第2章 バディの覚悟
11 鎮魂館のウェイトレス
「いらっしゃいませ。大変お待たせいたしました」
行列の先頭で待っていた二人の女性客を、在人さんが王子スマイルで店内へ招き入れる。
「いらっしゃいませ!
在人さんに見蕩れて頬を緩めるお客さんにお冷を運ぶと、厨房から「ボンゴレが冷めるだろっ! 早く出せっ!」と怒鳴り声が飛んできた。
*
欧理のバディとして復帰(?)してから、はや一ヶ月。
欧理の “眼” となり阿祇波毘売との戦いに身を投じる覚悟をもって、私は三年間勤めた会社への復職を断った。
それを話すと、在人さんは「うちでバイトとして雇うよ」と申し出てくれた。
というわけで、私は現在カフェ
しかも。
し・か・も! だ。
「前職のお給料ほどカフェのバイト代は払えないから、良かったら
そんな提案までされて、のぼせて卒倒しそうになった。
「なんでこいつと一つ屋根の下で四六時中一緒にいなきゃならないんだよっ!?」
と欧理は当然反対したけれど、
「浄霊に関わるようになったら、真瑠璃ちゃんにいつ身の危険が及ぶかわからない。常に傍にいられる方が僕たちも安心じゃないか。空き部屋だっていくつもあるんだし」
という在人さんの説得を渋々受け入れたのだった。
*
テーブルにお冷を置いてカウンターへと慌てて戻る。
えっと、ボンゴレビアンコは二番テーブルね。
お皿を持ち上げながら厨房の中をちらりと見ると、欧理が
働き始めてすぐに
狭いお店とはいえ、在人さんと欧理の二人だけで一体どうやって厨房とホールをこなしていたんだろうと思ったけれど、なんと厨房の中で欧理が式鬼を使役しているのだ。
式鬼という名前はなんだか恐ろしいイメージだけれど、いわば精霊のような存在なんだとか。
式札を
もっとも命令どおりの単純作業しかできないから、材料を切る係、炒める係、お皿を洗う係、と何体もがちょこまかと動き回っていて目まぐるしい。
ホールの方が忙しくなると厨房を式鬼に任せて欧理も出てくるんだけれど、いくらお客さんから死角になっているとはいえ、厨房の中を式鬼だけにしない方がいいんじゃないかと思う。
あの子たちは普通の人には見えてないんだから、無人の厨房からカタコトと音が出ていたら怪しまれてしまいそうだ。
「お待たせいたしました! ボンゴレビアンコのお客様」
三人組のうちで手を上げたお客さんの前にお皿を置くと、アラフォーくらいのその女性がくすりと笑った。
「欧理君にいつも叱られていて大変ね。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。頑張ります!」
笑顔で会釈して、オーダー用紙を片手に他のテーブルへと急ぐ。
私がホールデビューをした当初、イケメンカフェで若い女が働き出した、と常連客からチクチクと嫉妬の視線を向けられていたのだけれど、欧理があんな調子だから、程なくして私への眼差しは憐れみや励ましを込めたそれへと変わっていった。
短大時代にファミレスでバイトしてたこともあるし、ホールの仕事に慣れてないわけじゃないんだけれど、欧理の要求するハードルが高すぎるんだよね。
まあ確かに、どんなに忙しくても優雅な雰囲気を崩さない在人さんのようにスマートにはこなせないんだけど。
そんなこんなで戦場のようなランチタイムを乗り切り、一旦閉店した店内でいつものように遅めの昼食を取り始めた。
「真瑠璃ちゃん、今日は慌てて食べなくても大丈夫だからね。凛子さんから連絡が来て仕事の打ち合わせが入ったから、カフェタイムは閉店することにしたんだ」
ミートソースパスタを頬張る私に在人さんが微笑みかける。
「ってことは浄霊のお仕事が入るんですか?」
「そうみたいだよ。詳しい話は凛子さんがうちに来てから聞くことになってる」
打ち合わせ前に詳細が知らされていないということは、今度こそ御霊鬼の絡む大きな浄霊になるかもしれない。
そう思うと、お腹の奥から、武者震いのような緊張が湧き上がってくる。
十日ほど前にバディ復帰して最初のお仕事があったんだけれど、バイクの死亡事故が多発している現場で、怨霊化の一歩手前までいっていた青年の霊を浄めるというものだった。
阿祇波毘売などの御霊鬼とは関わりのない死霊だったらしく、多少抵抗はされたもののあっさりと浄霊が終了して拍子抜けしてしまった。
しかも、依頼が来るのは平均月二~三回のペースらしいから、普段は浄霊に関わる仕事はほとんどなくて、せいぜい式紙にハサミで切込みを入れて
意気込んで復職を断ってしまったけれど、これならば普通にOLしながらでもバディになれたんじゃないかと思ってしまう。
それでも在人さんは「真瑠璃ちゃんにカフェを手伝ってもらえてすごく助かるよ」と言ってくれるから救われるのだ。
在人さんは本当に優しい。
けれど、その優しさが向けられると、嬉しい反面心がきゅっと締めつけられる。
新人の
恋人だった美空さんとはどんな風に過ごしていたんだろう。
ついついそんなことを想像してしまうから──
「こら、慌てる必要はないが、ぼけーっとするな。皿を片付けるのが遅くなるだろ」
感傷に浸った途端、欧理に横槍を入れられた。
「ぼけーっとなんかしてない! ちょっと考え事してただけだもん」
「そんな暇があったら、さっさと食べ終えて着替えてこいよ。いつまでもその似合わない格好でいることないだろ」
「あっ! またこの制服のこと言う! 私だって好き好んでこれを着てるわけじゃ……」
「ごめんごめん。買ってきた僕が悪かったよ。
在人さんの柔らかな困り顔に、私も欧理も気まずくなって口を噤んだ。
黒地のミニワンピに、白いフリルがたっぷりとついたゴスロリファッション。
フリルのついた黒いニーハイに、これまたフリフリのエプロンやカチューシャなんて、よくこんなコテコテの衣装を見つけてきたものだと逆に感心してしまう。
可愛いっちゃ可愛いんだけど、二十三歳の私が着るのはどうなのかなと思うと、試着姿をひと目見た欧理が「似合わねえ」と鼻で笑ったのも無理はない。
けど、働き出してから一ヶ月も経ってるのに、未だに文句つけなくてもよくない?
「選んできた僕が言うのもなんだけど、真瑠璃ちゃんにすごく似合ってて可愛いと思うんだけどなあ」
何の気なしに放たれる在人さんの甘い言葉。
頬がかあっと熱くなるのに、美空さんへの嫉妬心が舞い上がりそうな心の端をぎゅっと握って引き留める。
「ごちそうさまでした! 凛子さんが来る前に着替えてきますねっ」
自分が今どんな顔をしているのかわからなくって、私は顔を俯けたまま席を立つと厨房へお皿を運んだ。
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