15 反省と、ドキドキと。
大ガエルを調伏した翌日、手の怪我の診察に在人さんが付き添ってくれた。
外科の先生には熱した油がかかって火傷したと説明したのだけれど、凛子さんの貼ってくれたハイドロコロイド素材の絆創膏は応急処置として適切だったそうで、傷を乾燥させない方が痛みも少なく綺麗に治るからと、似たようなテープに貼り替えて包帯を巻いてもらった。
診察が終わり病院を出ると、在人さんが穏やかに微笑んだ。
「カフェの開店までまだ時間があるね。視察を兼ねて、たまには他のカフェでお茶しようか」
欧理へのムカムカを在人さんの王子スマイルで癒してもらうべく、「はい!」と元気よく返事をした。
先日ドラマのロケに使われたことで話題のお店に入ってみる。
レトロな洋館を改装した
モーニングからディナーまで営業してるのは、お店の規模が大きくてスタッフの数も多いからできることなんだろうな。
もっとも、
自分なりの分析をしつつ店内を見回していると、店員さんに注文を終えた在人さんが早速王子スマイルを向けてくれた。
「うちと随分雰囲気が違うよね。真瑠璃ちゃんは、こういう今っぽいカフェの方が好き?」
「いえ、こういうカフェも素敵ですけど、
「ははっ。真瑠璃ちゃんは本当に似合っていて可愛いよ。欧理がいちいち茶化すのは、真瑠璃ちゃんとの言い合いが楽しいからだよ」
そう返されて、前髪の奥からのぞく
昨晩は怨霊や物の怪に対峙する時以上に厳しい視線を向けられて、またもやバディ失格と言われてるみたいだった。
俯く私の耳に、在人さんの低い声が優しく響く。
「昨日欧理が言ったことは、確かに真瑠璃ちゃんからすれば厳しい言葉に感じると思うけれど、僕も欧理とほぼ同意見だよ。今後身に及ぶかもしれない危険を考えると、真瑠璃ちゃんのことは僕や欧理が全力で守らなければならない。僕達の預かり知らない場所に君が一人きりで出かけて行くのはとても心配なんだ」
「それって、
「……美空のこと、知っていたんだ」
細い銀縁の眼鏡の奥、紅茶色の瞳が細かく揺れた。
溢れそうな悲しみをぐっと抑え込むその表情が、私の心をきりりと締め上げる。
「三年前に僕達は美空を失った。皆が深く傷ついて悲しんだけれど、己を一番責めていたのが欧理だったんだよ」
「欧理が……?」
「美空が熊野古道方面へ調査に行くと言い出した時、僕達はちょうど指名手配犯の追跡と祓いにかかりきりになっていた。僕は美空を心配して、浄霊を中断して調査に同行しようとしたけれど、欧理はそれに反対した。僕達のターゲットは怨霊の憑いた強盗殺人犯だったから、再犯を阻止するために一刻も早く逃走先を特定して浄霊する必要があったんだ。欧理は美空に、浄霊が終わってから調査に同行すると提案したのだけれど、御霊鬼の復活を懸念した美空はそれを待てずに単独で調査に行って……それで、命を……落としたんだ」
喉につかえた言葉を精一杯絞り出しながら、当時の状況を在人さんが語る。
「欧理の判断は間違ってなかった。単独調査は美空の勇み足だったし、彼女に危機管理能力が足りなかったとも言える。……でも、それでも、欧理は苦しんだんだよ。あの時自分さえ反対しなければ、美空を一人にしなければ、彼女が死ぬことはなかったのにって──」
昨晩の欧理の眼差しと口調が再び思い出される。
自分を責める気持ち。
もう二度と仲間を失いたくない気持ち。
その苦しみが、欧理の態度をきつくしていたんだ──
「…………ごめんなさい」
気づけば在人さんに深く頭を下げていた。
カフェのテーブルに、ぽたぽたと涙が落ちる。
そんな私の頭に、大きくて温かな手がぽんぽんとのせられた。
「謝る必要はないよ。ただ、わかって欲しいんだ。僕も欧理も真瑠璃ちゃんのことがとても大切だし、全力で守りたいと思ってるってことを」
カチコチに凝り固まった私の心に、在人さんの言葉が春の雨のように優しくしみ込んでいく。
「欧理も昨日きつく言ってしまったことを後悔してると思うんだ。
こくこくと頷くと、よしよしと頭を撫でられて、ぽかぽかを通り越してドキドキしてしまう。
店員さんが注文した飲み物を持ってきた。
「さ、せっかくだから美味しくいただこう」と促され、包帯の巻かれた手で涙を拭い、ロイヤルミルクティーのカップを口に運んだ。
***
「欧理……。ちょっといい?」
廊下から声をかけると、高めのハスキーボイスで「どーぞ」と聞こえてきて、私はおずおずとドアを開けた。
こざっぱりとした部屋の窓辺に置かれた黒いデスクで欧理は護符を作っているところだった。
「怪我の状態は?」
「うん。凛子さんの応急処置のおかげもあって、すぐに回復しそうだよ」
「そうか」
こちらを向くこともなく、ぶっきらぼうに言葉を放つ欧理。
いつもなら無愛想な態度にカチンとくるところだけれど、不器用ながら私の怪我を心配してくれてることを今は素直に感謝できる。
そして。
「昨日は駆けつけてくれてありがとう。それから、欧理や在人さんの気も知らずに反発したこと、反省してる。確かに私には危機感も、二人に守られてるっていう感謝も、欧理のバディとしての自覚も足りなかった」
俯いたまま、そこまでを一気に言葉にした。
欧理が歩み寄ってくる気配がして顔を上げると、彼は書き上げたばかりの護符を私の前に差し出した。
「これは金剛地結地界の護符だ。浄霊時に張っている不動護身結界は強力だが効果が持続しない。これならば効力は多少弱いが効果は安定して持続するし、昨日の物の怪程度の攻撃であれば結界が破られることはまずないだろう。今日からはこれを肌身離さず身につけておくといい」
一人で出かけられなくなると言った私の不満を、欧理なりに汲んでくれたんだ。
「ありがとう……。これからは外出する時には必ず行先を告げることにするし、この護符も肌身離さず持つことにするね」
そう言って受け取った護符を胸元の護符入れに入れようとしたら、「ちょっと待った」と欧理がそれを取り上げた。
「効果が持続するとは言っても、一日に一度は念呪を込め直して霊力を保持した方がいい」
人差し指と中指で護符を挟むと、欧理はそれを口元へと持っていく。
「オン キリキリ バサラ バサリ ブリツ マンダマンダ ウンバッタ」
真言を唱えた後、薄く形の良い唇で、その護符に軽く触れる。
それを見て、心臓がトクンと音を立てた。
──え?
もしかして私、欧理の仕草にドキッとした?
「毎朝この念呪が必要になるからな」
欧理が口づけた護符を受け取ると、鼓動がさらに早まった。
「わ、わかった。じゃ、開店準備もあるから部屋に戻るねっ」
勘の鋭い欧理に自分の動揺を悟られまいと慌ててその場を離れようとして、「真瑠璃」と呼び止められた。
「昨晩出かけたということは、俺の貸した資料はまだ読んでいないんだろう? 首相夫人の祓いまでは時間がないんだからな。現実逃避してる場合じゃないぞ」
現実逃避で外出したの、バレてるし!!
「……はい。課題、頑張ります」
ドキドキが一転、トホホな心境に変わったまま、私は自室でゴスロリドレスに着替えたのだった。
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