34 戦略会議

 私と欧理のドリンクを追加で用意してくれた在人さん。

 テーブルの上にそれらを置くともう一度カウンターの中へ戻り、今度は五人分のケーキ皿を運んできた。


「わあっ! レモンクリームタルト!」


 私と凛子さんが同時に歓喜の声を上げると、在人さんが王子スマイルを浮かべながら目の前にそれを並べてくれた。


「賀茂さん夫妻にはご多忙の中で出向いてもらってるし、真瑠璃ちゃんは今日もお手柄だったからね。この程度のねぎらいしかできなくて申し訳ないけれど」


「在人、俺の特製レモンクリームタルトをこの程度とか言うなよ。レモンの皮をすりおろしたり、タルト台を先に焼いたり、結構な手間がかかってるんだ」


 欧理の憮然とした抗議を「ごめんごめん」と穏やかに躱した在人さんが席に着くと、テーブル上に広げられた東京都心部の地図を元に戦略会議が始まった。


「本来ならば御霊鬼対策チームに名乗りをあげた皆さんを集めて協議をしたいところですが、如何せん時間がないし、多数の陰陽師の気が一箇所に集まるとまた御霊鬼の警戒を呼ぶことになる。というわけで凛子さんに相談し、結界術の第一人者である賀茂さんだけに今回参加をお願いした次第です」


 在人さんの視線に応え、マロ眉のない賀茂さんがゆったりと頷く。


「それについては家内から聞いて承知しております。船頭多くして船山を登るとも言いますし、計祝どののご遺言に沿った戦略ならば、他の陰陽師達にも異論はないでしょう。……して、私をこの場に呼んでいただけたということは、御霊鬼との対決には、結界に関しての策が肝要になるということですな?」


「その通りです」


 在人さんが地図の上に描かれた緑色の線を指し示して説明する。


「本日明らかになった敵の怨呪結界ですが、解呪の完了した二地点を含め、地図上に書き込んだ緑色の小円の範囲内にそれぞれの怨呪ポイントがあると式占で推測されました。まずはこれについて、賀茂さんのご意見をお聞きしたいのです」


 在人さんの説明をふむふむと聞きながら、賀茂さんは怨呪ポイントを結んだ地図上の緑の線を指で辿る。

 この二人の話し合いに口を挟む余地はなく、私も欧理も凛子さんも、レモンクリームタルトをもぐもぐさせながら賀茂さんの指先の動きを黙って見つめていた。


「この結界の形は……関東大震災の際に御霊鬼によって張られたものとほぼ同じですな。しかも、今回は呪を付した地点それぞれにも災厄を誘引するような仕掛けが施されているようです。敵の作戦としては、怨呪ポイントにおいて同時多発事故を引き起こした上で、ほぼ同時のタイミングで結界内に直下型地震を起こそうとしていたと考えられます」


「そっ、そんな……っ!」


 もしも御霊鬼達の思惑どおりに怨呪結界が発動していたら、飛行機事故やらケーブルカー事故、列車事故、トンネル事故などの大事故が各地で同時に起きると同時に、関東大震災並みの大地震が都心部を襲うことになっていたんだ……。

 そんなことになったら、消防も警察も自衛隊も大混乱、指揮系統はめちゃくちゃになって、それこそ首都機能が崩壊していたに違いない。


 血の気の引いた私を見て、賀茂さんが慌てたように補足する。


「そうは言いましても、本日あなた達が二箇所の怨呪を解いたことにより、結界そのものの効力はすでに失われております。聞けば、真瑠璃さんが最初に発動前の怨呪の存在に気づかれたとか。さすがは弓削家の誇る黒魔術師だけありますな。いやはや、お見事でした」


「あ、いえ、その……」


 私が欧理と在人さんの従姉妹でイギリス帰りのゴスロリ黒魔術師という設定はまだ生きてるんかーい!


