20 ゴスロリ陰陽師デビュー!?


「全国陰陽師連合会臨時総会のお知らせ?」


 首相夫人の浄霊から三週間。

 特に大きな事件も起きないまま、梅雨の時期を迎えたカフェ鎮魂館レクイエム

 一週間ぶりに訪れた凛子さんが在人さんと欧理に手渡したプリントを私も受け取り、そこに記された標題を思わず声に出して読み上げた。


「これに、私も出席するんですか?」


「そういうこと。御霊鬼ごりょうきの封印がいよいよ解けそうだという状況にあたり、陰陽寮と陰陽師連合会が主体となって今後の連携策について協議を行う場を設けたの。浄霊に関わっている以上は、真瑠璃ちゃんにも出席してもらった方がいいと思って」


 明治政府が陰陽寮を表向き排除した後、陰陽師達は官職を解かれて全国に散らばったって聞いていたけれど、こんな組合的なつながりがあっただなんて驚きだ。


「臨時総会ってことは、臨時じゃない総会もあるんですか?」


 私の質問は、いつもどおり在人さんが拾ってくれる。


「うん。二年に一回、都内で通常総会というのが行われるんだ。まあ、普段は輪番で担当する役員以外の陰陽師達は大抵委任状を出して欠席してしまうから、大した議題は上がらないんだけどね」


 そのな感じ、実家のマンションの管理組合を思い出すなあ。

 お父さんが何年かに一回輪番で理事をやっているけれど、総会には理事しか出ないし、毎年同じような議題を粛々と可決していくだけだって言ってたっけ。


「ただ、今回は御霊鬼対策がメインの議題になるから、確かにうちも三人で出席した方がいいだろうね」


「お手伝いの私が出席して問題ないんですか?」


「うーん、そこなんだよね……」


 在人さんが困ったように頬をかく。


「実は、僕と欧理に不視の呪縛がかけられているということは他の陰陽師達に内緒にしているんだ。それを理由に御霊鬼封印チームから外されることがあったら困るからね。ただ、陰陽道の秘術の中には陰陽師の各家系で受け継がれているものがあって、門外不出とされているんだ。陰陽師の家系ではない真瑠璃ちゃんが浄霊現場に居合わせていることが知れたら、非難の的になるかもしれない」


「簡単なことじゃないか」


 オレンジジュースを飲みながらプリントに目を通していた欧理が、ストローから口を離して顔を上げた。


「真瑠璃を弓削ゆげ家の人間ってことにすればいいんだよ。海外に住んでいる従姉妹の一人が戻ってきたと言えば皆納得するだろう」


「そうだね。やっぱりそれが無難だよね」


 欧理の提案に在人さんが深く頷いて、「では、弓削家からは三名出席ということでお願いします」と凛子さんに告げた。


「じゃあ三人とも、切り取り線の下の出欠票に必要事項を記入して提出してください。真瑠璃ちゃんは苗字を間違えないようにね!」

「はっ、はい」


 まずは “出席” に丸をつけて……と。


 それから、氏名を書く……と。


“弓削 真瑠璃”


 馴染みのない名前を書く手がぷるぷると震える。


 もしも将来、欧理か在人さんと結婚したら、私ほんとに “弓削 真瑠璃” になるんだよね……。


 ……って!!

 私ってば何考えてんのっ!?

 しかも、在人さんとはともかく、欧理とは絶対にないないっっ!!


「真瑠璃ちゃん、顔が赤いけどのぼせちゃった? エアコンの温度を下げようか?」


 在人さんに覗き込まれて、心臓が暴発しそうになる。


「だだだ大丈夫ですっ!! 凛子さん、これ、お願いしすっ!!」


 動揺のあまり、声が裏返った上に変な言葉遣いになったし!


 凛子さんはくすくすと笑いながら、「では承ります」と三枚の用紙を受け取った。


「あ、そうだ」と欧理がこちらを見る。


「総会の日は、カフェの制服を着ていけよ」


「ええっ!? なんで? いつもは似合わないって馬鹿にするくせにっ」


「総会に行けばわかる」


 それだけ言うと、欧理は空のグラスを片付けに厨房に入ってしまった。


 ***


「あの……会場、間違えてませんか?」


 臨時総会当日。会場となっているとあるホテルのとあるフロアにひしめく人々の姿を見て、愕然とした私は思わず在人さんにそう確認した。


 くすりと笑いを零しながら、在人さんが答える。


「大丈夫、間違えていないよ。ここにいる人達はみな陰陽師だ」


 コミケに紛れ込んじゃったのかと思うくらい、強烈な格好をした人がうじゃうじゃいる。

 僧侶、神主、巫女の姿なんてのは可愛いもので、ドラキュラみたいな格好や、戦国武将風の鎧兜、ギリシャかローマの女神様みたいなドレスにハープを持った人まで……って、よく見たらあの人オジサンじゃんっ!!


