35 戦略会議のまとめ

【戦略会議のまとめ】


☆凛子さん(32)は既婚者だった。

☆凛子さんのご主人は、内閣付陰陽師(正装はマロ眉)で、彼女より十五歳年上の賀茂さんだった。

☆しかも、二人の間には今年五歳になる娘さん(琴子ちゃん)までいた。


 ……って違う!

 他にまとめなきゃいけないことあるでしょーが!


 戦略会議の後、そのままホールで夕食を取り、それから部屋に戻ってシャワーで汗を流した私。

 一息ついた今は、携帯で撮影した打ち合わせ用の地図の画像を眺めながら、今日の会議の内容を “浄霊ノート” にせっせとまとめている。


 浄霊ノートというのは、首相夫人の祓いの前に欧理から資料読破の課題を与えられ、大ガエルの一件で欧理と言い合いになった後、心を入れ替えて猛勉強したときに作った自習用ノートのことだ。


 陰陽寮に提出する正式な浄霊報告書はいつも在人さんが書いているけれど、陰陽道や御霊鬼の知識に乏しい私は、浄霊や打ち合わせを通じて学んだことを、自分なりにこのノートにまとめて復習に役立てているのだ。


 …………なんて偉そうに言いつつ、実際は義仲の浄霊後にノートを書いて以来、すっかり放置して存在すら忘れかけていたんだけどね。


 今日、改めて欧理のバディとして御霊鬼達との決戦に臨む闘志が湧いたことで、浄霊ノートの存在を思い出し、活用しようと引っ張りだしたんだ。


 そんなこんなで思わずまとめてしまった凛子さん一家の衝撃的な情報を眺めつつ、今日一日の出来事を振り返る。


 今日は本当に色々とあった一日だったな。

 計祝さんのお墓参りに行ったことで御霊鬼の仕掛けた怨呪結界を見つけることができ、その解呪に羽田まで行って。

 怨呪結界の存在がきっかけで、知らず知らずのうちに自分のうちにたまっていた不安やプレッシャーが決壊して、それを欧理に受け止めてもらって──


 そこまで思い返したところで鮮明によみがえるのは、私を励ます欧理の言葉と、私を強く抱きしめる彼の腕。

 体を離した後、真っ赤になっていた彼の横顔……。


 ヤバい。

 また動悸が激しくなって、体温がみるみる上がってきた。


 超照れ屋で野良猫みたいに人を寄せつけない欧理があんなことするなんて、在人さんの頭ポンポン以上に破壊力あるよなあ……。


 ……なんてぼーっとしてる場合じゃなかった!

 せっかくやる気になってるんだから、まとめ、まとめ……と。




 改めて、

【戦略会議のまとめ】


☆五芒星結界……境界である将門の首塚を中心に据えた結界

(地図上の青い線を参照)

 御霊鬼を完全に封じ込める強固なものではなく、おびき寄せて一網打尽にするために霊力を削ぐ程度の微妙な強度に調整する。

 賀茂さんが責任者。


☆九字紋……御霊鬼封印のための陣形

(地図上の赤い線を参照)

 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前の九つの戦線を、都内の縦横に格子状に張る。

 九字の一文字ごとに司る神仏に祈祷することで戦線が形成される。(各戦線の両端に祈祷担当の陰陽師を配置)

 御霊鬼封印チームのメンバーは、九字紋の戦線上で戦うこと。(自身の霊力と神仏の加護を高めることができる)


☆御霊鬼の封印方法……御先神みさきしん(神仏の使いとして怨霊や御霊鬼を常つ夜に導く神)の神符に封じ込め、所定の祠に神符ごと封印する。

 神符の作成は符呪の第一人者である安倍氏に陰陽寮より依頼の上、全陰陽師に配布予定。

 ※阿祇波毘売の封印先→熊野古道


 ここまでを浄霊ノートにまとめると、私は握っていたフリクションペンをデスクに置き、ふううっと長い息を吐いて伸びをした。


 よし。大体こんなもんかな。

 細かいことは書きだすとキリがないし、在人さんや欧理がいるから後はなんとかなるだろう!


