24 黄泉比良坂での探索
欧理と共に空港連絡バスで松江市内へと移動し、凛子さんが手配してくれたホテルへと入る。
留守中の在人さんの様子は凛子さんが見てくれることになっている。
異変があったらすぐに連絡が来るはずだけれど、のんびり探してなんかいられない。
一刻も早く “
本当ならば、すでに日が傾きかけている今からでも東出雲の
フロントで欧理がチェックインを済ませ、カードキーを手にラウンジへと戻ってきた。
「客室は五階だ。荷物を置いたら飯を食いに出よう」
「うん。……えっと、チェックインしたのはやっぱり一室なのかな?」
「凛子さんにもツインルーム一室で手配をお願いしたんだし、当然だろ。何かあればすぐに守ってやるから安心しろ」
欧理と同室だから安心とか、そういう問題じゃないし!
この二日間、欧理の部屋で寝てるせいもあって熟睡できていないのに、ホテルの部屋まで一緒なのかあ……。
私の安眠確保という意味でも、大神実命を早く見つけなくっちゃだよ。
客室にそれぞれの荷物を置いた後、私たちは松江市街へと繰り出した。
「晩ご飯は何がいいかなあ。出雲そばはやっぱり明日のランチに取っておくとして、鯛めしも美味しそうだし、
バスでの移動中にスマホで探したグルメ情報を提供すると、欧理が呆れ半分に私を睨む。
「お前なあ……。観光に来てるわけじゃないんだぞ」
「そんなことわかってるよ。けど、明日は一日歩き回ることになるから、今日はしっかり食事を取ろうって言ったのは欧理じゃない。せっかく遠い所まで来てるんだし、どうせ食べるなら美味しいもの食べた方がやる気も上がるでしょ」
私がそう口ごたえすると、欧理はむっつりと黙り込んだけれど、数メートル進んだ後に歩みを止めた。
「せっかく来たと言うんなら、行ってみたい場所がある」
欧理がスマホでマップを出して歩き始める。
行き先を告げないことに首を傾げつつ、私は彼の背中を追った。
***
「わああ……っ!! 綺麗……!」
欧理に
鮮やかなオレンジから紫がかったグレーへのグラデーションに彩られた雲と、オレンジ色の無数のさざ波が立つ湖面、そうした複雑な色彩を作り出す真っ赤な夕日が沈んでいく光景が待っていた。
「宍道湖は夕日が綺麗に見えるスポットとして有名らしい。梅雨明け前だが今日は天気が良かったし、時間的にもばっちりだったな」
漆黒の瞳を眇めて夕日を眺める欧理。
その端正な横顔に吸い込まれそうになって、私は慌てて夕日に視線を戻した。
この風景を美しいと思うのは、この風景が永遠に続くものではないからだ。
一日一日を大切にしたいと願うのは、生命が永遠に続くものではないからだ。
阿祇波毘売の目論む “
欧理と在人さん、凛子さん達と一緒に、この
僅かな間に藍色の空へと変わっていく夕景を眺めながら、その決意を新たに胸に抱いた。
「そろそろ行くか。晩飯に何を食べるか決めたか?」
「あっ、夕日に見蕩れてて、全然考えてなかった」
「じゃあもう腹減ったし、最初に見つけた店に入ることにするぞ」
「ええっ!? せっかくここまで来て、全国チェーンのファーストフードだったらどうすんのっ! 今ケータイでお店探すからちょっと待ってて!」
その後、ホテルの傍にあった和食屋さんで鯛めしとシジミの味噌汁を味わい、私たちは客室へと戻ったのだった。
***
移動や散策で疲れたせいか、ホテルではぐっすり眠ることができた。
体調もすっきりしたし、今日から大神実命探しを頑張るぞ!
ホテルで朝食を済ませてから、まずは電車で出雲大社へと向かう。
「出雲大社の主祭神である
拝殿に参拝した後、私がリクエストした出雲そばで早めのランチ。
再び電車に乗り、
しばらく歩いて、
二本の古い石の柱に
「常つ夜のものが見えない俺に、境界に自生する大神実命が見えるかどうかはわからない。だから下手に手分けして探すことはせず、俺はお前を守ることに専念する。この周辺にいる
欧理の言葉に、私はしっかりと頷いて見せる。
「わかった。文献によると、大神実命は桃によく似た果実なんだよね。日没までになんとしても探してみせる!」
黄泉比良坂の古道は鬱蒼と茂る木々に囲まれ、道を逸れて無闇に入り込めるような場所ではなかった。
森林の奥の捜索は欧理が召喚した九体の式鬼に任せ、私たちは古道に沿って歩いていく。
「やっぱり霊の数が尋常ではないようだな。結界を張った俺たちには手出しできないから、安心して歩けばいい」
「安心しろって言われても……。これだけの死霊の目が一斉に向けられてたら、霊を見慣れてる私だって足が竦むよ」
なるべく霊を視界に入れないようにしつつ、大神実命を探してきょろきょろと歩いていると、階段状に横たわる丸太に
バランスを崩したところを欧理に抱きとめられる。
「足場が悪いから気をつけろよ」
「そうは言っても、下ばかり見てるわけにはいかないし……」
「……仕方ないな」
小さくため息をついた欧理の手が、不意に私の手を掴んだ。
「足元は俺が見ててやるから、真瑠璃は大神実命探しに集中しろ」
ひんやりとした手のひらが私の指をぎゅっと包み込む。
心があったかい人は手が冷たいってよく言うけれど、それって本当のことなのかな。
身長の割には意外と手が大きいんだなとか、ごつっとした指の関節なんかはやっぱり男の人なんだなとか、伝わってくる感触をつい意識してしまうけれど、いけないいけない、大神実命探しに集中しなくっちゃ!
途中に佇む
「どうしよう。危険だから、現在は通り抜けできないって」
「凛子さんが地元の警察や消防に掛け合ってくれたそうだから、自己責任で先に進むのは問題ないだろう。とにかく行けるところまで行ってみよう」
繋ぐ手にお互い力を入れ直し、意を決して奥へと進んだ。
既に道らしい道はなくなって、倒木を乗り越えたり草むらをかき分けながらその先を目指す。
ホテルを出る時には登山の装備を大袈裟じゃないかと思っていたけれど、欧理の言うとおりにしてよかった。
しばらく進んだ後に、木々の隙間から覗く陽光の色合いや傾きを見渡して、欧理が足を止めた。
「ここら辺で引き返さないと、日没までに戻れなくなる。明日もう一度探すことにしよう」
「うん、わかった」
山道を歩くなんて中学校での林間学校以来だったから、少しの距離でもこんなに時間と体力を費やすものだってことを忘れてた。
疲れきってホテルに戻った私は、欧理と同室なんてことを気にする前に睡魔に襲われてしまい、シャワーで濡れた髪を乾かすのもそこそこにベッドに倒れ込んで眠りについた。
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