「なんでみんなコスプレイヤーみたいな格好をしてるんですか?」


「陰陽道の秘術の極意は、自己の潜在意識をコントロールして神仏とつながることで、人並み外れた能力を引き出すことだ。陰陽師は潜在意識を制御するための自分なりの方法を日々模索し実践しているわけだが、その実践の一つとして、“形から入る” っていうのがある。単純なようでいて、意外と効果がある方法だ」


 そう説明する欧理は黒のジャケットに黒いスキニーパンツ、在人さんは白いシャツにベージュのスーツという、いたって普通の格好だ。


「じゃあ、どうして二人はコスプレしないの?」


「じいさんに鍛えられたおかげで、俺たちは派手な格好をしなくても潜在意識をコントロールできるからだ。そうは言っても、験担げんかつぎでなるべく自分のラッキーカラーを身につけるようにしているし、俺の場合はさらに柑橘系のフルーツを毎日摂取するようにしている」


 なーるほど。だから欧理は黒、在人さんは白っぽい服を着てることが多いんだ。

 欧理がいつもオレンジジュースを飲んでるのも、自分の潜在意識をコントロールするための験担ぎだったのか。

 コーヒーや紅茶が飲めないお子ちゃまだからかと思ってた。


「この中にいたら、お前の格好ゴスロリドレスはいかにも陰陽師っぽいだろ?」


 そう言った欧理の後ろから、「弓削どの」と誰かが声をかけてきた。

 振り返ると、立烏帽子に狩衣といった平安貴族の出で立ちで、ご丁寧にマロ眉までつけた中年男性が立っている。


「賀茂さん。お久しぶりです」


 在人さんが丁寧にお辞儀をすると、マロ眉の人もお辞儀を返す。


「先日は恵子夫人の祓い、誠にお疲れ様でございました。私が浄霊できていれば貴方がたのお手を煩わすこともなかったのに、面目ない」


 そっか。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、内閣付きの陰陽師って人ね。

 マロ眉だとデフォルト標準設定で困り顔に見えるけど、どうやら本当に面目なさげだ。

 そんな賀茂さんに吹き出しそうになるのを堪えていると、在人さんは王子スマイルを崩すことなく彼に答えた。


「いえ、術の得手不得手は誰にもありますし、あの手の浄霊が僕たちの得意分野だったというだけです。結界の強固さにおいては賀茂さんの右に出る陰陽師はいませんし、今後もお互い協力体制を取っていければと思っています」


「計祝どののお孫さん達も随分と立派になられたものだ。……ところで、こちらのお嬢さんは?」


 マロ眉をこちらに向けられ慌てて姿勢を正すと、在人さんがごくごく自然に私の肩に手をかけた。


「彼女は僕と欧理の従妹いとこで、弓削 真瑠璃と申します。三ヶ月ほど前にイギリスから戻ってまいりました」


「ほう、それでそのようなゴシック風の衣装を着ておられるのですな」


 在人さんの口から “弓削 真瑠璃” と紹介されただけで動揺が半端ないのに、マロ眉に値踏みされるように見つめられて、ボロが出ないかドキドキしてしまう。

 すると、今度は私の右隣にいる欧理が口を開いた。


「実は真瑠璃はイギリスで黒魔術を習得してまして、先日の浄霊の際にも巴御前の御霊みたまを魔術で召喚したんですよ」


「ちょっ!? 欧理っ!」


「ほお! それは素晴らしい。あれほどの霊力を持った怨霊をどうやって鎮めたのかと不思議でしたが、やはり陰陽の術の力だけではなかったのですな」


 仕切りに感心するマロ眉の表情に耐えかねて吹き出しそうになったところで、「それでは失礼」と欧理が私の腕を引っ張った。

 慌てて後を追ってきた在人さんと三人で壁際の目立たない場所まで移動すると、ブハッと皆で吹き出した!


「賀茂のおっさん、黒魔術を本気にしたな」

「欧理、あれはハッタリが過ぎるだろ? 真瑠璃ちゃんが質問攻めにあったらどうするんだ」

「本当だよ! これから浄霊の度にこの格好で行かなきゃいけなくなるじゃないっ」


 お腹が捩れるほど笑っていたら、会場の案内をしていた凛子さんに早く席に着くよう促された。


 笑いすぎて痛くなったお腹を擦りながら、ふと思い返す。


 そう言えば、欧理の笑顔って初めて見たかも──


 隣に座って総会の始まりを待つ欧理の横顔はいつもの無愛想な表情に戻っているけれど、漆黒オニキスの猫目が細くなって、童顔の顔立ちが可愛らしさを増していたな……。


「おい、いつまでニヤニヤしてるんだ。もうすぐ始まるぞ」


 横目でギロリと睨まれて肩を竦めたけれど、慣れない空気の中で感じていた緊張はいつの間にかすっかり解れていた。



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