 寝床を整えるために、そろそろリビングに向かおうと思った時だった。


 コンコンというノックの音に「はい」と返事をすると、ガチャリとドアが開いて在人さんの王子スマイルがひょっこりと見えた。


「真瑠璃ちゃん、欧理が眠いっていうから、今布団を敷いたよ。僕もそろそろ休むし、真瑠璃ちゃんも疲れてるだろうから今日は早く寝た方がいいよ」


「ありがとうございます。私もちょうどリビングに行こうと思ってたところなんです」


 そう答えて椅子から立ち上がると、在人さんはドアを大きく開けて私が廊下に出るのを待っていてくれる。


「真瑠璃ちゃん、今日何か良いことあった?」


「へっ!?」


 在人さんからの唐突な質問に、素っ頓狂な声を上げてしまった。

“良いことあった?” と聞かれて思い出すのは、またしても欧理の腕や顔。


「ななな、何にも! 何にもないですよ!?」


「そう? 解呪から戻ってきた時に、なんだか表情がいつも以上に明るくなっていたような気がするんだけどな」


 私の表情を窺いながら、くすくすと笑いを零す在人さん。

 その様子から、私の顔にどれほどの動揺が表れていたかは推して知るべしだ。


 けれども、在人さんはその理由を追及することなく、その澄んだ紅茶色の瞳で私をゆったりと包み込むように見つめた。


「鷹穂山で怨呪結界を見つけた時の真瑠璃ちゃんがすごく不安そうで心配だったんだけれど、吹っ切れたみたいで安心したよ。真瑠璃ちゃんが明るい笑顔を見せてくれると、きっとこの先も上手くいくって自信が湧いてくるんだ」


 在人さんにそう言ってもらえることで、私のテンションはさらなる上昇曲線を描く。


「そっか、在人さんにも心配かけちゃってたんですね。でももう大丈夫です。御霊鬼だろうが阿祇波毘売だろうが、いつでもかかってこい! って感じです!」


 並んで廊下を進み、リビングのドアに手をかけた在人さんがちらとこちらを見た。


「何はともあれ、真瑠璃ちゃんが元気になったのならよかった。……勝利の女神に微笑みをもたらしたのが僕でなかったことは、少し残念ではあるけどね」


「え?」


 悪戯っぽくそう微笑むと、在人さんはそうっとドアを開けて、すでに照明を薄暗くしたリビングへと入っていく。


 今の、どういう意味なんだろ……!?


 欧理が寝ているし、在人さんも「おやすみ」とさっさと布団に潜ってしまい、聞き返すタイミングを逃してしまった。

 仕方なく「おやすみなさい……」と小さく呟くと、欧理と在人さんに挟まれた自分用の布団に首を傾げつつ横たわった。




 そして、その九日後。

 日没間際の大禍時おおまがとき


 対決の時はとうとう訪れた。




 ***


「ありがとうございました!」


 カフェタイムの最後のお客様を送り出し、ドアの鍵を閉めた私はふうっと息を吐く。


「お疲れ様。今日はこの時期にしてはやけに涼しかったし、お客さんもそこそこ多かったね」


 伸びをする私に向かって、レジの精算業務をする在人さんが話しかけてきた。


「ほんと、もう秋が来ちゃったんじゃないかと思うくらいの陽気でしたね」


 そう返しながら厨房を覗くと、欧理が本日の夕食まかない式鬼しきたちと作り始めているところだった。


「お疲れ様。今日の晩ご飯はお魚?」


「ああ。商店街の魚屋でアジが安かったんだ。身が厚いし、フライにしようと思って」


「へえー。美味しそう! 私もなんか手伝おっか?」


「断る。こないだの唐揚げみたいに黒焦げにされちゃ堪らない」


 私の申し出をすげなく拒否する欧理。

 幼児用のステップにのっかってちょこまかと動き回る式鬼たちよりも使えないと思われているのはちょっと癪だ。


「飯ができるまでまだ時間がある。その似合わないゴスロリ衣装をさっさと着替えてきたらどうだ」


「言われなくても着替えますうー」


 べえっと舌を出し、二階へと続く階段を上りかけた時だった。


「地震……?」


 大地の震える音。


「欧理……っ!」

「これは──」


 足元から湧く振動。


「在人さん……っ!」

「これは地震じゃない……っ」


 突き上がり、さらに激烈に這い上がってくる怨気。




 これは……

 この感覚は────





「御霊鬼だっ!!」


 三人同時に叫んで店の外に飛び出すと、都の中心部、首塚のある方角から、生き物のように蠢く大きな黒い煙が天へ向かって昇っていた。


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