第4章 御霊鬼との決戦
30 カフェの定休日
在人さんが目覚め、カフェ
今日はカフェの定休日。
けれど、私はいつもより一時間も早く起床した。
階下からは、すでにカタコトと微かな音が聞こえてくる。
私はそうっとリビングに敷かれた布団を抜け出て、自室で身支度を整えてから、厨房へと向かった。
「おはよー」
厨房の中を覗き込むと、すでに欧理が玉子焼きを作っていた。
「五時に起床して下りてこいと言っただろう。三十分も遅れてるぞ」
「だって、アラームを止めた時に、在人さんが起きそうになったんだもん。だからしばらく布団の中で大人しくしていたの。で、気がついたらこんな時間になってて……」
「そういうのを二度寝っていうんだ。それで、在人は起きていないか?」
「うん。今はまたぐっすり寝てる」
在人さんが
在人さんが目覚めた後はどうするんだろうって思っていたら、欧理が三人同室で眠ることを提案してきた。
在人さんもそれに同意したために、現在私たち三人は、共有スペースである二階のリビングに川の字に布団を敷いて眠っているのだ。
欧理と同室で寝ることにようやく慣れてきたところで在人さんまで一緒に寝るようになって、私の安眠は胸のドキドキにまたしても妨げられることになった。
二週間ほど経つけれど、いまだに緊張して眠りが浅いのか、アラームをかけてもしゃきっと起きられないのは仕方がない。
「それにしても、どうして在人さんを起こしちゃまずいの? お弁当作るなら、在人さんにも手伝ってもらえばいいじゃない」
昨晩、欧理にお弁当作りの手伝いを頼まれたとき、「在人は絶対に起こすなよ」とこっそり念を押された。
その理由を今ここで問うと、欧理はヘアピンで留めた前髪の隙間から覗く眉を歪めて不機嫌そうに呟いた。
「在人に食材を触らせるわけにはいかないんだ。あいつは壊滅的に料理ができないからな」
「ええっ!? そうなの? なんでも器用にこなしそうなのに、意外だね」
確かに、欧理は調理中に
「在人の場合、手先はそこそこ器用なんだが……。食材の切り方にしても、調理手順にしても、味付けにしても、すべてのプロセスで悪魔的センスを発揮する」
「へええ……」
在人さん、
そう言えば、私のカフェの制服になっているゴスロリ衣装だって選んできたのは在人さんだったし、それを可愛いと手放しで絶賛するのも在人さんしかいない。
在人さんの王子スマイルを思い出し、玉に
「米が炊きあがったな。真瑠璃はおにぎりを握ってくれ」
「はーい」
今日はカフェの定休日。
欧理と在人さんのおじいさんであり、先代の陰陽師である
***
「御霊鬼との対決が間近に迫ったら、吉日を占った上で自分の墓参りに来るようにっていうのが、祖父の遺言だったんだ」
そう言った在人さんが
お墓参りの吉日とされる日の中に、ちょうどカフェの定休日にあたる今日が含まれていた。
行き先は、最寄り駅から電車で一時間ほど離れた場所にある
都心から比較的近く、ハイキングコースが人気のこの山の山頂付近に弓削家のお墓があるそうだ。
お弁当を作り終え、起きてきた在人さんと三人で朝食を食べた後に
朝の通勤ラッシュが一段落した後の電車に揺られているのだけれど、欧理はさっきからずっと不機嫌そうに黙り込んでいる。
「ねえ、欧理……。いい加減機嫌を直してってば。おにぎりに塩と間違えて砂糖を振ったことは謝ったじゃない」
せっかくのピクニックを楽しみにして張り切ってお弁当作りを手伝ったのが、かえって欧理の機嫌を損ねたらしい。
居心地の悪い私はなんとか欧理の機嫌を取ろうと、半目になってる
「謝りゃいいってもんじゃない。お前、唐揚げだってダメにしただろう。火加減を見ずに揚げるから、作り始めの方は油の温度が低すぎてべちゃべちゃ、終わりの方は温度が高すぎて焦げ焦げだったじゃないか。同居する三人中二人がメシマズって、どんな罰ゲームだよ」
「う……面目ない……」
「まあまあ。唐揚げとおにぎりはコンビニで調達できたからいいじゃないか。人手が欲しかったんなら、僕に気を遣わず手伝わせてくれればよかったのに」
「メシマズ属性フルスロットルの在人にだけは絶対頼みたくないっ」
そんな会話を交わしつつ、電車を乗り継いで鷹穂山の入口までやって来た。
梅雨が明けたばかりで、太陽はこれからが本番とばかりにギラギラ輝いている。
けれども、ハイキング客で賑わう山麓にはすでに清涼な風が吹き、山肌を覆う木々の青葉は見るからに心地よい日陰を提供していた。
「うちの墓地は山頂から少し下ったところにある、
ケーブルカー駅の入口に掲げられた観光マップを指さしながら在人さんが説明してくれる。
御霊鬼との対決直前におじいさんからの加護を受けるというのが今回のお墓参りの目的なんだろうけれど、周りの空気や賑わい、そしてバスケットの中の手作り弁当(一部コンビニ食品を含む)が自然と心をウキウキさせる。
「さあ、行くぞ」
ここに来てようやく不機嫌レベルが通常運転へと戻った欧理に促され、ケーブルカーへと乗り込む。
車内は満員に近い混雑具合だったけれど、ケーブルカー初体験の私は、日本一の急勾配を誇るという線路をカタコトと上っていく車両に揺られながら、その傾きと風景を楽しんでいた。
そんな時。
「あ……っ?」
まただ。
くんっ、と首を引っ張られる感覚と、息苦しさが一瞬襲った。
この違和感、出雲からの帰りの飛行機で感じたのと同じだ。
「今のは……」
「うん。微かだけれど、霊気による違和感を感じたね」
乗客にこれといった反応が見られない中で、在人さんと欧理も僅かな異変に気づいたみたいだ。
「あの程度の霊気ならば、動物の死霊が磁場を狂わせているだけじゃないかな。そんなに不安にならなくても大丈夫だよ」
動揺が顔に出ていたのか、私に向かって在人さんがいつもどおりの穏やかな笑顔を見せてくれる。
「そうですか……」
在人さんの言うとおりだとすれば、先日の飛行機で感じた違和感も、ちょっとした磁場の狂いというだけなんだろうか。
その推察を飲み込もうとしても、どうしても胸の内で引っ掛かり、ストンと落ちてはくれない。
再び車窓の外に視線を移してみたものの、軽やかに弾んでいたピクニック気分は、空気の抜けたゴムボールみたいにしおしおと萎みかけていた。
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