29 降霊の素質

「それだけ食欲があれば体力もすぐに回復しそうだな」


 苦笑いを浮かべた欧理が私の膝の上のトレイを回収すると、在人さんがにっこりと微笑んだ。


「それはそうと、今回のことではっきりしたことがあるね。先日真瑠璃ちゃんに巴御前の御霊みたまが降りたのは、やっぱり単なる偶然じゃなかった。真瑠璃ちゃんには霊が見えるだけじゃなく、死者の依代よりしろとなって降霊させる素質があるんだよ。僕の知る限り、降霊術は過去に先天的な素質を持ったごく一部の者が使えただけで、絶えて久しかったはずだ。まさか真瑠璃ちゃんにそんな特別な力があったなんて……」


「え……っ!?」


 マ、マジですか……!!

 そんなすごい能力が本当に私に備わってるんだろうか。

 ただのOLだった私に隠れた才能が眠っていただなんて、まるでアニメか小説のヒロインになったみたい!


「えへへ。在人さんの言葉を聞いても、私には依代となってる間の記憶がないし、正直ピンと来ないです」


 こそばゆさに頬を緩ませつつ謙遜して見せたら、冷ややかな欧理の声が間髪入れず差し込まれた。


「特別な素質があるって言っても、今後も上手くいくとは限らない。阿祇波毘売の封印に降霊の出番はないし、お前がピンと来る必要はないから安心しろ」


「ちょ、何でそんなこと言うのっ!? せっかくすごい能力があるってわかったんなら、私だって使ってみたいよ!」


「能力を使うったって、降霊中の記憶がないんだからお前にその実感は湧かないだろう。それに、術をきちんと使いこなすためにはハードなトレーニングが必要となる。根性のない真瑠璃には無理だ」


「勝手に根性なしって決めつけないでよ! みんなの役に立つなら、トレーニングだって頑張ってみせるもんっ」


「みんなの役に立ちたいとか言いながら、結局は自分好みのイケメンと抱き合いたいだけなんじゃないのか。義仲といい在人といい、最後にはひしと抱き合って……」


「だだだからぁっ!! 抱き合ってたのは御霊であって、私は──」


「ぷふっ!」


 ヒートアップする私と欧理の言い合いを、凛子さんの吹き出し笑いが遮った。


「はいはい、言い合いはそこまでにしましょ。欧理君、ヤキモチはみっともないわよ」


「ばっ……! ヤキモチなんか焼いてねえっ!!」


「そうだよ! 私の隠れた能力を妬む気持ちはわからなくもないけどさっ」


「お前はもう黙れよ!」


「さっき真瑠璃ちゃんの意識を戻した時の欧理君のタイミングも絶妙だったものね。何せ、在人さんと降霊中の真瑠璃ちゃんが、キ──」


「だああっ!! 凛子さんもそれ以上言うなあっ!!」


 そう言えば、義仲のときも在人さんのときも、依代になっていた私の意識を引き戻したのは、私の名を呼ぶ欧理の声だった。

 欧理の声には依代の呪を解く力があるということなのかもしれないけれど、その後に毎回なぜか不機嫌になるのはどうかと思うよ。


 それにしても、凛子さんは最後に何を言いかけたんだろう?


 私(というか美空さんが?)、降霊中に何かやらかしたんだろうか?

 在人さんの表情を窺ってみたけれど、彼には心当たりがあるのかないのか、凛子さんと一緒になって欧理の反応を笑っている。


「とにかく降霊術は当面必要ないっ! とにかく真瑠璃は休んでろ! とにかく俺は皿を片付けてくる!」


 顔を真っ赤にして怒った欧理がトレイを持って立ち上がり、在人さんもそれに続いた。


「じゃあ僕もそろそろ部屋を出るよ。数日間もカフェを休んでいたから、明日からの営業に備えて食材の買い出しに行かなくちゃ。真瑠璃ちゃんは今日一日ゆっくり休んでいてね」


「はい、ありがとうございます」


 私の頭をぽんぽんと撫でてから部屋を出て行きかけた在人さんが振り返った。


「ちなみに、欧理に遮られたせいでに終わったから、安心してね」


「へ? 何のことですか?」


 在人さんは王子スマイルにほんの少しだけいたずらっぽい色をのせつつ、部屋を出て行った。


「もう、なんなんだろ……」


 二人の後ろ姿を見送った後、今度は凛子さんが私の頭をよしよしと撫でてくれる。


「私も別の業務があるし、そろそろ行くわね。私がからかったせいで欧理君がずいぶん向きになっちゃったけど、彼の心配もわかってあげてね?」


「欧理の心配って?」


「ふふ。彼は大切な真瑠璃ちゃんの体を無闇やたらに他人に渡したくないみたい。真瑠璃ちゃんのその素質、陰陽寮職員としてはとっても興味があるけれど、その使い道については御霊鬼の色々が片付いてからみんなでゆっくり考えることにしましょ」


 そう言い残した凛子さんも部屋を出ていき、途端に部屋の中が静かになった。


 確かに、私に降霊の資質があると分かったところで、今すぐ何か使い途を思いつくわけでもない。

 それに、さっきは舞い上がってやる気を漲らせちゃったけど、落ち着いて考えたら、やっぱり誰かに体を明け渡すというのはあまり気の進むことではないし、降霊中の記憶がないのも不安だし。

 凛子さんの言うとおり、御霊鬼の封印にまずは全力を傾けて、落ち着いてから相談にのってもらうことにしよう。


 自分の中でそう片付けると私はもう一度ベッドに横になり、愛用するタオルケットのふわふわの肌触りを数日ぶりに楽しんだ。


 なんだか久しぶりに一人きりになった気がするな……。


 そう言えば、在人さんが眠ってる間、夜は欧理と一緒に寝てたけど、今夜からはどうするんだろう?


 自分の部屋でこうして一人で眠るのは、落ち着くような、寂しいような──


 …………。


 ……って何!?


 寂しいって何!?


 私ってば、いつの間に欧理と寝るのに慣れちゃってるのっ!?


 あらぬ方向に走り出してしまいそうな思考回路をシャットダウンするため、慌てて布団を頭からかぶった。


 ……それにしても、凛子さんがさっき言いかけた “キ……” って結局なんのことだったんだろう?

 在人さんが言ってた “未遂” って何の話?


 あれこれ考えているうちに、横たえた自分の体が再び鉛のように重く感じられてきて、ふわふわと心地よい眠気が襲ってきた。


 カチャカチャと欧理がお皿を片付ける音が微かに階下から聞こえてくる。

 その音が子守唄みたいに心を落ち着かせてくれて、私はゆっくりと目を閉じた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る