 返事に困って視線を泳がすと、欧理がストローを噛み締めて必死に笑いを堪えてる。

 凛子さんまでニヤニヤしてるところを見ると、このまま旦那さんを騙し通すつもりなのか……。


 周囲のそんな反応を知ってか知らずか、賀茂さんがコホンと一つ咳払いをした。


「本日の解呪で直下地震の恐れはなくなりましたし、同時多発事故の時間的な繋がりも切れました。ただし、各地点に付された怨呪単体の効力は依然残っておりますゆえ、なるべく早急に解いた方がよろしいかと」


 賀茂さんのこの言葉に反応した凛子さんが即座に真顔に戻った。


「このメンバーは戦略全体の打ち合わせや準備があるから、各地点の解呪は他の陰陽師たちに早急に依頼しましょう。在人さん、この怨呪ポイントをスマホのマップに書き写してもいいかしら? 至急陰陽寮に地図画像を送って、依頼を出してもらうようにするわ」


「よろしくお願いします」


 在人さんの返事に頷くと、凛子さんは自分の携帯を取り出して地図アプリを開き、テーブル上の地図と睨めっこしながら操作を始めた。

 そんな彼女の横で、在人さんと賀茂さんの協議はさらに続く。


「怨呪結界への対応はこれでよしとして、賀茂さん、あなたにお願いしたいのは他でもない、祖父の遺した封呪にあった “守り” についてのことです」


「守り……すなわちこれもまた結界ということですな。して、計祝どのの封呪には何と?」


「これがその封呪です」


「“五芒星を以て守り、九字紋を以て討て” ──。つまり、御霊鬼に対しての守りには、五芒星の結界を張るのが最善と──」


 封呪を広げた賀茂さんが確認するように在人さんを見上げた。

 在人さんは大きく頷いて、地図上の青い線で描かれた星形の図を指さす。


「今回の怨呪結界の首謀者はおそらく都内に封印されている御霊鬼、平将門でしょう。仲間の御霊鬼を出現させるにあたり、怨呪結界を発動させることで多数の死者を出し、それによって生まれた怨気や霊気を自分達のエネルギーとして利用する意図もあったはずです。ご存知のとおり、彼の祀られている首塚は現世うつしよとこの境界となっており、封印の解けた御霊鬼達はここから現世へ侵出してくるものと予想されます」


「なるほど。ゆえに五芒星の中心を将門の首塚に据え、その境界を塞ぐわけですか」


 在人さんと賀茂さんの協議をひたすら黙って聞いていた欧理が、ここでようやく口を開いた。


「首塚にある境界を結界で塞げば、確かに御霊鬼達はそこからは出てこられなくなるだろう。だが、そうなると全国に散らばるどの境界から御霊鬼が出てくるのか予測しにくくなるし、封印チームの連携が取りづらくなる。したがって、“九字紋を以て討て” という戦略を完遂するためにも、賀茂さんに張ってもらう五芒星結界は、御霊鬼の霊力をある程度削ぎつつ、奴らが現世こちらへと出てこられる程度の微妙な強度でなきゃいけない」


 漆黒の瞳から放たれる鋭い眼光を受け、賀茂さんがニヤリと口の端を上げた。


「ほう……。これはまた難儀な要望ですな。その力加減、完全強固な結界を張るよりも高度な技術と熟練の勘が要求される。面白い、やってみましょう」


 穏やかな空気を纏うままに、細めた眼差しからは絶対の自信が垣間見える。

 おじさま萌えの趣味はない私だけれど、凛子さんが魅かれたであろう癖のある大人の独特の色香というのは何となくわかるかも……。


 ちらっとそんなことを考えた、ちょうどその時。


「きゃっ、もうこんな時間! 義行さん、琴子ことこのお迎えの時間になっちゃう!」


 ホールの隅で陰陽寮職員と話していた凛子さんが、携帯の通話口を手で押さえながらこちらを振り向いた。

 腕時計を確認した賀茂さんが慌てて立ち上がる。


「申し訳ない。娘を保育園へ迎えに行く時間になってしまいました。私はこれにて失礼いたしますが、凛子はこの場に残しておきますゆえ、この後の協議についてはどうぞ皆さんでよろしくお願い申し上げます」


「お忙しいところをご参加くださってありがとうございました。琴子ちゃんによろしくお伝えください」


「琴子に今度またレモンクリームタルト食いに来いって伝えてください」


 在人さんと欧理の言葉に柔らかな微笑みで応えると、軽く一礼した賀茂さんは凛子さんと手を振り合いながら鎮魂館レクイエムを出て行った。


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