03 陰陽師のお手伝い

「陰陽師……って、平安時代の、アベノセイメイ、みたいな?」


 私の知識を総動員しても、陰陽師で連想するキーワードはその二つしか出てこない。


 それでも、在人さんは私の言葉に「そう」と大きく頷いてくれた。


「科学が進歩するまでは、世の中の様々な事象は天・地・人の三才や万物を形成する五行が影響し合って引き起こされるものだと考えられていた。陰陽師たちは過去に起こった事象の原因を探り、これから起こりうる事象を予測して、災いを回避し幸運を引き寄せるために、様々な占術や呪術を駆使して国や社会を支えていたんだ」


「でも、霊が見える私が言うのもなんですけど、これだけ科学が進歩した現代だと陰陽師が活躍する場なんてあんまりないんじゃ──」


「そうだね。たとえ怨霊や物の怪の類が引き起こした災いでも、現代の科学力で対症療法的に解決できることは確かに増えた。けれども、災いの元を取り除く原因療法が必要なのに、近現代的なアプローチではそれができない事案も世の中には未だ多くある」


「今回のあんたのリストラだって、そういう事案だろ」


 わかりやすい在人さんの説明に、欧理がぶっきらぼうに横槍を入れた。

 何度も “あんた” 呼ばわりされてムッとしたけれど、彼の言葉で胸の内に燻っていたもやもやが少しずつ晴れてくる。


 確かに私のリストラだって、出るとこに出れば不当解雇として撤回させることはできるだろう。

 けれどもそうやって復職したところで、あの怨霊が社長に取り憑いている限りは、会社の雰囲気も社長の体調も何も変わらない。

 たとえ会社に戻ったとしても、怨霊に何をされるかも分からないし、私一人じゃどうすることもできない。


 溺れる者は藁をも掴む。

 今の私には、現代の陰陽師だという在人さんの言葉を信じるほかはない。


「お願いします……! 社長に憑いた悪霊を祓ってください!」


 立ち上がって在人さんに深々とお辞儀をすると、彼の低くやわらかな声が降ってきた。


「真瑠璃ちゃん、頭を上げて。それが僕たちの仕事なんだから、当然引き受けさせてもらうよ。けれども、僕が君を鎮魂館ここに連れてきたのには別の目的があったんだ。僕の方からも真瑠璃ちゃんにお願いしたいことがあります」


「私に、お願いって──?」


「僕たちは君のような人をずっと探していたんだ。……真瑠璃ちゃん、社長の浄霊と引き換えに、僕たち陰陽師の仕事を手伝ってもらえませんか」


 紅茶色の穏やかな瞳にじっと見つめられ、ドキドキと胸が高鳴る。

 なのにその直後、欧理のハスキーボイスしゃがれ声が乙女のトキメキをハンマーのごとく粉砕した。


「“僕” って言うな。俺はこいつの助けなんか借りなくたって浄霊できる。素人が立ち入ってもかえって足でまといになるだけだ」


「そんな言い方は真瑠璃ちゃんに失礼だろう。不視の呪縛をかけられてから三年、今のままじゃ陰陽寮からの委託だって満足に請けられないじゃないか。凛子さんだっていつも気にかけてくれてるっていうのに」


「じいさんの遺した洋館ここをカフェに改装したんだから、金の心配は要らないだろ」


「僕も凛子さんも金の心配をしてるわけじゃない。の封印がいつ解けるかもわからないのに、本来の力が出せなければどうやって戦うんだ」


「陰陽師なら他にいくらでもいるだろう。そいつらに任せれば──」


「欧理、頼む。だけは僕たちでかたをつけたいんだ……」


 卓球のラリーみたいに応酬していた会話が、在人さんの一言でぴたりと止んだ。


 在人さんの表情を窺うと、思い詰めたように口元が強ばり、紅茶色の瞳は悲しげに揺れている。

 ぐっと言葉を詰まらせた欧理が、はあっと緩いため息を漏らした。


「わかったよ……。ただし、こいつが本当に使いものになるかどうかわからないからな。テストをさせてもらう」


 黙ってやり取りを見守っていたら急に二人から視線を向けられて、何が何だかわからない私は欧理に噛み付いた。


「ちょっと待ってよ! 陰陽師の手伝いなんてどんなことをするのかもまだわからないし、第一そっちから頼まれてるのにどうしてテストを受けるなんて話になるの!?」


「うるさいな。社長を除霊してやるって言ってんだ。ただし、怨霊になった奴を浄めて “とこ” に送るには、あんたの手伝いが必要になる」


「確かに、社長さんに憑いた悪霊を祓えれば真瑠璃ちゃんのためにもなるし、僕たちの仕事内容も理解してもらえるし、一石二鳥だね」


 あれよあれよと言う間に話が進んでいるのはめちゃめちゃ不安だけれど、復職のチャンスがあるならやるしかない。


「……わかりました。とりあえず、社長の浄霊については、できる限りのお手伝いをしてみます」


「ありがとう! それじゃ、今から詳しい話を色々聞かせてもらうね」


 紅茶を飲みながら、私は在人さんの質問に答える形で、会社の所在地や社長の氏名と年齢、サラリーマン風の悪霊の風貌などを伝えた。

 仏頂面の欧理がオレンジジュースを飲む横で、在人さんは私の話を細かくメモに取っていた。


 そして、三日後に浄霊を決行するということで話がつき、私はすっかり冷めてしまったコロッケ二個を持ってアパートへと戻ったのだった。

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