14 欧理への不満
「真瑠璃ちゃん、妖怪の姿はカエルで間違いないんだね?」
「はい! インドゾウくらいの大きさの、ヒキガエルみたいに背中がでこぼこした茶色いカエルです!」
ミニ式盤を取り出す在人さんの言葉に頷くと、緊急事態にも関わらず欧理がツッコミを入れてきた。
「なんでわざわざインドゾウに限定すんだよ」
「だって、アフリカゾウほどは大きくないけど、バッファローよりは大きいから」
「
「欧理の “眼” として正確な視覚情報を与えてるのに、無駄とか言わないでよねっ」
「とにかく大きなカエルなんだね。五行ではカエルは
「わかった!」
欧理は両手で印を結ぼうとして、思い出したように慌てて懐の袱紗を取り出した。
「真瑠璃、こいつは霊気がかなり強い。真言の結界だけじゃ危ないから護符を──」
護符を受け取ろうとして差し出した私の手をめがけて、大ガエルがびゅっと水を吐き出した。
「あっ、
焼けるような痛みが走る。
見ると、小指の付け根あたりが赤くただれている。
「真瑠璃ちゃん、どうしたっ!?」
「今、カエルの吐き出した水が手に──」
在人さんが私の前に踊り出たのと、カエルが再び水を吐き出したのはほぼ同時。
在人さんの結界が間一髪で水を弾き飛ばす。
「今のうちにこれを身につけるんだ!」
在人さんが私の盾になっている間に、首元にかかる紐を欧理がぐいっと引っ張り出して、手作りの護符入れに呪文の書かれた紙を押し込んだ。
「治療は後だ。痛いのは少し我慢しろ。物の怪程度ならばすぐに調伏してやる!」
欧理はそう言うと、素早く破邪の九字を切り、在人さんの構えたミニ式盤に向かって刀印をかざした。
「十二天将が一、勾陳に請う!
式盤が金色の光を放ち、その中央から柱のごとく迸り出たのは金色の蛇──勾陳だ。
その姿を目にした大ガエルは、「ぐぎゃあっ!」と怯えた声を上げ、大口を開けて勾陳に狙いを定めた。
勾陳もまた鋭い牙を剥き出して口を開ける。
勾陳の口からどばあっと土砂が吹き出て、私たちの前に壁を作った。
カエルの放つ水は土壁に遮られ、土壁は厚みを増すと共にどんどんせり出し大ガエルを後ずさらせる。
「カエルの水が尽きたみたい! 体が牛くらいの大きさに縮んでる!」
「縮んだって言っても微妙だな、おい!」
土を吐き続きる勾陳に欧理がすかさず次の指示を出す。
「
「シャアッ」
天に向かって体を伸ばした眩い金色の蛇が、目にも止まらぬ速さで大ガエルに飛びかかり、カエルの巨体に巻きついた。
「ぐえええええっ」
苦しげな声を絞り出した大ガエルは、ぎりぎりと締め上げられた後に水風船のごとくバチン! と弾けて消えた。
***
「真瑠璃ちゃん、怪我はっ!?」
勾陳が式盤に吸い込まれるように消えた直後に、それを抱えたまま在人さんが駆け寄ってきた。
「火傷みたいになってるけど、大したことありません。駆けつけてくれてありがと──」
「馬鹿野郎ッッッ!!」
二人にお礼を伝えようとした私の言葉は、きりきりと尖った欧理の怒声にかき消された。
「お前は何を考えているんだっ! どうして夜に一人で出歩いた!? 御霊鬼に関わり出したらお前にも危険が及ぶことはわかってるだろう!? 今回は単独の物の怪だったからその程度の怪我ですんだが、強い怨霊に襲われたら命の保証はないんだぞ!!」
畳み掛けられて、私も思わずカッとなる。
「じゃあ御霊鬼との戦いが終わるまで、私にはプライベートがないわけ!? 私だって友達に会ったり買い物に出かけたりしたいよ! 息抜きの時間まで欧理と一緒に行動しなきゃいけないの!?」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。今回は真瑠璃ちゃんがたまたま外出していたから、物の怪が大きな危害を加える前に調伏できたんだし」
「在人は黙ってろよ!! こいつはやっぱり俺のバディとしての覚悟が足りない。プライベートだの息抜きだの、あまっちょろいこと言ってると今に大変なことになるんだ!」
「どうしたの? 物の怪は退治できたんでしょう? 一体何の騒ぎ?」
改札から、ハンドマイクを片手に凛子さんが駆けつけてきた。
「今日は真瑠璃ちゃんが負傷したの? 可哀想に、火傷みたいにただれてるわね。応急処置がすんだら、あなた達はパトカーに戻ってちょうだい。安全が確認できたと関係者に伝えてくるから」
凛子さんにテキパキと指図された私たちは、言い争うのをやめてパトカーの前で待機した。
程なくして運転席へと戻ってきた凛子さんが
後部座席に座る欧理はむっつりと黙っていたけれど、助手席に乗った私の背中はむずむずと気まずく、それでいて胸の内には欧理に対する不満がどんどんと積もっていた。
御霊鬼と関わることが危険なのはわかってるつもりだし、美空さんが阿祇波毘売の陰謀によって命を落としたことも知っている。
ただ、私は霊が見える分他の人よりも少しは早く身の危険を察知してるし、トシエばあちゃんの
一人で行動できなければ、友達と会うだけじゃなく、ちょっとした買い物にだっていちいち同行をお願いしなくちゃいけなくなるじゃない。
カフェでの仕事にしても、課題の量にしても、プライベートの時間にしても、欧理の要求は度を超えてるよ──
「在人さんの分析では、今回のカエルの物の怪は
私たちが
警察庁出身の凛子さんのおかげで今回の事件が迅速に片付いたことは本当にありがたい。
「在人さん、今日はお疲れ様でした。来てくれてありがとうございました」
「明日は僕も病院に付き添うから、朝一番で手の怪我を診てもらおうね」
「はい。お願いします」
そっぽを向いて黙り込む欧理をシカトし、わざと在人さんだけにお辞儀をして、私は自室へと戻った。
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