04 欧理の “眼”

 三日後。

 今度はメイクに気合を入れて、ワンピースにカーディガンの勝負コーデで鎮魂館レクイエムへと向かった。

 これで在人さんの中で私の好感度が少しでもアップするといいな!


 カフェの入口に着くと、重そうな木の扉に【本日臨時休業いたします】の紙が貼られている。


 恐る恐る扉の取っ手を引くとガチャリと音がして、思ったよりも軽い力で開けることができた。


「おはようございます……」


 仄暗いホールを覗くと、先日私が案内されたテーブルに在人さんと欧理、それからキャリアウーマン風の女性が座っていた。

 デスクライトで照らされたテーブルの上には、四角い大きな板や紙が広げられている。


「おはよう。今ちょうど打ち合わせをしていたところなんだ。真瑠璃ちゃんも入って聞いてくれる?」


 真剣な表情を崩し、笑顔で手招きする在人さんに頷いて、テーブルの前へと歩み寄る。

 すると、在人さんの隣に座っていた女性がすっと立ち上がってこちらを向いた。


「あなたが桜さんですね。私は陰陽寮第三課浄霊担当班のとまり凛子りんこと申します」


「陰陽寮……?」


 凛子さんという名前も、陰陽寮という言葉も、先日在人さん達の口から出ていたものだ。

 ダークブラウンの髪をきっちりとアップにまとめ、濃いグレーのパンツスーツを着こなしたアラサーとおぼしき美女。

 彼女も陰陽師の仕事に関わりがあるんだろうか。


「今から説明する内容については法律で定められた守秘義務が発生します。ご家族などの近しい方にも決して口外することのないようお願いしますね」


 凛子さんはやわらかい口調の中で厳然と私に注意を求めると、陰陽寮について説明を始めた。


 飛鳥時代に天武天皇により設置された陰陽寮は、千年以上もの長きにわたり政府の一組織として国内で起こる様々な吉凶を占い、陰陽道をもって対処する役割を担う官僚達によって構成されてきた。

 明治政府以降、近代化政策により陰陽師的な官職は排除されたものの、科学や法律で解決できない事案については陰陽道に頼らざるをえない場合が未だ多く存在する。

 そこで、政府は警察庁や総務省、文科省などによる横断的な組織として陰陽寮を極秘に存続させ、現在では外部委託という形で全国に散らばった陰陽師たちに占いや浄霊を発注しているということらしい。


「弓削家は古来より優秀な陰陽師を排出する家系で、在人さんも欧理君も天賦の才をもった素晴らしい陰陽師なんです。ただ、三年前に弓削家にかけられた呪縛のせいで陰陽師としての活動に支障をきたすようになってしまい、陰陽寮としても二人の協力を得られず苦慮していました。桜さんが欧理君とバディを組んで彼をサポートしてくれるのならば、こちらとしても非常にありがたいわ」


「へっ!? ちょっと待ってください! 欧理とバディを組むってどういうことですか!?」


「おい! 年上を呼び捨てするな!」


 だんまりを決め込んでいた欧理がこちらを睨むけれど、失礼さで言ったらそっちの方がよっぽどひどいんだからね。

 年上って言っても一歳しか違わないんだし。


 欧理をシカトしていたら、在人さんが説明してくれた。


「実は僕と欧理は三年前のとある事件をきっかけに、不視の呪縛をかけられていてね。とこの者、つまり死霊や悪霊の姿を見ることができないようになってしまったんだ。存在を感じることはできても、はっきりと姿を見たり声を聞いたりできなければ浄霊することは難しい。だから、霊が見える真瑠璃ちゃんに、欧理の “眼” となって彼をサポートしてほしいんだ」


「なんで欧理のサポートなんですか? 在人さんのお手伝いじゃダメなんですか?」


「陰陽師の仕事というのは大きく分けて占術、呪術の二つがあってね。僕が得意とするのは占術の方で、六壬神課りくじんしんかを用いて災いの原因をつきとめ、解決に向けた道筋を占う式占ちょくせんというものなんだ。一方の欧理は呪術に長けていて、式鬼しきを使役し、十二天将の力を借り、真言や護符を用いて災いの根本を断つ。真瑠璃ちゃんの “眼” を必要とするのは、主に欧理の方なんだよ」


 話は半分しかわからなくても、自分の顔から血の気が引いていくのがよくわかる。

 欧理の顔を見ると、ツンツンした黒い前髪から覗く眼でこちらを睨みつけている。

 あの鋭く輝く漆黒の瞳の代わりなんて、私にできるの――?


