覆いかぶさる靖国神社の方角を指さした。
「靖国神社の北に “闘” の戦線があるだろう。そちらに移動して、攻撃型呪術の効果を高めるというのはどうだ」
「今日は
御霊鬼が相手なだけあって、在人さんの式占では悪い結果しか出ていないらしい。
どうりで在人さんは式占の判断材料となる四課三伝をここ数日で何度も作り直したり、戦いの間もしょっちゅう式盤を操っていたわけだ。
けれども、そんな危機的状況の中でも、二人の眼差しが不安に揺らぐことは僅かもなく、勝利への確信に満ちている。
「しかし、全方位凶のうちで、 “闘” の戦線のある北は小凶。末凶や大凶の方角よりは望みがある。ここから動いてみない手はないな」
欧理と在人さんのやり取りを聞いていた賀茂さんが、「ならば」と声を上げた。
「お三人が戦線を移動する間、この “皆” の戦線にて、私が阿祇波毘売の攻撃を食い止めておきましょう。ここは愛染明王の加護を受けた戦線ですから、戦没者の慰霊にうってつけの浄化結界を張ることができますゆえ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、この場は賀茂さんにお任せします!」
在人さんの言葉を受けて、私と欧理も賀茂さん夫妻に一礼した。
「御霊運をお祈りします!」
いつものように激励の言葉を私たちに向ける凛子さんは、引き締まった表情の中に “あなた達ならば大丈夫” という絶対の信頼を滲ませていた。
「真瑠璃さんも本日は
浄霊結界を張るための九字を結び直した賀茂さんも、おどけたように微笑んでみせる。
みんなが勝利を疑うことなく、心をひとつにして戦っている。
「賀茂さんと凛子さんのご霊運もお祈りしてます!」
それに応えようと私も元気いっばいの笑顔を見せてから、バイクに駆け戻りヘルメットを装着した。
「戦線の各交差地点は、既に警視庁の方で一般市民への侵入規制を始めているわ。陰陽師を名乗れば規制線内に入れてもらえるはずだから、よろしくお願いします!」
凛子さんのフォローを背中越しに聞きながら、バイクは “者” と “闘” の交点のある小石川植物園を目指し、未だ絶え間なく産み落とされる怨霊集団を猛スピードで迂回して進んだ。
***
賀茂さんの張ってくれた銀の結界に覆われているおかげで、阿祇波毘売に気づかれることなく靖国神社の北側へと回り、小石川植物園の入口に着いた。
バイクを横付けて中に入ろうと駆け寄ると、入口には立入禁止のテープが張られ、二人の警察官が立っている。
「陰陽師の弓削です!」
在人さんが名乗ると「どうぞ中へ」と促され、軽く会釈してからテープをくぐって中へ入った。
様々な種類の木々が並ぶ散策路を走っていくと、芝生の上に赤みを濃くした空気の溜まる交点が見えてきた。
そこに飛び込んで南の空を見上げたけれど、林立するビルに阻まれて、靖国神社上空を覆う阿祇波毘売の黒煙を見ることはできない。
「だいぶ離れたけど、ここからどうやって攻撃するつもりなの?」
欧理に尋ねると、彼はすっとぼけて「さあ?」と首を傾げた。
「 “さあ?” って今さら!? 勝機があるからここまで来たんでしょ!?」
「勝機はこれから作る。せっかく賀茂のおっさんが時間を稼いでくれてるんだ。今この場で考えうる最善の策を見つけないとな」
欧理の言葉に在人さんが頷いた。
「未来は常に変動している。たとえ僅かな勝機でも、そこに向かっていけば式占の結果も都度変わっていくからね」
二人の言葉に嘘はない。
そう信じることができるから、こんな緊迫した戦いの中でも私は自分の身を置いておくことができるんだ。
「それじゃ早速この
式盤を取り出す在人さんの王子スマイルに、「はい!」と返事をして駆け寄った。
「ほらっ! 欧理も早くこっちに来て! 賀茂さんが時間を稼いでくれてるとは言っても、一刻も早く攻撃に転じるのに越したことはないでしょ」
欧理をせかすと、袱紗から出した呪符らしき式紙をじっと見つめていた彼は「ああ」と短い返事をし、それをジャケットの胸ポケットにしまい込んでから私の隣にやってきた。
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