17 私の妙案

「くっ……! 怨気と霊気が凄まじく増幅したぞ」


 義仲の姿が見えない欧理と在人さんが、私を庇いながらじりじりと後退した。


「義仲の怨霊で間違いないみたい。阿祇波毘売あげはひめと崇徳院から力を借りたって言ってます。今こちらを討ち取ろうと刀を抜いたところよ」


「了解! すぐに式占ちょくせんを立てるから、欧理は真瑠璃ちゃんを守りつつ義仲の注意を逸らしておいてくれ」


「真瑠璃、俺の後ろに回り込め。絶対に俺より前へ出るな」


「わかった!」


「青龍! 白虎! 朱雀! 玄武!……」


 浄霊の始まりに、欧理はいつも九字を唱えながら刀印で空を縦横に切る破邪の印を結ぶ。けれども、今日は相手が今にも斬りかからんとしている目の前で一字ごとに両手で印を結んでいる。

 背中越しにはらはらしながらそれを見守っていると、「やああっ!!」と掛け声を上げた義仲が大太刀を振り下ろした!


「きゃあっ!!」


 思わず身を竦めたけれど、欧理の張った結界がその太刀を弾いた。

 びりびりと振動が体に伝わってくる。

 次に斬り込まれたら、この結界も破られてしまいそう。


「……勾陳! 帝台ていたい! 文王! 三台さんたい! 玉女ぎょくにょ!」

「はああっ!!」


 欧理が九字を結び終えたのと、義仲が再び太刀を振り下ろしたのはほぼ同時。


 ガキイイィン! と金属音が響き、思わず瞑った目を開けると、欧理の手には白銀の光でできた刀剣が握られ、義仲の太刀筋を遮っていた。


「陰陽師ごとき文官が刀を使うか。百戦錬磨のわれに適うと思うなよ」


「真瑠璃、俺にはこいつの太刀筋が見えない。時間稼ぎに数度の攻撃を防ぐのがやっとだ。剣印を構える方向を教えてくれ!」


「わかった!」


 私と欧理との連携が僅かにでも乱れれば、義仲に斬り込まれてしまう。

 早鐘のごとく打つ鼓動に息が上がるけれど、欧理と心を重ねるように精神を集中させて義仲を見据えた。


 義仲が太刀を右肩へと振り上げた。


「左斜め上からくる!」


 キイィンッ!


 左前方に掲げた剣印が義仲の太刀とぶつかり合う音にヒヤリとする。

 ほんと、ちょっとでもタイミングがずれたら真っ二つにされちゃうよ、これ。


「守る一方では面白うないではないか。楽しめなばく斬り捨てるのみ」


「ヤバい……っ! 守ってばかりで面白くないから本気出すって言ってる」


「在人! 式占はまだか!?」


 焦る私と欧理に、式盤からようやく視線を解いた在人さんがこちらを向いた。


「出たぞ! 義仲の霊気はもくだが、本日のこの浄霊でのきんは凶。刀で応戦すれば比和でこちらが益々不利になる」


「正面!」

 キイイィン!

「二の太刀が左からっ」

「くぅっ!!」

 ガキンッ!


 在人さんの言葉を聞きつつも、私と欧理は義仲の太刀を必死で防ぐ。


「じゃあどうすりゃいいんだ!?」

「まずは火乗金かじょうごんだ。騰蛇とうだで刀を完全に溶かせ。それから義仲の木の気を強めている怨呪おんじゅを解くんだ!」

「了解!」


 欧理が懐から手早く袱紗を出し、一枚の式紙を私に差し出した。


「これを細かくちぎったら、俺の合図で空中に散らせ!」

「はいっ」


 焦りと緊張に震える手でなんとか式紙をびりびりと破く。


「ちぎりました!」

「今だっ! ナウマク サンマンダ バサラ ダン カン!! 」


 空を舞う紙吹雪に向かって欧理が真言を唱えると、紙吹雪は白ネズミに姿を変えて義仲へと向かっていった。


「陰陽師が小癪な手を使いおって!」


 体を駆け上がってまとわりつくネズミを振り払おうと義仲の気が削がれている間に、欧理は式盤から騰蛇とうだを召喚する。


「十二天将が一、騰蛇に請う、遣烈火溶解刀剣れっかヲつかハシテとうけんヲようかいセシメヨ、急急如律令!!」


 ミニ式盤の南東を示す位置からゆらゆらと出てきたのは、羽の生えた真っ赤な蛇。

 小さなドラゴンみたいでちょっと可愛いな、なんて思った瞬間、騰蛇の口から火炎放射器みたいな勢いで炎が吐き出された!


「我が太刀に何をする!?」


 義仲が手にしていた太刀が炎に包まれたかと思うとどろどろと溶け落ちた。慌てて抜いた腰刀も一瞬にして炎に包まれる。


「義仲の刀が溶かされました!」

「よし! 真瑠璃は義仲の体に刻まれた怨呪おんじゅを探せ! 阿祇波毘売と崇徳院の二つの怨呪があるはずだ」

「了解っ」


「おのれ……下級文官の分際で我が愛刀を溶かしおって! 清和源氏が後裔、旭将軍源義仲の逆鱗に触れなば如何なるか、目にをば見せん!」


 怒りに打ち震える義仲の手から、にゅるにゅると植物のつるのようなものが生えてきた。


「義仲の手から蔓がっ!」

「欧理っ! 不動明王の火界呪かかいじゅを唱えるんだ!!」


 在人さんの掛け声で、二人が印を結び声を合わせて同じ真言を唱え始めた。


「ナウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ……」

「ぬおおおおおおっ!!」


 押し出すように前にかざした義仲の手のひらから、無数の蔓が生き物みたいにうねりながら欧理達に飛びかかった。

 けれど、新しく張られた結界は蔓が触れた途端に炎を出してそれを焼き、結界への侵入を防いでいる。


 欧理と在人さんは長い真言をひたすらに繰り返しながら炎の結界を保っているけれども、義仲の蔓も次から次へと伸びてきて、膠着状態となっている。


 そんな中、私は胸元の護符入れを握りしめてトシエばあちゃんのおまじないを唱えながら義仲の背後に回る。

 左や右に回り込んでも、怨呪らしき文字は見つからない。


「怨呪が見つからない! もしかしたら、甲冑の下に隠れてるのかも」


 欧理に向かってそう叫ぶと、彼がチッと舌打ちをした。


「怨呪を解かなきゃ霊力を弱められない。なんとか甲冑を脱がせなきゃ……」


 ええっ!?

 こんなに激怒してる怨霊の甲冑をどうやったら脱がせられるの!?


 依然膠着状態の戦いを見つめながら、私も必死に考える。


 落ち着け、真瑠璃。

 木曾義仲は御霊鬼になりそうな怨霊ランキングベストテンに入るとヤマを張って予習してきた人物だ。

 彼の敵意を鎮めて甲冑を脱がせる良い方法が何かないか────


「あっ!!」


 ピンと来て思わず声を上げた私に、「脅かすなっ! 心が乱れる!」と欧理から怒声が飛んできた。


「欧理っ! 義仲の甲冑を脱がせられるかも!」


「何!? お前がか!?」


「ううんっ! 私じゃない! 私じゃなくて! 巴御前ともえごぜんなら義仲の怒りを鎮められるんじゃないかな!?」


「はあぁっ!!?」


 私の妙案に、欧理が腹の底から素っ頓狂な声を上げた。

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