 っていうか、そもそもこんなイヤな奴と組むこと自体が無理なんですけどっ!


「無理して手伝う必要はない。足でまといは要らないと言っただろう」


 ふん! と鼻を鳴らしてそっぽを向く欧理にイラついたけれど、「欧理!」と窘める在人さんの横顔に、三日前の彼の切なげな表情を思い出した。


 在人さんは、陰陽師の仕事ができないとすごく困るような様子だったな……。


だけは僕たちでかたをつけたい”

 欧理を黙らせたその一言は、何か特別な思いが込められているようだった。


「わかりました。今回は自分の復職もかかってるし、やれるだけやってみます。でも、上手くいかなかったらこれっきりにさせてもらいます」


「真瑠璃ちゃん、ありがとう……!」


 私の言葉に、在人さんが安堵の笑みを浮かべた。

 欧理はそっぽを向いたまま黙りこくっているから、異論はないんだろう。

 凛子さんも「よかった……」と小さく呟き、再び椅子へと腰かけた。


 場が改まったところで打ち合わせが再開する。


「野本印刷付近に霊が出現した時期や野本印刷の所在地、社長の生年月日などを元に式盤で占った結果、怨霊の正体は野本印刷から見て北東の方角、つまり小須田町三丁目付近で死亡した人物のようです。死因は自殺または他殺の可能性が高い。死亡時期は癸酉みずのととりの年、すなわち昭和八年または平成五年。サラリーマンのような風貌と首に赤い痣があったとの情報から、平成五年に窒息死した中年男性と思われます」


「了解。では平成五年、小須田町三丁目近辺で窒息死した男性がいるか照会してみるわ」


 在人さんの分析に頷いた凛子さんが席を立ち、ホールの隅で携帯電話を取り出した。

 テーブルにどんと置かれた四角い木製の板には同じく木製の半球体がのっていて、中心に描かれた北斗七星の図の周囲にはたくさんの漢字がちりばめられている。

 凛子さんが電話をしている間にも在人さんは半球を少しずつ動かしながら何かをメモしていて、欧理は在人さんの作業をじっと見つめていた。


「怨霊の身元が判明したわよ」


 席に戻ってきた凛子さんがメモを差し出す。


「確かに、平成五年に小須田町三丁目の自宅で首吊り自殺をした男性がいたわ。佐藤健一、昭和二十一年八月三日生まれ。本籍は福岡県。自殺の原因は、バブルが崩壊したことで勤務先の会社が倒産し、再就職もままならずに借金がかさんだこととみられてるそうよ」


「了解です」


 凛子さんのメモを見ながら、在人さんが長く細い指を再び半球に添える。


「欧理。今回は朱雀の力を借りるのがいいだろう。火生土かしょうど土生金どしょうごん火剋金かこくごん、方角は南東が吉、北西が凶となる」


「わかった」


 在人さんの言葉に頷くと、欧理は自分の前に並べた小さな紙の何枚かに、漢字のような図形のような、よくわからない何かをいくつも筆ペンで書いた。


 それらを指でつまんでひらひらと振って墨を乾かし、袱紗みたいな紫の布にくるんで黒いジャケットの内側にしまう。


「よし、行こう。ただし、その前にちょっと寄りたい場所がある」


 さっさと店を出ていく欧理の後ろ姿に首を傾げる在人さん。

 私と凛子さんも互いに顔を見合わせてから、慌てて欧理の後を追った。


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