09 本当の気持ち

「在人さんの恋人……」


 もしかしたら凛子さんがそうなんじゃないかって勘ぐっていたけれど、まさか本当の恋人が凛子さんの妹で、しかも阿祇波毘売あげはひめに殺されていたなんて──


 心臓を何度も殴られたような痛みが走る。

 涙ぐんだ凛子さんは、私がショックを受けていることには気づいていないようだ。


「四年前になるわね……。妹の美空みくは私を追うように陰陽寮に配属されて、弓削家の担当になったの。当時は亡くなったお祖父様の跡を継いだ在人さんと欧理君が陰陽師集団期待のホープとして活躍していて、新人の美空を在人さんが色々とフォローしてくれていたわ。程なくして、美空から二人が付き合い始めたという報告を受けたの」


「そうなんですか……」


「美空は在人さんと欧理君の活動をサポートするために、それはもう全力で仕事を頑張っていたわ。一年ほど経ったある日、在人さんの式占ちょくせんが、南西の方角に大凶の霊気が発生していることを示したの。当時は指名手配中の強盗殺人犯に憑いた怨霊の浄霊で在人さんや欧理君が忙しくしていたから、美空は自分ひとりで大凶の霊気の発生源を突き止めようとしたみたい。南西の方角にある熊野古道に一人で赴いて……那智の滝から落下して死んだの」


「熊野古道って……。さっき凛子さんは、在人さん達のお祖父さんが阿祇波毘売を熊野古道の祠に封印したって言ってましたよね?」


「そうなの。警察は投身自殺だと断定したけれど、私も在人さん達もそんなの信じなかった。美空の死の真相を確かめ、阿祇波毘売との関連を調べるために、私達は那智の滝へと向かった。けれども、そこで阿祇波毘売の罠にかかったのよ」


 過去の戦いで弱まった霊力を再び増しつつも、阿祇波毘売は常つ夜と現世の境界となっている熊野古道から外へは出ることができないでいた。

 だから、弓削家の人間をおびき寄せるために美空さんを利用したのだ、と凛子さんは言った。

 封印が解け再び現世を侵略する際に妨げとなるであろう弓削家の陰陽師を排除するため、阿祇波毘売は美空さんが身を投げた場所に怨呪結界を張っていた。


「美空の死で動揺していた在人さんと欧理は、その結界に気づかずに足を踏み入れてしまったの。それで不視の呪縛をかけられてしまったのよ」


「その時から在人さんと欧理は死霊や怨霊が見えなくなってしまったんですね……」


「美空を失ったショックに続いて、固く誓った阿祇波毘売打倒の道も絶たれ、在人さんは深く傷つき悲しんでいたわ。そんな在人さんを傍で見ていた欧理君もとても辛かったでしょうね……。それなのに、彼は妹を亡くした私のこともすごく気遣ってくれていた。誰かを危険な目に遭わせたくないのはもちろん、大切な人を失う悲しみを知っているからこそ、欧理君はもう誰も巻き込みたくないと思っているのよ。ああ見えて、彼はとても優しい人だから──」


「それは何となくわかります……」


 常つ夜へと向かう、彼には見えないはずの猫の後ろ姿を見送っていた眼差しを思い出す。


 阿祇波毘売の封印がいよいよ解けそうになっていると知り、欧理は敢えて私を突き放したんだ。

 心に引っ掛かっていたいくつもの点が繋ぎ合わされた今、「バディ失格」という彼の言葉に隠された思いを、私はすんなりと受け入れることができた。




 でも────




「凛子さんは、バディ失格の理由を私に告げるためだけにここに来たんですか……? 他に言いたいことがあるんじゃないですか?」


 凛子さんをまっすぐに見つめてそう問うと、彼女は一瞬目を見開いた後にやれやれと苦笑いを見せた。


「あなたって勘が鋭いのね。今の今まで伝えるべきか迷っていたのに……。そう、私が伝えたいのは欧理君の思いだけじゃないの。私と在人さんの本当の気持ちもあなたに知ってほしかった」


「凛子さんと在人さんの本当の気持ち……?」


「阿祇波毘売という強大な敵との対峙が迫る中で桜さんを巻き込みたくないという欧理君の気持ちはわかるし、私達もあなたを傷つけるのは怖い。だからあの時、私も在人さんも欧理君の意見に反対はしなかった。……でもね、正直なことを言うと、桜さんが欧理君の “眼” になってくれたおかげで浄霊できた時、涙が出るほど嬉しかったの。今までも “霊が見える” と言って、在人さんがスカウトした人が何人かいたけれど、適任者は見つからなかった。ぼんやりとしか霊が見えてなかったり、見えていても浄霊中に逃げ出してしまう人ばかりだったから……。でも、桜さんが手伝ってくれるなら、阿祇波毘売にもきっと対抗できるって希望が持てた。きっと在人さんも同じ気持ちだったと思うわ」


 私が欧理の “眼” になれば、在人さんの恋人の仇が討てる──


 在人さん達の役に立ちたいと思う一方で、それっていいように利用されるってことなんじゃないかとも穿ってしまう。


 私が黙っていると、凛子さんは正座したまま少し後ろに退き、手をついて頭を下げた。


「あなたを陰陽師の仕事に巻き込むことがとても危険だと言うことも、それを避けたいと思う欧理君の気持ちもよくわかってる。でも……このままでは阿祇波毘売の封印が解けた時、欧理君も在人さんも霊が見えないまま戦いを挑むと思うの。たとえ勝ち目がなくても、己の命を賭して──。だからお願いです。桜さんが欧理の “眼” となって、二人を支えてあげて下さい」


「凛子さん……っ! 頭を上げてください」


 慌てて膝を進めて、頭を下げたままの凛子さんの肩に手を置いた。


「凛子さんのお気持ちはよくわかりました。でも……もし私がバディになりたいって言っても、欧理にはまた突っぱねられそうだし……」


「確かに、欧理君はこれ以上誰も犠牲にしたくないって気持ちがすごく強い。でも、自分たちの手で阿祇波毘売を倒したいという思いは彼も同じはず。あとは桜さんの気持ち次第だと思うの。危険な目に遭いたくないと思うのなら無理強いはできない。けれど、先日浄霊が終わった時、私の目にはあなたがこの仕事に手応えを感じているようにも見えたの。あなた自身がどうしたいかも、よく考えてもらえたら嬉しいわ」


 凛子さんはそう言い残して部屋を出て行った。


 どうしよう……。

 こんなこと、誰にも相談できないよ。


 レジ袋に入ったコロッケをキッチンに残したまま、私はベッドに寝転がって一人頭を抱えたのだった。







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